276:夜襲の準備
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「ふむ……成程、了解した。要するに、まともに攻略する相手ではないってことか」
アリスからの報告を聞き、俺はそう結論付けた。
今回の敵は、かなりレベルが上がった後ならばまだしも、今の段階では正面から戦えるような相手ではない。
となれば、俺たちに取れる選択肢はまともな方法ではないということだ。
まあ、別段卑怯な手を使ったから何か都合の悪いことがあるというわけではないのだが。
「とは言っても……それでも厳しくないですか?」
「確かに、それは否定できんな。正面から当たるような相手ではないことは事実だが……」
アリスの情報から、夜襲を仕掛けられそうであるということは理解した。
しかし、夜闇に紛れて暗殺するとしても、確実に全員を殺し切れる保証はない――と言うより、途中で気付かれる可能性は高いだろう。
そうなった時、内部まで入り込んでいる俺たちは全方位を敵に囲まれることになる。
その状況下では、流石に俺でも厳しいと言わざるを得ないだろう。
「けど、それならどうするの? 気づかれる前に逃げて、それを何度か繰り返す?」
「流石に、ここで何日もかけているような余裕は無い。それに倒した敵が再出現する可能性は高いし、いかな魔物のAIとて、襲撃を受けて無警戒でいるほど馬鹿じゃないだろう」
まあ、通常の敵であればその可能性も無くはないが、ネームドモンスターとまで呼ばれる相手にそれを期待するのは間違いだろう。
相手が難敵であればあるほど、最悪の事態を想定しておいて損はない。
奇襲を仕掛けるのであれば、それを看破される前提で動いた方がリスクも低減できるというものだ。
ともあれ――何度も襲撃を繰り返すという選択肢は取れない。
普段であればともかく、今は時間的余裕がないのだ。悠長な作戦を取っている余裕は無い。
「というわけで……やるのは二重の奇襲だ」
「二重? オーガたちが眠っている間に奇襲を仕掛けるだけじゃなくて、ですか?」
「作戦の第一段階はそれだな。俺とアリスで寝静まった里に侵入し、気付かれぬうちに敵を仕留める。理想としては、この時点で上位種のオーガたちを全滅させることだ。そして、それが完了したら里全体に火を放つ」
「火って……大丈夫なんですか、それ?」
俺が告げた作戦に対し、緋真は表情を曇らせる。
確かに、えげつない作戦であることは否定できないだろう。
だが、火という物はただそれだけで強力な力を持っている。
「勿論、俺たちは退避してからだな。お前の火力ならば即座に大火事にできるだろうし、大いに混乱してくれるだろうよ」
「いや、それは良いんですけど……ここ、一応森の中ですよ? 里が多少開けているって言っても、周囲に延焼とかしたら拙くないですか?」
「無論、その危険はある。だがお前、最近火を消せる技を覚えただろ」
「え? 別に水のスキルなんて……あっ、【朱椿】!?」
緋真の成長武器たる紅蓮舞姫、その新たな能力である【朱椿】は、周囲の炎を吸収して緋真のHPとMPを回復させる能力を有している。
これの効果範囲に含まれた炎は、問答無用で緋真のHPとMPに変換されて消滅するのだ。
まあ、詳しく検証したわけではないためあまり詳しい条件は分かっていないが、少なくとも火が付いた物体から吸収できることは確認している。
つまり、【朱椿】は消火活動にも利用できる能力だということだ。
「生木だし、ある程度距離もあるからそうそう燃え移ることは無いとは思うが……最悪、その辺りをルミナとセイランで吹き飛ばして燃える物体を無くしてしまえばそれまでだ。ともあれ、炎で焼け死んでくれるなら良し、逃げてくるのであればそこを狙い撃ちにして一網打尽にする。流石に、落ち着いて退避なんてできるとは思えんからな」
里全体が炎に巻かれているような状況下であれば、オーガたちも慌てて逃げだしてくることだろう。
オーガたちが普段から避難訓練を行っているとは思えないし、冷静な退避など望むべくもない筈だ。
一部だけ火の手を弱めれば自然とそちらに向けて逃げてくるだろうし、動きの誘導もやりやすい。
魔法による集中攻撃の格好の的となるだろう。
「成程……それなら、各寝床に私の毒瓶でも置いてこようかしら。燃えて気化したら効果も出るでしょうし」
「……気化が速いものならな。俺たちが後で踏み込んだ時に食らうようでは困るぞ」
しかしながら、かなり効果的であることも事実だろう。
炎に巻かれた状態で動きが鈍れば、逃げられる可能性もかなり下がる筈だ。
まあ、打てる手は打っておいて損はないだろう。
「どちらかというと、問題はブラッディオーガの動きだな。真っ先に逃げるのか、或いは最後まで残るのか……どのように動くかが分からない以上、奴に合わせて行動する必要がある」
「ブラッディオーガを直接夜襲しないの?」
「格上相手となると、一撃で首を落とせるかどうかが分からんからな……そこで気付かれたら里全体が一気に敵になりかねん。であれば、最初は放置しておいた方がまだやりやすい」
おおよそ、伯爵級悪魔一体と同等レベルであると見積もって行動するつもりだ。
一撃で殺し切れる保証がない以上、安易な攻撃はこちらの首を絞めることにもなりかねない。
慎重に慎重を重ね、可能な限り一対一の状況を作り上げたい。
「ともあれ……作戦決行は夜、奴らが寝静まってからだ。それまで、作戦立案と準備を進めておくぞ」
「了解……あ、私は毒薬を補充しておくわ。結構素材が落ちてるし」
「ああ、頼む。ルミナ、お前は上空から家の立地を確認してきてくれ。ただし夜は自分で飛ぶなよ、目立つからな」
「承知しました、お父様」
さて……今回は中々難しい戦いになりそうだが、果たしてどうなるか。
厳しくはあるが、ディーンクラッドと戦うために、強化素材は必要だ。必ずやこの作戦を成功させねばなるまい。
意気込みを新たに、俺は再度思考を巡らせたのだった。
* * * * *
数時間ほど待ち、夜も深まった頃合い。
アリスの魔法で暗視効果を得た俺たちは、すぐさま行動を開始した。
里の方を確認しているが、火が熾っている様子はない。どうやら、奴らには火を使う文化は無いようだ。
それはそれで寝静まる時間が早く好都合であるため、俺とアリスも早々に里へと向けて距離を詰めていく。
『先生、こちら上空です。里の内部にオーガたちの姿は見えません。全て家屋内に引っ込んでいるみたいです』
「好都合だな……火を放つ位置は覚えているか?」
『勿論ですよ。川の方は塞いで、逆方向に逃げ道を作る感じですよね』
一応、このオーガの里は川に近い位置に形成されている。
多少水をかけられた程度で何とかなるとは思えないが、オーガたちが単純に水を目指して移動する可能性は高い。
だからこそ、奴らが川に辿り着くまでの時間を少しでも引き延ばすのだ。
尤も、一体も集落から逃がさなければそれまでであるのだが。
集落に接近し、一度足を止めて状況を確認する。木々の間から集落を覗き見れば、すっかりと寝静まった集落の様子が見て取れる。
だが――
「……クオン」
「ああ、気付いてる」
集落の外周部、二つの気配がある。
柵も何もないのだが、どうやら一応見張り番のような存在がいるらしい。
他の魔物が襲って来た時の対応策なのだろうか。正直何のためにいるのかは分からないが、そいつらも地面に座り込んで居眠りをしている。
通り過ぎることは容易いが、こいつらを見逃すと火を放った後であっさりと逃げられてしまう可能性が高い。
であれば――
「片付けるぞ、静かにな」
「了解」
歩法――至寂。
餓狼丸を抜き放ちながら、音を立てることなくオーガたちへと近づく。
再生能力を持つオーガは、適当な傷を与えても致命傷にはなり得ない。
故に、一撃でその首を落とす。
「――『生奪』」
太刀が纏う黄金の輝きを、漆黒の闇で覆いながら刃を振るう。
そのまま音を殺し、滑るように接近した俺は、大きく弧を描くように刃を振るった。
斬法――剛の型、輪旋。
遠心力を利用して勢いを増したその一閃は、狙い違えることなくオーガの首に食い込み、一刀の下に斬り飛ばした。
血を噴き上げながら倒れる体の横で、首に刺突を叩き込んでオーガの気道を塞いだアリスは、首を抉りながら刃を抜き取り、驚愕に状況を理解できずにいるオーガの心臓へと切っ先を突き入れた。
二ヶ所の急所を穿たれ、こちらのオーガもまた声を上げることなく地に伏せる。
そして即座に息を潜め、周囲の状況を確認し――動くものの気配がないことに、安堵の吐息を零した。
「よし……行くとしようか」
「ええ。こっちよ、付いてきて」
アリスの先導に従い、オーガの集落へと足を踏み入れる。
鬼の首、その首級を見事に上げてみせるとしよう。