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第二話 夢、現在、過去

いつまで起きていたのか、いつから眠ったのかわからなかった。

眠りの中では現実と夢が交錯する。

自分が死んだことを目の当たりにしたのに、実感が段々と薄れてくる。

まだここにいる。まだ生きている。

弟たちに胸を張って会いに行くのは私であって、実在しない女なんかじゃない!

そんな夢を見ていると、直輝がドアをノックして起こしてくれた。

「おはようございます。朝食はどうしますか?」

「え?あ、いや。いいです。」

変な夢を見たせいか眠りが浅くなり、寝不足で食欲がないからそう言ったのだが

直輝にはそれが気を遣っているように見えたらしい。

「泊まったお客さんに朝食を出さなかったと知られたら姉に叱られます。」

と、笑って言われてしまっては従わないわけにはいかなかった。

『どんなに気に入らない人でも家に入れた以上、おもてなしする必要がある』

それは私が弟たちに教えてきた母の言葉だった。

1階に降りて食卓についてみると、味噌汁と目玉焼きがテーブルの上に用意されていた。

先に仏壇に手をあわせてから桜子は食卓についた。

直輝の料理は見た目こそ悪かったが、味はまぁまぁだった。

昔、一人暮らしの様子を知りたくて電話したとき、料理だけは苦手だと言っていたけれど、やればできるんだ。

ただ単に、失敗しにくい料理を選んだだけなのかもしれないけど。

「料理、上手ですね。」

「ありがとうございます。

 ・・・・・・よく僕が作ったってわかりましたね。」

ドキリとした。こんなに勘が鋭い子だっただろうか。

「何となく・・・・・・そんな気がしたんです。」

テーブルの向こうで直輝は桜子から目を離さない。

何か言いたいときの癖。小さい頃から変わっていないようだ。

「何ですか?」

おそるおそる尋ねてみると直輝はパッと顔を赤くして俯いた。

しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「ちょっとだけ、死んだ姉に似てるなって思って。」

「桜子さんに?」

「昨日、窓のところに座って外を眺めてたでしょう?

 家の前の道を歩くと見えるんです。姉も夜はよくそうしてて。

 学校やバイトの帰りにいつも見てたから、それを見ると帰ってきたなぁって気分になれるんですよ。」

「そ、そうでしたか・・・・・・」

心臓が飛び出しそうに跳ねていた。

思わず表情に出そうになった。

噛み砕いた目玉焼きと一緒に感情をぐっと飲み込んで桜子は食べ続けた。

「兄たちと話をしてきます。ごゆっくりどうぞ。」

ふすまが閉まって、足音が遠ざかったのを確かめてから、深いため息をひとつ。

「我ながら、犯罪者には向いてない性格してるよね・・・・・。」

自嘲気味に笑って箸を置いた。

食器を片付けに台所へ向かうと渚馬の妻、綾羽にまた会ってしまった。

「あの・・・・・・」

軽く会釈をして立ち去ろうとすると綾羽に呼び止められた。

「お姉さん・・・・・桜子さんのお友達・・・・・なんですよね。」

「そ、う、ですけど?」

自分でも明らかに挙動不審でおかしい態度をとってしまったと思った。

だが、綾羽は気にせずに話し始めた。

「渚馬さんって昔はどんな人だったんでしょうか?

 小さい頃の話はしたがらないし、写真とかもないって言うんです・・・・・。」

「・・・・・・は?」

答えていいものかどうか迷っていると、綾羽は細い指で桜子の腕を掴んでまくしたてるように言った。

「お姉さんと仲が良かったなら小さい頃のことも知ってるんじゃないんですか?

 何か聞いてませんか?」

「あ・・・・の、桜子とは昔から知り合いだった訳じゃないので・・・・・」

綾羽はしばらくの間考えてから、やっと意味がわかったらしい。

倒れるんじゃないかというほど大袈裟に頭を下げて何度も謝った。

「そ、そうですよね。ごめんなさい。あたし、早とちりしちゃって。

 あの、この話、渚馬さんにはしないで下さいね。」

「大丈夫です。私、あまり好かれていないみたいですから。」

桜子がにっこり笑ってそう言うと、綾羽はまた大袈裟に首を横に振った。

「そんなことないです!!」


部屋に戻ると、昨夜は埃っぽかった床や窓が軽く掃除されていた。

ベッドに腰掛けてさっきのことを思い出す。

いちいち動きがオーバーで、感情を出すのがとても上手で素直な綾羽。

無口で不器用な渚馬が口に出せないことは全部、彼女が言葉にしてくれるんだろう。

似合う二人だと思った。

彼女を見つけたことを報告してくれなかったのには落ち込んでいたが

自分に必要な人を見つけてくれた渚馬が桜子には嬉しかった。

「でも、そうか。」

桜子は口元で誰にも聞こえないように呟いた。

「小さい頃の話、したくないんだなぁ・・・・・・」

確かに、幼い彼らには酷くて辛い学生時代だったと思う。

やりたいことはたくさんあったはずなのに全部、我慢していたんだろうな。

周りの子供たちがみんなしていることをどんな気持ちで眺めていたんだろう?

我慢させたのは私。

辛い思いをさせたのも私。

それでも早く家から出て行けるように学校にはきちんと行かせた。

貯金も少ないけれど一応、していた。

桜子は出来る限り、思いつく限り、弟たちを守ったつもりだったのだ。

お母さんが教えてくれた通りに守ったつもりだった。

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