第五話 正体
朝食に呼ばれた桜子は部屋を出て居間に向かった。
「部屋で食べるから」と何度も断ったのだが、直輝に
「来てくれなかったら、一人で食べなきゃならなくなっちゃうんです。」
と押されてしまったのだ。
「着替えるから先に居間に行ってて下さい。」
そう言ってとりあえず追い返し、夢奏に事情を説明すると、また舌打ちをされてしまった。
「仕方ないでしょう?誘われちゃったんだし……。」
「別に。もう俺、頼穂の飯食ってきたからいらねぇもん。」
「じゃあ何でそんなに不機嫌な顔してんの?」
桜子は脱いだシャツを夢奏に投げつけた。
それをかわし、桜子をギロリと睨みつけると夢奏はまた煙のようにどこかへ消えた。
「いい加減、そのデタラメな出方にも消え方にも慣れたけどね……。」
がっくりと肩を落として桜子は部屋を出て行った。
居間には既に食事の準備がしてあった。
「お待たせしました。」
直輝は低いテーブルの傍に座ったまま、食事に手をつけていないようだ。
用意された自分の分を確認してそこに座ると
「いただきます。」
と言って手を合わせて、食べ始めた。
母さんが死んでからはこうやって家族の誰かと食卓についたことがない。
この家で食べていた朝食は台所で家族の分を用意してから、自分の分だけを立って食べていた。
一人暮らしになってから片付けるのも面倒になって、段々と皿にも載せなくなった料理は食事ではなく、ただ食欲を満たすだけのものだった。
居間の隣にある台所から雅樹が顔を出して微笑んだ。
「お茶?水?」
「んん……お茶……。」
ぼんやりと考え事をしていた桜子ははっと気付いて慌てて取り繕おうとした。
「え?!あ、すみませ……」
「姉さん、いいよ。もう、何となくわかってるから。」
直樹が小さなお盆から湯飲みを二つ、卓上に置いた。
怪訝な顔をしてその手元を見ていると、正面に座った直樹がクスッと笑った。
「いつから……?」
桜子が顔を上げて訊ねると、直樹は斜め上に目線をやって考える素振りをした。
でも、桜子は知っている。直樹がいかにも考えているような振りをしている時はほとんど何も考えてなんかいない。
この家に住んでいた時に使っていた桜子の湯飲みからは温かい緑茶の香りがした。
「姉さん、昔から嘘つくの下手クソだからね。」
「……うるさいよ。」
生意気な口調で言った直樹の言葉に、桜子は自然と笑顔になっていた。
隣の庭で咲いた桜が、朝の青空を優しいピンク色に染めていた。