eight second story
私は、床に落ちた手紙を拾ってポケットの中に詰め込んだ。
熱くなる目を、一度力いっぱいつぶった。
暗くなった目の前を、徐々に明るくしていく。
ドア越しに聞こえる声が、夢ではないことを確信させる。
胸の辺りで華やかな香りを漂わせる、カーネーションの花束をぎゅっと握った。
「綾子さん・・・。」
言いながら、ゆっくりとドアを開ける。
綾子さんと、泰助さんが目を光らせた。
「奈緒っ!聞いて?」
綾子さんは、私に抱きついてくる。
大人っぽい、優しい香りが私の体を包んだ。
ボトッ
でも、その衝撃で、花束は床へ落ちてしまった。
その花束に気づいたのか、気づいてないのか、綾子さんはそのまま話し続ける。
「あのね、赤ちゃん出来たのよ!奈緒の弟か、妹!」
綾子さんの嬉しさは、痛いぐらい伝わってきた。
本当に、痛いぐらい。
「良かったね。綾子さん。」
私は、笑顔でそう告げた。
綾子さんも、ますます笑顔になる。
「これから、騒がしくなりそうだな。」
さっきまで、ソファーに座ってた泰助さんも、いつの間にか近くに来ていた。
泰助さんは私の頭をポンポンなぜる。
いつもなら嬉しいその手も、今は・・・、苦しかった。
それから一年があっという間にたった。
特に何も変化がなく。
でも、綾子さんのお腹が大きくなるにつれ、綾子さんも、泰助さんも、まるで私を忘れたかのように笑顔になっていた。
そして、妹、≪みこ≫は、予定日通りに産まれた。
大きくて、可愛い産声を上げながら、ママ、パパと、呼んでいた。
泰助さんは、毎日のように病院へ訪れて、ガラスにへばりつくように みこ を見ていた。
私はその光景を、唇をかみながら見つめるだけだった。
みこは、とても泰助さんに似ていた。
みこは、とても綾子さんのように、可愛かった。
みこは、綾子さんと泰助さんを、≪パパ≫≪ママ≫と、呼んだ。
みこは、私の持ってないものを全て持っていた。
みこに「おねちゃん」と、呼ばれるたびに胸が痛んだ。
私は、耐えられなかった。
家にいるとき、当たり前に聞こえる、綾子さんと泰助さんとみこの声が、胸を締め付けた。
私は、弱虫だから。
昔のことを忘れ切れなかった。
私は、要らなくなった。
誰にも必要とされてない。
生まれなければ良かった。
いつの間にか、私の足は、家へ向かうと事を拒否していた。