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また君にあえた日  作者: 日向


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10/10

これからも、ずっと隣で

ミケがひまりだった。


その秘密を知った日から、はるとの毎日は、ほんの少しだけ変わった。


朝、学校へ行くとき。


「はるとお兄ちゃーん! いってらっしゃーい!」


隣の家の玄関から、ひまりが手を振ってくれる。


「おう! ひまりも学校、頑張れよ!」


「はーい!」


いつもと同じやり取り。


けれど、はるとは以前よりも、ひまりの笑顔を大切に思うようになった。


かつて、自分がごはんをあげていた小さな猫。


寒くないようにと毛布を敷いてあげた猫。


もう二度と会えないと思っていた、大切な存在。


そのミケが、今はこんなにも元気な女の子になって、隣で笑っている。


不思議なことは、まだたくさんあった。


どうして人間に生まれ変わったのか。


どうしてミケだったころの記憶が残っているのか。


はるとには、わからない。


けれど、ひまりが自分のそばにいてくれること。


それだけは、確かなことだった。


*


ある休日。


はるとは、ひまりを庭に呼んだ。


「ひまり、ちょっと来てくれ」


「なあにー?」


ひまりは、小さな靴をぱたぱた鳴らしながらやってきた。


庭には、ふたつの植木鉢が並んでいた。


片方はひまりの家のもの。


もう片方は、はるとの家のもの。


そして、その前には、小さな袋が置いてあった。


「これ、なあに?」


「この前、ひまりがくれたひまわりの種だよ」


「あっ! ひまりの種!」


「そう。そろそろ植える準備をしようと思ってな」


はるとは袋を開けて、種をひまりに見せた。


「覚えてるか? 来年、一緒に植えようって約束したの」


「うん! おぼえてる!」


ひまりは嬉しそうに飛び跳ねた。


「ひまり、ずーっと待ってたんだよ!」


「まだ春には少し早いけど、土を用意しておこうと思ってさ」


「ひまりもやる!」


「よし、じゃあ手伝ってくれるか?」


「まかせて!」


ひまりは、小さなスコップを握った。


ふたりは並んで土を入れ、植木鉢を準備した。


ひまりの手には土がいっぱいついた。


「はるとお兄ちゃん、みて! まっくろ!」


「ははっ、頑張った証拠だな」


「ひまり、じょうず?」


「うん。すごく上手だよ」


「えへへ!」


ひまりは得意げに胸を張った。


その姿を見て、はるとは思った。


ミケが猫だったころ、自分は何か特別なことをしてあげたわけではなかった。


ただ、ごはんをあげて。


寒くないように毛布を敷いて。


学校へ行く前に、また明日と声をかけただけ。


それでも、ミケにとっては嬉しいことだったのだと、今ならわかる。


誰かを大切にすることは、必ずしも大きなことをするわけではない。


隣にいること。


声をかけること。


一緒に笑うこと。


そんな小さなことが、誰かの心に残るのかもしれない。


「はるとお兄ちゃん?」


ひまりが不思議そうに顔をのぞき込んだ。


「どうしたの?」


「いや、なんでもないよ」


はるとは笑って、ひまりの頭をなでた。


「ありがとうな、ひまり」


「えっ? なにが?」


「いろいろ、だよ」


「……えへへ。どういたしまして!」


ひまりは、よくわからないまま笑った。


*


午後になると、はるとはひまりを連れて、近くの公園まで散歩に出かけた。


秋の終わりの公園には、落ち葉がたくさん積もっていた。


「はるとお兄ちゃん! はっぱ、いっぱい!」


「ほんとだな」


「みてみて! あかいの!」


ひまりは赤い葉っぱを拾い上げた。


「こっちは、きいろ!」


次は黄色い葉っぱ。


その次は、少し茶色い葉っぱ。


気がつけば、ひまりの両手は落ち葉でいっぱいになっていた。


「そんなに集めて、どうするんだ?」


「おうちにもってかえるの!」


「全部?」


「うん!」


「途中で落としそうだなあ」


はるとが笑うと、ひまりは慌てて葉っぱを抱え直した。


「おとさないもん!」


「はいはい」


ふたりが歩いていると、公園の隅に、小さな猫の置物があるのが見えた。


ひまりは、ぴたりと足を止めた。


「……ねこさん」


はるとも隣に立ち、置物を見つめた。


ミケと過ごした日々が、静かによみがえってくる。


ひまりは、はるとの手を握った。


「はるとお兄ちゃん」


「ん?」


「ミケちゃんだったときね、ひまり……じゃなくて、ミケね」


自分で言い直して、ひまりは少し照れくさそうに笑った。


「はるとお兄ちゃんに、いっぱい、ありがとうって言いたかったの」


はるとは、そっとひまりを見た。


「……うん」


「でも、ねこさんだったから、おはなしできなかったの」


ひまりは、自分の手を見つめた。


「だからね、いま、いっぱいおはなしするの!」


その言葉に、はるとは胸がいっぱいになった。


「そっか」


「うん! はるとお兄ちゃん、きいてくれる?」


「もちろん。何でも聞くよ」


「じゃあね、きょうのおやつはね……」


ひまりは、さっそく食べたおやつの話を始めた。


どんな形だったのか。


誰と隣に座ったのか。


先生が何と言ったのか。


話はあちこちに飛び、途中で何度も脱線した。


はるとは、そのひとつひとつを、笑いながら聞いていた。


特別な話ではない。


けれど、今のひまりにしかできない話だった。


はるとは、そんな時間がたまらなく愛おしかった。


*


数日後。


はるとは、机の引き出しから、一枚の写真を取り出した。


幼い自分と、ミケが写っている写真。


その隣には、最近撮ったひまりとの写真を並べた。


ひまりがひまわりの種を持って、満面の笑みを浮かべている写真だった。


ふたつの写真を見比べながら、はるとは小さく笑った。


「……本当に、不思議だな」


昔のミケと、今のひまり。


姿はまるで違う。


でも、ひまりが嬉しいときに目を細める顔や、何かを伝えようとするときに首をかしげる仕草。


そんなところに、どこか懐かしさを感じることがあった。


はるとは写真を大切にしまった。


もう、ミケがいなくなったことを悲しいだけの思い出にはしない。


ミケがいたから、命を大切にしたいと思えた。


ミケがいたから、誰かに優しくすることの意味を知った。


そして今、ひまりがいる。


これから先も、ひまりが笑ったり、泣いたり、失敗したり、いろんなことを経験していくのだろう。


そのとき、自分にできることがあるなら、そばで見守っていきたい。


はるとは、そう思った。


*


春が来た。


庭の土は柔らかくなり、暖かい風が吹いていた。


「はるとお兄ちゃーん! はやくー!」


ひまりは、植木鉢の前でぴょんぴょん跳ねていた。


「そんなに急がなくても、ひまわりは逃げないぞ」


「でも、はやくうえたいの!」


はるとは笑いながら、ひまりの隣にしゃがんだ。


ふたりで、小さな穴を掘る。


そこへ、ひまわりの種をひとつずつ入れていった。


「ひまりの種、元気にそだつかな?」


「きっと育つよ」


「いっぱい咲く?」


「うん。いっぱい咲かせよう」


土をかぶせ、水をあげる。


最後に、ひまりは小さな手を合わせた。


「ひまわりさん、おおきくなあれ!」


はるとも、そっと笑った。


「大きくなれよ」


植木鉢の隣には、猫の形をしたキーホルダーが置いてあった。


ひまりが大切にしているもの。


はるとがくれた、小さな宝物。


風が吹き、ふたりの髪を揺らした。


「はるとお兄ちゃん!」


「ん?」


「ひまりね、これからも、ずーっと、はるとお兄ちゃんと遊びたい!」


「……うん」


「おっきくなっても?」


「もちろん」


「おとなになっても?」


「そうだな。大人になっても、ひまりが会いに来てくれたら、いつだって話を聞くよ」


ひまりは、ぱっと笑った。


「やったあ!」


そして、はるとの手をぎゅっと握った。


「じゃあ、ずーっと、おとなりさんね!」


「そうだな。ずっと隣だ」


はるとは、その小さな手を握り返した。


昔、ミケに向かって何度も言った言葉がある。


また明日な。


その言葉は、もう二度と届かないと思っていた。


けれど、今は違う。


「ひまり、また明日な」


はるとが言うと、ひまりは満面の笑みで答えた。


「うん! また明日、はるとお兄ちゃん!」


夕方の光が、ふたりと植木鉢を優しく照らしていた。


いつか、ひまわりが大きく咲くころ。


ふたりはきっと、また並んで笑っている。


ミケだったころの思い出も。


ひまりとして過ごす毎日も。


どちらも大切に抱えながら。


これからも、ずっと。


隣で。


第十話 おわり


おしまい。


ミケだったころに受け取った優しさは、消えてしまったわけじゃなかった。


姿も名前も変わって、もう一度出会えたふたり。


そして、ふたりの物語は、これからも何気ない毎日の中で続いていく。

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