また、あえたね!
私は、もともと野良猫だった。
お父さんもお母さんもいなくて、毎日ひとりでご飯を探していた。
雨の日は寒いし、お腹はいつもぺこぺこ。人間が近づいてくると、怖くてすぐに逃げていた。
でも、ひとりだけ違う人間がいた。
「ミケー! 今日も来たよ!」
小学生の男の子だった。
男の子は、私を見つけるといつもニコニコ笑ってくれた。
「今日はね、お母さんに猫のおやつ買ってもらったんだ!」
男の子は小さな袋を開けて、私の前に置いてくれる。
私は最初、怖くて近づけなかった。
でも、男の子は無理に触ろうとしなかった。
「大丈夫だよ。ここに置いておくからね」
そう言って、少し離れたところに座っていた。
私がおやつを食べ始めると、男の子はとっても嬉しそうに笑った。
「おいしい? よかった!」
それから男の子は、毎日のように会いに来てくれた。
雨の日には段ボールを置いてくれた。
寒い日には、古いタオルを持ってきてくれた。
帰るときには、いつも同じ言葉を言った。
「また明日な、ミケ!」
私は、その声が大好きだった。
にゃあ、と鳴くと、男の子はもっと嬉しそうに笑ってくれた。
そんな毎日が、ずっと続くと思っていた。
でも、ある日のこと。
私は道路の向こうに、おいしそうな匂いを見つけた。
お腹がぺこぺこだった私は、夢中で走り出した。
そのとき――
キキィッ!
大きな音がした。
ドンッ!
体が痛くなって、私は動けなくなった。
どうしよう。
起き上がれない。
目の前が、だんだんぼんやりしてきた。
「ミケッ!!」
遠くから、男の子の声が聞こえた。
男の子が走ってきて、私のそばにしゃがみ込んだ。
「ミケ! ミケ! どうしたんだよ……!」
男の子は泣いていた。
私は、いつもみたいに男の子の手にすり寄りたかった。
もっとおやつを食べたかった。
もっと一緒にいたかった。
でも、体が動かなかった。
男の子の顔が、だんだん遠くなっていく。
私は、ゆっくり目を閉じた。
*
次に目を覚ましたとき、私は真っ白な場所にいた。
ふわふわしていて、なんだか雲の上みたいだった。
『もう一度、生きたいかい?』
どこからか声が聞こえた。
私は、あの男の子のことを思い出した。
また会いたい。
もう一度、おやつをもらいたい。
もう一度、頭をなでてもらいたい。
そう思ったら、まぶしい光が私を包んだ。
*
「おぎゃあああっ!」
気がつくと、私は人間の赤ちゃんになっていた。
手も足も小さくて、うまく動かせない。
お腹が空いたら泣くしかないし、眠たくなったら勝手に眠ってしまう。
猫だったときより、ずっと不思議な生活だった。
でも、優しいお父さんとお母さんがいた。
お腹が空けばミルクをくれるし、泣いていたら抱っこしてくれる。
あったかいお布団もあって、ご飯の心配もしなくていい。
私は、すくすく大きくなっていった。
そして三歳になった春。
お母さんと庭で遊んでいると、隣の家から声が聞こえた。
「行ってきまーす!」
私は、ぴたっと動きを止めた。
この声、知ってる!
お隣の門から出てきたのは、ランドセルを背負った男の子だった。
少し背が高くなっていたけれど、優しい目も、笑った顔も、ちゃんと覚えていた。
あの男の子だ!
ミケって呼んでくれた男の子!
「おにいちゃん!」
私は、柵のところまで走っていった。
男の子が振り返る。
「ん? どうしたの?」
「こんにちは!」
私は、にこーっと笑った。
男の子は少しびっくりしたあと、笑顔になった。
「こんにちは! 俺、はると!」
はると!
私は、嬉しくてぴょんぴょん跳ねた。
「ひまり!」
「ひまりちゃんか! よろしくな!」
はるとは、柵の向こうから私の頭をそっとなでてくれた。
その手は、猫だったときと同じくらい、あったかかった。
「じゃあ、ひまり! 学校行ってくるな!」
「うん! いってらっしゃい、はるとお兄ちゃん!」
はるとは笑って、手を振ってくれた。
私は、見えなくなるまで手を振った。
やったあ!
また、はるとに会えた!
*
それから、月日は流れた。
私は六歳になって、もうすぐ小学生。
はるとは中学生になって、ずいぶん背が高くなった。
前みたいに毎日遊ぶことはできなくなったけれど、学校から帰ると、時々うちに来てくれる。
「ひまり、今日学校どうだった?」
「楽しかったよ! 給食にプリンが出たの!」
「いいなあ。俺もプリン食べたい」
「じゃあ、今度お母さんに作ってもらうね!」
「ほんとか? やった!」
はるとは、いつも笑ってくれる。
私は、はるととおしゃべりする時間が大好きだった。
ある日、はるとが小さな猫のキーホルダーを持ってきてくれた。
「これ、ひまりにやるよ。猫好きだろ?」
「わああ! かわいい!」
私は、キーホルダーをぎゅっと握った。
「ありがとう、はるとお兄ちゃん!」
「どういたしまして!」
その日の夜、私はキーホルダーを枕元に置いて眠った。
夢の中で、私は小さな猫になっていた。
はるとが笑いながら、おやつを差し出してくれる。
「また明日な、ミケ!」
私は嬉しくなって、にゃあ、と鳴いた。
*
朝になって目を覚ますと、窓の外から声が聞こえた。
「ひまりー! 行ってくるぞー!」
窓を開けると、制服姿のはるとが手を振っていた。
「はるとお兄ちゃん、いってらっしゃーい!」
「おう! また帰ったらな!」
私は、にこにこしながら手を振った。
今日も、はるとに会えた。
明日も、きっと会える。
だって、おうちがお隣さんだもん!
私は、猫だったときのことを全部覚えている。
でも、難しいことはよくわからない。
ただ、はるとが優しくしてくれると嬉しい。
はるとが笑っていると、私も笑顔になる。
だから、これからもいっぱい遊びたい。
いっぱいおしゃべりしたい。
そして、いつかまた、はるとに猫のおやつをもらいたい。
……あれ?
今の私は、人間だから、おやつは食べられないのかな?
まあ、いっか!
今日も、はるとお兄ちゃんに会いに行こう!
私はランドセルを背負って、元気いっぱいに玄関を飛び出した。
お隣の家から、はるとの笑い声が聞こえた。
それだけで、今日もとってもいい日になりそうだった。




