【帰り道】 一面銀世界のキャンバス
各駅停車の電車に揺られ、バスを乗り継ぎ、見慣れた土の道まで戻ってきた。夏は虫や動物の合唱がけたたましいここも、今は一面銀世界。つい数時間前の喧騒が嘘のようだ。
良太はリュックを下ろし、母が編んでくれたマフラーと、父のおさがりの厚手の手袋を取り出した。
ふと、彼の目に入ったモノ。何度も読み返したそれから、良太は目を逸らした。
静寂の中、朝と同じ姿の良太がバス停の前に立っている。雪に埋もれた時刻表を、手で払いのけた。穴あきだらけの時刻表。今朝ははっきりと見えた文字が、今は歪んで見える。
じっと良太はその文字を――数字を見続けていた。
ロングコートのフードから雪が滑り落ち、やっと良太の足が動いた。まっすぐ伸びる真っ白なキャンバスに、曲がりくねった足跡が伸びていく。
「わざわざ行かなくてもいいんじゃない」
今朝の母の忠告が頭をよぎった。気温も天候も、早朝とほとんど変わらない。だが、身体は震え、足は凍っているかのように重かった。
「……行ってこい」
父はそれだけを伝えて、良太を送り出した。滅多に表情を変えない父の目が、揺れているような気がした。
自信はあった。手ごたえはあった。だからこそ、新幹線に乗ったのだ。
大雪の影響でダイヤが乱れていると発表があった。新幹線は、当初の時間よりも少し遅れた。良太は、仕方がないかとポケットの中のお守りを握りしめた。鞄の中からパンフレットを取り出し、未来の夢を思い浮かべた。
目的地の大きな門を潜り抜けた先は、人で溢れかえっていた。人混みをかき分け、 辿り着いた最前列。そこには、運命の女神が微笑んでいる――はずだった。
良太の世界が止まった。
見直しても、そこには良太の求める現実はなかった。再度見直しても、結果は変わらない。次第に、文字が歪み始め、ついには何も見えなくなった。
歓声に包まれる中、良太は逃げるように立ち去った。あれだけ輝いていた都会の景色が、白黒の世界にしか見えなくなっていた。
どうやって帰って来たのか、あまり記憶にない。ただ、新幹線ではなく在来線で帰ってきたのは覚えていた。
ほんの少し前の、希望に溢れた世界を思い出しているうちに、いつもの場所へと帰ってしまっていた。辺りはすっかり闇の帳が下りていた。
電球に照らされた見慣れたはずの扉が、知らない家のもののように思えた。
手袋を外し、金属の取ってに手を伸ばした。確かに自分の家の扉だ。
この暗さにも慣れていた。良太が塾に行きたいとお願いしてからは、いつもこの時間に帰ってきていたのだ。
何度両親に迷惑を掛けただろうか。
扉を開けられない。力を込めたつもりが、ぴくりとも動かない。
そのとき、扉が開いた。
いつも通りの、両親がそこにいた。
何かを言いかけて、ゆっくりと頷いた。
「おかえり」
「ただいま。――ごめん」




