33話「なんとか庭を守りたい」
私は、父を見捨てた。私が助けることもできたはずだ。だが、私はそれをしなかった。否、できなかったのだ。無力な自分。私はあのころから何も変わっていない。あのころから、何一つ...
「フェシーさん!上!」
「っ...!プロテクション!」
私は走りながら、半円型の防御魔法を展開する。上から降り注ぐ矢の雨。時間差で爆発するが、防御魔法を小出しにすることで、何とか衝撃を緩和する。
「しつこいわね!」
私はハリーと共に、狙撃手から逃走していた。ガジとガンサとは途中で離れてしまったが、今は彼らのことまで心配する余裕はない。
「フェシーさん、このままだとジリ貧で...」
「いいから走るのよ!ガーランドの犠牲を無駄にしたいの!?」
私はハリーにそう言いながら、小さく舌打ちした。私は何をこんなにいらだっている?私の目的は仲間ごっこをすることじゃない。私はただ金を稼ぎたいだけ。ガーランドも、ビジネス上の関係に過ぎない。なのに、私はなぜこんなに腹が立っている?
なぜ私は心のどこかで、ガーランドを助けたいと思っている?
「がっ...!」
その時、隣を走っていたハリーの姿が視界から消えた。
「ハリー!?」
私は思わず立ち止り、振り返る。そこにはとらばさみに足を取られ、その場から動けないハリーがいた。狩人が使うような罠。先ほどからの本気で仕留める気のないような、物量任せの矢...。
誘導。まさか私たちは、逃げているのではなく、追い込まれていた?
「フェシーさん...逃げてください...」
ハリーは私に手を伸ばしながら言う。ハリーがひかかったとらばさみは、確実にハリーの足をとらえており、肉に食い込んだ部分からは、赤い血が流れている。
ハリーは見捨てるべきだ。彼女もまた、私とは金だけの関係。何より、彼女を助けようとすれば、私の命も危ない。どれだけ金を稼いでも、死んでしまえば元も子もない。生きているからこそ、金の価値を生かすことができる。
「フェシーさん...なんで...」
「うるさい!早くこんなちんけな罠外すわよ!」
気づけば、私はハリーを助けようとしていた。頭では分かっている。こんなことをしても、何一つ儲からない。なのに私は、非情になり切れない。
「フェシーさん...矢が...!」
「クソ!」
私は魔法を展開する。おそらくこのままでも矢自体は防げる。だが問題は、そのあとの爆発。このままでは、二人とも死ぬ。
私はまた、何もできずに死んでしまう。
矢の雨が月と重なる。その瞬間だった。どこからか放たれた魔法が、器用に、一本ずつ魔力のこもった矢を撃ち落としていく。最小限の魔力を使った、無駄のない魔法。
相殺された矢は、空中で激しく爆破する。その爆風に、私は思わず目を瞑った。
「いったい何が...」
「私の庭で好き勝手やってくれるわね。おかげでこっちは寝れやしないわよ」
私たちの前に、一人の女性が姿を現した。先の細い帽子をかぶり、黒い髪が爆風によってなびいている。山の魔女。まさか、この人が...。
「契約したわよね?今後10年間、私のログハウスから半径5キロ圏内に、騎士団関係者が入ることは許さないって」
魔女は杖をクルリと回すと、そのまま天に杖の先を向けた。
「持ち得るは傲慢。成し得るは正義。見え得るは星神。安寧の誓いを破り、我に害をなすものを一掃せん。星に願いを(アステリア)」
瞬間、杖の先から複数の光が、天に放たれた。やがてビーム状になった光は、そのままフェシーたちから1キロほど離れたところへ着弾する。再び激しい衝撃波がフェシーたちを襲った。
「あっちの方向にいたのね。よくもまあ、あんな遠くから狙撃を...」
魔女は帽子にかかった土埃を手で払うと、呆れたようにそう言った。
おそらく今のは追尾魔法。私たちを狙ってきていた狙撃手を、この人は一瞬で片付けたのか。それは魔法としての、いや魔法使いとしての格の違い。
「あなたも、その子を助けたらさっさと下山しなさい」
「あなたは...魔女なんですか?」
魔女。ハリーからの言葉に、女性は顔をしかめた。
「そんなおぞましい名前で私を呼ばないでくれる?私にもちゃんと、エイ・ヨフチュウっていう可愛い名前があるんだから」
魔女...いやエイはそう言うと、私たちに優しく微笑みかけた。
「...今第4区間の警備をしているのはどいつじゃ?」
「ええと...パトリオットだと思いますが...どうかされましたか?」
騎士団内の執務室、5番隊隊長ファルスは気だるそうな様子で、天井を見上げる。
「...少し、面倒なことになったの」
騎士団内に置いて年齢、戦闘歴ともに最長の宿老が、約10年ぶりに重い腰を上げようとしていた。




