176 結婚式と悪役令息
今日はアリエスとアルタイルの結婚式。
雲一つない夏空の下、それでも暑すぎないのがこの国の夏の良いとこだ。
あのお披露目パーティーの日、僕とレグは王宮で畏まって陛下に改めて結婚の意思を報告していた。
そうしたらなんと!レグルスは継承権を放棄して代わりにヒュペリオン公爵となることがとっくに決まっていたのだ。
僕が断るなんて思わなかったって。自信家のレグが戻ってきた。やっぱりあのキスのせいだ…
そんなわけでこのまま外交大臣を継続したまま年の半分は他国との交渉に出るのだとか。
年の半分かぁ…でもいいんだ。僕も勉強漬けの日々になるし。
レグは王宮を出たことで、肩の荷が下りたと言っている。
王太子である限りその振る舞いには途方もないプレッシャーがかかるのだって。
いつでもどんなときでも分相応な言動、行動を求められ、少しでも隙を見せるとあっというまに足元を掬われる。そしてそれは、否応無く陛下や王室全体へと影響を及ぼす。
公爵位だって同じようなものじゃないのかな?全く違うって言うけど、そもそも評判を気にしたこと無い僕にはわからないなぁ。
「ケフィウス、お前はどうする?私はお前の理想の主君ではなくなった。王宮に残るのならカノプスの側付として推薦しよう」
「いいえ。私の主は殿下だけです。私はこれからも貴方のお側に。貴方の命を救ってくださったテオドール様にも誠心誠意仕えさせていただきたいと思っております」
「そうか…。ありがとうケフィウス。お前が居ればこんな心強いことはない」
そんな風にしてレグは、今や自領となった元ドラブ領内にある、初代当主が大昔使っていた屋敷を急ピッチで改修させている。
ああ見えて古い家門だったドラブ家初代の屋敷は古くても重厚で立派な造りだ。
だけど十分な余裕が無く長年放置されてたせいで、ところどころ修繕されずにいた。
その修繕が終わったらようやく引っ越すんだって。お式がすんだら僕もね。だって新妻だもん。えへへ。
ここはバスティト神殿とレッドフォードの王都邸のちょうど中間地点にあたる場所だ。みそ汁の冷めない距離って言うの?
レッドフォードの王都邸には僕の大事な薬草園もあるしほぼ日参する予感。
だから寂しくなんかないよ。レグの居ない間は実家で過ごすつもり。
その移動のため、ジローには常駐の人力車を一台頼んでおいた。馬車よりもお手軽だし、人力車は車夫さんとおしゃべりができるからね。
僕とレグのけ、けっ、結婚式…ポッ…は…、アリエス達のお式が済んで、少し待って来年の春。
それは僕の誕生日。その日僕は十八になる。前世でも結婚できる歳。もう早すぎるなんて思わない。
王城の中のお庭で開かれるお式、それが楽しみで仕方ない。
話を戻して、アリエスとアルタイルのお式は、お兄様の時と同じ、レッドフォード邸敷地内の礼拝堂で行われる。
アルは伯爵子息だし、アリエスは庶子とはいえれっきとしたレッドフォードの三男で光の神子。お式だってお兄様の時より地味にと言ってもそれなりの規模だ。
「豪華なものだ。アリエスも喜んでいるだろうね」
「レグ、デルフィに聞いたよ。お式のために外交に出るの遅らせてくれたんでしょう?」
「アリエスとアルタイルは私の友人でもあるしね。当然だよ。それより私が冬の間を南のボレアリス独立国で過ごすせいで式の準備をテオに任すことになってしまってすまないね」
「ううん大丈夫。オリヴィアさんはそのころ赤ちゃんが居るからダメだけどお母様が手伝ってくれるって。あっ、お料理は王妃様が決めてくれるって」
「ふふ、母も喜んでいたよ。テオがようやく息子になることをね。それじゃぁそろそろ私はアリエスの顔を見てくるとしよう」
僕のくちびるに一つ軽いキスをしてレグはアリエスの控室へと入って行った。公衆の面前でマナーが悪いと、デルフィにガミガミ叱られながら。
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「これはレグルス様。デルフィヌス様。ようこそお越しくださいました」
私の敬愛する主人、元王太子殿下であるレグルス様と従兄弟でもある公爵令息デルフィヌス様。この国の上から二人という貴公子登場に、その場にいる全員が間髪入れず礼をとる。
その彼らを片手で軽く下がらせると、そこではまるで学生時代に戻ったかのような、友人同士の気の置けない歓談が繰り広げられる。
「アリエス結婚おめでとう。まさか君とアルタイルが所帯を持つことになるとはあの頃思いもしなかったよ。いや、そうでもないのかな」
「そうだな。僕が見るに、二人は価値観や道義心が生徒会の中で一番似ていた。なるべくしてというところか。おめでとうアリエス」
「ありがとうございますデルフィヌス様。ですがまさかと言うならレグルス様も。まさかこんなどんでん返しが起こるとは思いもしませんでしたよ、僕は」
「ふふ、自分でも驚いているよ。一度は諦め…、いや。初めて航海にでるその時さえ私は諦めなかったな…。自分がこれほど諦めが悪いとは思わなかった。新たな発見だよ」
そうだ。殿下は初めて彼の姿を目にしたその瞬間から、常にテオドール様を望んでおられた。
あの日…
港にテオドール様の姿を、そこに居るはずのない彼の姿を見つけた時、私はようやく全てを理解したのだ。殿下が何故あれほど彼を欲したのかを。
誰よりも強く誰よりも賢明な孤高の王太子、レグルス殿下。
彼こそこの国の頂点に立つお方で、彼と並ぶものなどどこにも居ないし対等であろうとする者などいるはずがない。私はそう思っていた。
今は光の神子となられたアリエス様、臆せず不敵な彼でさえ、殿下の前にあっては弁えていた。
一見対等に見える従兄弟、デルフィヌス様でさえも決して一線を越える事は無かった。
なのに碌に魔法も使えない、社交も満足に出来ない、マナーすらどこ吹く風の型破りな彼、テオドール様だけが常に殿下と対等であろうとしたのだ。
ああ…、彼が救ったのはその御身だけではない。救われたのは殿下の心。
その力とそのお立場と、そして私の言葉に縛られ王国という檻に自ら鍵をかけた…殿下の心。
「それにしても皮肉ですね…」
「何がだい?アリエス」
「お兄様と広い世界に飛び出そうとしていたジローが結局は商会を捨てられずにお兄様の手を離し、お兄様を王宮で愛でようとしていた殿下が、いえ、レグルス様が継承権を捨ててまでお兄様の手を取られるとは…。ハインリヒ様だって家名は捨てられなかったのですよ?後継を持つため結婚なされた。それはお兄様の警戒を解きましたが…結局それが運命の分かれ道になったのです」
「王位か…。もちろん簡単な決断では無かった」
そうだ。テオドール様が『王太子を降りて欲しい』そう望まれた時から、殿下は苦悩し続けていた。
そして帰国の後は陛下とも毎夜話し合われていた。それは簡単なことではない。
それでも殿下の心はすでに答えを見出していた。決して揺るがぬ答えを…
「解決すべき問題は未だ多い。だが…」
私の脳裏にもあの姿が思い出される。息をのんだあの瞬間の彼の姿が。
「私の上に精いっぱい覆いかぶさり…、その小さな身体で家令の刃から私を護ろうとするテオドールの姿を見たら、あの姿を見てしまったら……手放すことなど出来はしない。やられたよ。本当にね」
「そっ!そう、だったのですね…!お兄様がレグルス様をお庇いになったとは聞いていたけどまさかそんな風に…」
アリエス様の目じりに涙が浮かぶ。
「あ、あの時と同じ…ああ…初めて出会ったあの日のお兄様が思い出されます。ねぇレグルス様、僕がこの屋敷に初めて連れて来られた日、庶子の登場に怒りに震え鞭を振り上げたお義母様からお兄様はあの小さな身体で精いっぱい僕に覆い被さりかばってくれたのです…その背に勢いよく鞭を受けて」
「…そうだったのか」
「…あれこそが僕にとって全ての始まり。お兄様は少しもお変わりでない…。お分かりですか?それが僕にとってどれほど嬉しいことか…」
「分かるともアリエス」
家令の魔法に阻まれ私も護衛も動きを封じられた絶体絶命のあの時。
彼は何の躊躇も無く、神のギフトとまで言われたその美貌を、あんな華奢な身体を盾として投げ出し殿下の御身を護り続けた。
刃物を持った凶漢を前に、それはけっして容易な事ではない。だが彼はやってのけた。武器も魔法もたぬ無力で非力な彼が…
ああ…私は彼のことを少しも理解しようとはしてこなかったのだ…あの瞬間まで。
何故三神が彼に加護を与えたか…
そうだ。何の打算も見返りも無く、ただそうしたいから、それだけで全てを投げだせる彼だから、だからこそ神は加護を与えたのだ…!
今ならはっきりと断言できる。レグルス様の隣に立つべきはテオドール様をおいて他にないと。
「…それにしても神獣の宝玉ですか…。恐らくこの先二度は現れないでしょう」
「そうだね。私もそう思うよ」
「そんな希少なお兄様を手に入れるにはそれに見合うだけの、相応に大きなものを捨てなければならなかったというわけですね。二兎を追う者は一兎をも得ず…なるほど。よく分かりました」
「アリエス、何が分かったって?」
「お兄様が稀代の悪い侯爵令息だったって事がですよ。言い寄る男たちを手玉にとって、結局最後はいつでも思い通りにしてしまうんですから。お兄様の我儘を最後まで笑顔で叶え続けた者だけがその手を取れる。宝玉どころか…お兄様は本当に悪い人です。大悪人です」




