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 それからというもの、クラスの雰囲気は大きく変わった。真梨(まり)は依然として腫れ物として扱われていたが、もはや彼女を害する者はいない。あの一件を経て、生徒たちは一つ学んだのだ。


「真梨を怒らせるようなことだけは、絶対に避けなければならない」


 当然、それは彼らが千郷(ちさと)を傷つけてもいけないということであった。あの少女が教室に立ち入るだけで、その場には緊張感がほとばしる。人望こそはないものの、彼女は確かに教室の支配者と化していたのだ。無論、真梨が家庭科室の悲劇を招いた確固たる証拠があったわけではない。否、歴としたケミカルテロを執行するにあたって、彼女が証拠を残すはずなどない。法的なトラブルを回避しつつも、圧だけは加える――それが彼女のやり方だったのだ。


 一度欠席して以来、千郷は登校拒否を繰り返した。そして登校を再開した時、彼女は驚かされた。今となっては、誰も真梨を攻撃しない。誰一人として、真梨に逆らう者はいない。あの少女が恐れられていることは、火を見るよりも明らかだ。

「……何があったの?」

 そう訊ねた千郷は、怪訝な顔をしていた。その周囲の生徒たちは、一瞬にして顔色を変える。

「そ、その話だけはするな!」

「ウチらはもう、真梨には関わらない。アンタにだって手は出さない」

「ただ、これは触れてはいけない話なんだよ!」

 それだけの証言では、家庭科室の悲劇のことなどわからない。ただ一つ確かなことは、真梨が何らかの行動を起こしたということだけだ。して、その行動がクラスの空気を一変させた――千郷はそう確信した。


 続いて、彼女は真梨に声をかける。

「ねぇ、真梨。一体、何があったの?」

 ただならぬ変化を前にして、千郷は動揺を隠せなかった。無論、そんな彼女を愛している真梨からすれば、己の本性を知られることは死活問題に等しいだろう。

「もう心配は要らないよ。奴らには、私たちに危害を加えないよう、釘を刺しておいたからね」

 曖昧な受け答えをした真梨は、無邪気に笑っていた。同時に、同級生たちはその笑みに酷く怯えている有り様だ。

「ど、どうやって、アイツらを止めたの?」

 やや怖気づきつつも、千郷は追究を続けた。余程のことがない限り、あの連中が彼女たちに危害を加えることをやめるはずもないだろう。この時、千郷は自分が不登校だった期間のことを振り返った。当時の彼女たちが通っていた光命中等学校の名が、SNSのトレンドに上がっていた。ニュースサイトでは「家庭科室で化学事故があった」と報じられていた。それは世間的には「事故」という扱いになっていたものの、その背景に真梨の存在があれば周囲の生徒たちの反応にも説明がつく。

「ねぇ、真梨」

「ん? どうしたの?」

「家庭科室の化学事故……何か関係あるんじゃないの?」

 その質問はまさに、核心に迫っていた。さりとて、周囲は真梨の肩を持たなければならない。

「考えすぎだよ、千郷!」

「そうだよ、一人の中学生がそんなことするわけないじゃん!」

「まあ、なんというか、今までごめんね。真梨、千郷」

 口々に話に割って入った同級生たちは、愛想笑いを浮かべていた。あのような悲劇を繰り返さないためには、真梨の気を損ねるわけにはいかない。ゆえに、誰もが彼女の潔白を主張しなければならないのだ。


 真梨は微笑む。

「まあ、確かに大変な事故もあったけど、全部丸く収まったわけだよ。千郷。これからは、何にも怯えなくていいんだよ」



 *



 そして今、高校生の真梨は、あの時複製した家庭科室の合鍵を見つめている。

「そろそろ……沙奈(さな)との決着もつけないといけないね」

 そう心の中で呟いた彼女は、合鍵を机の引き出しにしまった。あの頃とは違い、今では明確に強敵がいるのだ。ほんの一瞬でも、油断は許されない。

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