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復讐

 その日、真梨(まり)は故意に家庭科室の鍵を持ち帰った。彼女はその帰り道、彼女は鍵屋を訪ね、合鍵を作らせた。一先ず、これで彼女はいつでも家庭科室に侵入できるようになった。


 真梨が元鍵を返却したのは、その翌朝のことだ。

「すみません、先生。昨日はうっかりしていて、鍵を持ち帰ってしまいました」

「大丈夫だよ。失くされたりしたらまずかったけど、ちゃんとあって良かった」

「それでは、私は授業がありますので……」

 元鍵を返した彼女は、すぐさま職員室を後にした。当然、その鍵が複製されていることなど、教師には知る由もない。ましてや、眼前の女生徒が何か良からぬことを企んでいることなど、彼には想像もつかないだろう。


 それから千郷(ちさと)が欠席するまでに、真梨は様々な被害を受けてきた。机には相変わらず罵詈雑言を書き殴られ、靴を隠され、陰湿な嫌がらせは毎日のように続いた。


 そして千郷が欠席したある日、真梨はついに動き出す。昼休みになり、彼女は合鍵を使って家庭科室に忍び込んだ。最初に換気扇を開いた彼女は、フィルターの表面を瞬間接着剤でコーティングし、換気されにくい環境を確立する。そのフィルターを乾かすため、彼女は一旦それを窓際に置いた。次に真梨がスクールバッグから取り出したものは、化粧室にあった塩素系漂白剤だ。その粉末は、各シンクの排水溝へと容赦なく注ぎ込まれていく。続いて真梨は、家庭科室の入り口側の壁にある棚の方へと足を進めた。おもむろに戸を開いた彼女は、棚の中身を並び替える。棚の奥には塩素系洗剤、手前には酸性洗剤が配置された。最後に、真梨はフィルターを換気扇に戻した。ここまでの動きには、一切の無駄がない。彼女には、一切の躊躇がない。仕込みを終えた真梨は家庭科室を施錠し、その場を去った。


 昼休みの後、真梨のクラスでは家庭科の授業があった。周囲の生徒が準備し始める中、真梨は教師にこう伝える。

「先生。気分が優れないので、保健室に行ってきます」

「おう、大丈夫か? さっきから、妙に調子が悪そうだったけど……」

「わかりません。休んだら良くなるとは思います」

 言うまでもなく、これは仮病だ。彼女は千鳥足になりつつ、保健室へと足を運び始める。一方で、真相を知らない生徒たちは、何の疑いも持たずに家庭科室へと向かった。


 今日の家庭科では、料理を作るはずであった。当然、そのための第一工程として、生徒たちは食器を洗わなければならない。


――棚の手前には、酸性洗剤が置かれている。


 彼らは酸性洗剤を用い、一斉に食器を洗い始めた。直後、その場は悪臭に包まれ、何人もの生徒が咳き込み始めた。


――各シンクの排水溝には、塩素系の漂白剤の粉末が詰められている。


 一人は勢いよく嘔吐した。もう一人は倒れた。室内がパニックに陥る中で、教師は声を張り上げる。

「ほ、本日の家庭科は中止だ! 各自、すぐに保健室に向かうように!」

 そう――これが真梨の企てていた復讐だったのだ。この事件は、すぐに校内放送で伝えられた。体調不良を訴える生徒も続出し、この日は地獄と化していた。しかし「家庭科の授業の前に鍵を借りた者がいない」という理由により、この一件は事故として片づけられたのだった。

「これは報いだ」

 心の中でそう呟いた真梨は、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


 放課後、真梨はいじめの主犯の近くを横切った。主犯の体は火照っており、その呼吸は荒い。復讐は成功に終わったようだ。

「次はこの程度では済まないかもね」

 そんな一言を突きつけ、真梨は笑った。この時、主犯はかつてない恐怖を覚えた。

「コイツだけは、敵に回してはいけなかった……」

 今更になって真梨の力を思い知った彼女は、体の震えを抑えられなかった。

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