第25話 天使の正体
汽車の中で、昔のことを思い出していた。
7年前に神前試合に優勝して、アレガルド・サンシャインは天の使いだと皆に認めさせた。
みんながそれをホンモノだと信じている。
はっきり言うが、「天の使い」なんてモノは存在しない。
あれは父が自分の宗教の信徒を増やすために作った逸話に過ぎないのだ。
「天使」として存在すれば、それを中心にしてなるだけ平和な世の中を作れる。父はそう信じているのだ。
俺は小さい頃まで本気で自分のことを天使だと思い込んでいた。
他の人には出来ないことが出来る。そして周りにいるみんなが俺のことを「天使」だと言って、大切に扱ってくれた。
今思えばただの洗脳だとは思っている。自分の力を平和のために使うための、父なりの洗脳。
しかし、それも昔の話。全能ではない自分の力を改めてよく考え、自分がただの人間であると思い知った。
俺たち血族は「天使」などではない。父も、俺も、妹も、ただ『超能力』を持って生まれてくる存在だった。
俺たち一族は「天賦」を持って生まれてくる。一人一つ、何かしらの分野で才能を発揮する天性の才。父はそれを「天賦」と名付けた。
天賦と呼ばれる『超能力』を持った人間。それが天使の正体だ。
俺の天賦は「武器術」だった。なんでも武器として扱えるし、どんな武器も俺には当たらない。
俺の手のなかで剣は剣としての効力を最大限発揮するし、銃は銃としての効力を最大限発揮する。
俺に当たる近接武器は全て自壊し、俺に当たろうとする飛び道具は軌道を捻じ曲げ、そもそも掠りすらしない。
そんな他の人にはない超能力を発揮する一族。
それが俺たちだった。母は違うが、父さんの血族は全員、その超常の才「天賦」を持ち合わせていた。
超能力を持って産まれる一族。それが「天使」の正体だった。
父はそんな自分の血族のことを「天使」だと言い、新宗教を作ったのだった。
自分の持っている天賦以外はいたって普通の常人である俺たち。
天賦というのは最上の才にして、ただの呪縛だった。
龍の国には「天賦」を持つ俺の従姉兄がいた。最強最良の二人組と称されていた。
『天賦』には様々な種類がある。
例えば、父の姪で俺の従姉は『料理人』の天賦を持っていた。
料理人としての最上位の才能。
彼女は自身の故郷、ポートランドにある「龍の国」でその力を遺憾なく発揮した。
料理人の天賦はただ食材を調理するだけにとどまらない。ポートランドにおける食料生産に大きく貢献することとなった。
農耕、畜産、酪農、漁業、その全てに彼女の手が加えられている。
寒さに強い穀物の品種を見つけ、それを生産することで冷害を防ぐ。
そしてより多くの実をつける穀物の品種を特定して、さらにその品種同士の交雑に成功した。
人為的な栽培穀物の改良。これにより、より多くの実がなる、より寒さに強い穀物が生まれた。冷害に耐える穀物、その多量生産を可能にしたのだ。
農場と作物の最適化。二期作、二毛作など耕作の最適化。
彼女の才能は農耕だけにとどまらない。
農業も、酪農も、品種と土地の組み合わせを最適化して、漁業に至っては栽培漁業、養殖漁業の手法を確立した。
そして今まで食べられなかった毒を持つ食材の調理方法。
より保存が効く食材の調理方法を築き上げていった。
生物が生きていく上での根本的概念「食」。彼女はこれを司っていた。
彼女の功績を端的に言えば「ポートランドから飢餓を無くした」だ。龍の国が食の都と呼ばれるようになったのも、彼女が大きな要因だった。
彼女の両親、俺の叔母が龍の国の最大武家派閥の元締めであることを考慮しても、彼女の影響力は目を見張るものがあった。
彼女はみんなに愛されていた。帝国の庇護下ではないポートランドに行っても、彼女の親類というだけで良い印象を持たれた。
彼女の会うたび。
「お腹減ってる?減ってるよね、アルくん?その顔は絶対減ってる顔だよ」
「え・・・っス」
こんな会話を繰り返した。すごくグイグイ来る人だった。
そして、やたらと人にご飯を食べさせたがる人だったな、と思い出す。
品行方正で人あたりも良く、勤勉で、謙虚で、腕っぷしも強くて、かっこよかった。
「飢えという苦しみから人類を解放する」そう夢を語ってくれてた。
そして、彼女はその夢を叶えることはできなかった。
人に殺される、という最後で彼女は人生の幕を閉じた。
彼女は人に殺されたのだ。犯人はまだ捕まっていない。
「料理人」の天賦という才能を人のために惜しげなく使い、皆に愛された従姉は人に殺され死亡した。
彼女の弟、俺の従兄はその凶報を聞いた後に失踪した。
いまだに誰も彼の行方を知らないままだった。
俺がこの天賦のことを「呪縛」と呼ぶのは、こういった理由がある。
従姉と従兄、二人は「殺害」と「失踪」という形でこの世から姿を消した。
どれだけ天賦に恵まれていても、どれだけ天賦を人のために使っても、それは自分の身を危険に晒す諸刃の刃となる。
龍の国で最強最良と言われた姉弟は、その天賦を持ってこの世からいなくなったのだ。
失踪した従兄は誰にも殺されてない、そういう確信が俺にはある。
・・・いや、彼と関わったことのある人間なら、彼が死んだとは思わないだろう。
従兄は俺より強かった。
単純な試合でも勝てたことがないし。たとえ殺し合いでも彼に勝つイメージを持てなかった。そういう「天賦」を従兄は持っていた。
彼ならやろうと思えば自分以外の人類を皆殺しにできる。もちろん長い時間は必要になるが不可能ではない。
彼を目の前にした人間なら誰もがそう考える。人類と従兄。どのように人類が抵抗してもそれを木っ端微塵に踏み砕く未来が見える。
「麒麟児」「怪物」「闘神」そんな異名があった。
従兄がいたからこそ、俺は自分本位になり過ぎずに済んでいた。自分よりも強い人間がいるからこそ、俺は他人に優しくできていると言っても過言ではない。
しかし従兄は姿を消すだけにとどまった。姉を殺され、怒りに我を忘れることなく、ただ姿だけを消した。
龍の国の武家階級その頂点「満行大将龍」その地位を投げ出して、その館から消え去った。その捜索に向かった従兄の兄弟子も消息不明となっている。
覇国からも追跡部隊、諜報部隊を派遣して調査を進めているがいまだに手掛かりが掴めていない状態にあった。
なぜ消えたのか、どうして仲間に頼らなかったのか、今どこにいるのか。何も分からないままでいた。
この世から姿を消した二人の親類。その体には天賦という才能があったはずだった。
才能とは呪いに近い。
どれほど優れた才能を持っていたとしても、それを妬む一人の人間に殺されれば人生が終わる。
どれほど最強の才能を持っていたとしても、精神的に追い詰められれば自分の人生を投げ出したくなる。
正しい才能の使い方とは、その才能を存分に発揮することだけではない。時には自分の才能を隠すことすら重要になる。
だからシロ、妹には天賦を使って欲しくなかった。シロが天賦を使えば使うほど、他人の目が妹に向けられ、危険な目に遭う確率が高くなる。
それを考えるだけで頭がおかしくなりそうだった。眠れない夜を過ごすことなど何度もある。
もうシロの天賦は開花している。なんの天賦なのかは分からない。しかし、天賦なしに父の巨城を出入りすることなど不可能だった。
シロの脱走。それを聞いたときは卒倒しかけた。目の前が真っ白になったし、それだけで城を離れるのが嫌になった。
父は「問題ない」とだけ言い。天使私設兵をシロから外した。それからシロの自由奔放さが増し、城の中の警備だけでは手がつけられない状態になった。
父はただ「シロの成長のためだ」と言い。俺がどのような言葉をかけようと、シロの行動に目を瞑った。
シロが危険な目にあったら、と身悶えするが、正直それはないと思う自分がいる。
シロの天賦はおそらく俺や従兄と同じ「戦闘向き」だと推測できる。
シロの天賦の詳細は分からない、唯一知っている父に聞いても「シロに聞いてみなさい」というだけで答えてくれない。シロに聞いても「兄ちゃん、プライバシーって知ってる?」と言われるだけで教えてくれない。
だが何となく分かる。シロが起こした事件がそれを物語っていた。
シロは巨漢3人を半殺しにしたのだ。
父の街、その小売店の密集地店でそれは起こった。
昔の闇市の名残である売店の密集地帯。街の区画整理のときに街の外側に追いやられたが今だにある。あの街の中で治安が一番悪い場所だった。
違法賭博や闇取引の現場になることも多々ある場所だった。
そこにシロが行き、そしてそこで事件を起こした。
「襲われたから、襲い返した」シロはそれだけ言って、その事件に対して喋ることを止めた。
半殺しにされた暴漢3名は、一方的にシロから剣を使った暴行を受けたと証言してる。
シロの才能は、剣に関連する天賦。そう見ていいだろう。
手が震える。無邪気に天賦を使うシロを見ると、シロの将来がドス黒く濁っていくのを感じてしまう。
人を傷つけても良心が痛まない。シロにはそう言う気質があった。人の気持ちが全く分からない。そう思わせる無邪気さがある。
俺は母と従姉兄に、人を大切にする気概を学んだ。
しかしシロにはそれがいない。
母はシロが幼い時に、病気でなくなっていた。
だからこそ俺がシロの代わりに道徳というものを教えなければいけなかった。
天賦に溺れる未来。それだけは避けなければいけない。
「坊っちゃん・・・着きやしたぜ」
「あぁ」
白い巨城が見えてくる。我が家だ。
今日シロに会える。そしてシロに言う、天賦というのがどれほど自分を傷つける存在なのか。分からせる必要がある。
家族とは守るべき大切な者達だ。
家族として、兄として、俺にはシロを守る義務がある。
「行くか」
そう言って俺は汽車をあとにする。
その日も、次の日も。
俺がシロに会える日は来なかった。




