第15話 『アレガルド・サンシャイン③』異例の本戦
鉄すら切り裂く異界の魔剣が、少年の前で無惨な姿を晒している。
武芸者は目を疑う。彼らの目には見えていた。少年の腕が超速で振り下ろされ、紙の小刀が妖刀を叩き割るその瞬間を。
『一刀両断』。意味合いは違くとも、それを地で行く神業だった。いや、もうそれは技や業と呼べる範疇にはない。
観客の中、まだ天使という存在に懐疑的な人々は2通りの心境を見せた。
「天使という存在は本当にいるのかもしれない?」と信仰心を芽生えさせる者。
「手品に国宝を用いるなど悪逆の極みだな」と嫌悪を吐露する者。
全員が決めかねていた、天使という存在の有無を。
そして何より国宝が、人類の宝が破壊されてしまったという事実。どのように処理するつもりなのかを判断しかねていた。下手に口出しなどできない。
観客がその事態に戸惑いを見せるなか、観客席の最上階、天蓋の近くから声が発せられた。
「感嘆の声すら出せぬ、素晴らしい技量。余興としてこれ以上の物は存在すまい」
高く響く声だった。全員がその声に聞き惚れるような感覚に陥る。
教皇の声だ。天道教の聖職業務、その最高責任者はそう告げた。
教皇は拍手と共に、そう祝言を送った。
「見ての通りの業前だが、見ることすら叶わなかった者もいるだろう」
教皇は「なぁ、天使殿」と続けた。
教皇というのは、この国の天使に続く地位に付く存在だった。
天道教という教えは、覇国の礎の一つである。
軍務の最高責任者『元帥』、行政の最高責任者『総書記』、そして教会の最高責任者『教皇』。
この場での発言を咎める者のいない人間。その一人である。
「国宝一つを破壊してしまったことを厄難と捉えるべきか。国宝を前にしてあまりある腕前を発見できたことを慶事と捉えるべきか。皆も決めかねているだろう」
教皇の声はゆるりと観客の耳に入っていった。声を上げる者は一人もいない。
天使は天蓋の中で何も言わない。全ての発言を教皇に任せているようだった。
「私に提案がある」
教皇は手のひらを正面にあげ、舞台に上がる少年を指した。
「天使殿に神前試合出場を願いたい」
「よろしいかな?」と告げる教皇。それに白色の少年は、浅いお辞儀をしながら応対した。
「それが人の願いなら」
白色の少年は返答した。事前準備はもう裏で行われていたのだろう。
国宝を持って舞台に上がることも、それを破壊することも、そして教皇が発言することも。
裏で描かれた通りに話が進んでいる様だった。
だが、そうだったとしても異例の事態だった。国宝が破壊されたことも、子供が神前試合に出ることも、予選を飛び越えて本戦に参戦することも。異例中の異例。
白色の少年の、燃える様な赤眼があたりを見渡した。野獣を思わせるような威圧感がある。
「皆もそれで良いな?」
教皇が観客へ問う。
天使の組織下につく領主や軍人、それからは異議が出なかった。事前に伝え聞いてはいなかったが、これが天使と教皇との間で取り決められていたことは火を見るより明らかだ。
試されている。
もし異議を申し立てようものなら反乱分子として目をつけられ刈られる可能性があった。
だから誰も発言もしなかったし、する必要もなかった。
だが武芸者は違う。
覇国の国内に陣を張る者として、天使や教皇の命令には従わなければいけない運命だったが、それでも納得のいかない部分も多いだろう。
この場に呼びだされ予選を勝ち進み、やっとのことで本戦に出場したというのに。
天使といえど、子供が参戦する試合に快く出場できる人間はいない。
最悪、本戦出場者が『無礼であります』と言ったままこの場を去り、神前試合がなくなる可能性すらあった。
しかし、その様な者は現れなかった。武芸を志す強者が、組織を揺るがしかねない力を持つ武人の全員が白色の少年に興味を示していた。
「わしサンセイ」
観客席の最前列。しわがれた声が響く。
全員がそちらを見た。見た人間が一様に身震いを見せる。
その老体の隣に座っていた者さえ、老人が声を上げるまでその存在に気づけなかった。
真っ黒の肌がシワによってひび割れている。頭の先から爪の先まで黒色に包まれていた。特徴的な肌と、尖った耳が彼の人種を物語る。
森黒人。森に生息する稀少人種だった。
公の舞台に顔を出すことのない森族の人がそこにいた。禍々しい空気を発している。
「だってわしィ、そのコとタタカいたいし」
その老体は震える手で舞台に立つ天使を指さした。
天道教の信者からすれば無礼極まりない行為だったが、この人にとってはどうでも良かった。
未開拓領域の出身者からすれば礼儀というのは粗末なものだ。
『未開拓領域』そういった場所がこの世界には存在する。空の奥、海の底はもちろんのこと。地上でさえ、まだ人類の手が及ばぬ領域がある。
地下に巣を張る大迷宮『土の国』。
大砂漠の山に谷、砂でできた滝に渦潮。その中心『砂の国』。
数多の禁忌種が住まう蠢く森林『影の国』。
その老人は『影の国』の出身者だった。
足を組み、背筋を伸ばすその姿に皆が緊張感を覚えた。
少年が真剣を切り裂く様子を目で追えていた強者の一人でもある。
なにより神前試合本戦出場の条件を満たした人間であり、国際危険指定者の一人である。
その老人の発言力など言わずとも知れていた。
「そのコにカってみたい」
その老人の声に、名のある武芸者が次々と頷いた。
誰もが先ほどの少年の技を説明できていない。
妖刀を両断したのは腕前か、それともハッタリか。
興味を持っていた。その腕前をよりよく見ていたかった。そして自分の糧にしたかった。
国をまとめ上げた「天の使い」。
それと戦えるのだ。
武術を心得るものとして、これ以上の役得は存在しなかった
「天使と戦いたい、そして勝ちたい」
武芸者の心が一つになる。
この日、異例の9名による神前試合が開始された。




