稀代の竜騎①
羽毛を革袋に詰め終わると、エメラルデラは剥い皮を担ぎ上げた。
「私は川に行ってくるから、ヴォルスは残りの肉を頼む」
「おう、気を付けて行ってこいよ」
ヴォルスが軽く片手を持ち上げるのに応えて、エメラルデラは素早く踵を返して林の中へと分け入った。
近場の川へと向かい手早く毛皮を水に晒すと、手伝いに戻るためにもと来た道を引き返す。
肉の解体は体力も気力も、時間も要する。
あまり時間が掛かるようなら、切り分ける作業は聖地で行う必要があるだろう。
考えながら歩いていたエメラルデラが林を抜けると、頭を落とされ二つに断たれて枝肉に変わり果てた獲物の姿が、目に飛び込んできた。
「遅かったな」
エメラルデラを振り返るヴォルスは、何てことないようにおおらかに笑っていた。
その手には、狩猟用のナイフを一本を携えているだけだ。
エメラルデラは驚きを飲み下して、肉の断面をしげしげと眺めた。
「もう終わってると思わなかった」
「まあ、上手くやりゃこんなモンだな」
強引に断ちきった様子もない、美しい断面を上手くやる、なんて一言で片付けて良いものだろうか。
これが竜騎の常識だとすれば、エメラルデラが慣れるのはまだまだ先になりそうだった。
「よし、戻るとするか」
ヴォルスは何事もなかったように、木の間に渡して吊るした縄を解いた。
後脚に掛けた縄を片方の肩に担いで、枝肉を二つとも背負い、空いた片手で山鳥を吊るすと、堂々と歩き出した。
一人で全て抱えしまう男の力強い背中を唖然と眺めていたエメラルデラは、気を取り直すとオダライアの胴を軽く叩く。
「行くよ、オダライア」
声を掛けると、鳴き声を上げて歩き出したオダライアと一緒に、前を行く男の背中をエメラルデラは追っていった。
※
「こりゃ派手にやったな」
短く刈り込まれた後頭を掻きながら、ヴォルスは辺りを見回して、呆れを通り越していっそ関心したようにぼやいた。
聖地の地面は、そこら中が掘り返されたように抉れ、風穴が開いている。
聖樹が無事なのが奇跡のような、荒廃したありさまだ。
エメラルデラが呆然と周囲を見渡すと、荒れ地の中央にメルティスとシエスが佇んでいた。
こちらに気付いたメルティスは、目一杯に手を伸ばして大きく振って見せる。
「あ、お帰りなさいですよぅ。ヴォルス」
「メルティス、手加減なしでやっちまったのか?」
ヴォルスはメルティスたちの元へと踏み出し、尋ね掛ける。
メルティスは悪戯が見つかった子供のように笑っていた。
「えへへ、ちょっと張り切りすぎっちゃいましたぁ。でも、ちゃぁんと、強くして上げましたからねぇ」
エメラルデラはヴォルスのあとに続き、周囲を見渡した。
抉れた地面は次々と土が盛り上がり、まるで傷を塞ぐように青々とした草に覆われていく。
聖地に来てから、何度も目にした光景だ。
瞬く間に、何事もなかったように牧歌的な風景が広がるなか、二匹の竜の姿は見当たらなかった。
エメラルデは、メルティスの横で疲れたように座り込んでいるシエスへと視線を落とした。
「シエス、ヘルメティアとオラトリオは?」
「二人とも今は泉で治療中ですよ。傷は負いましたが、命の別状はありません」
「なら良かった」
エメラルデラの肩から力が抜ける。
無意識の緊張が解けると、今度はシエスのことが気になり始めた。
「シエスは、大丈夫なのか?」
「何がです?」
「ヘルメティアも傷を負ったのだろう」
ああ、と得心したようにシエスが呟きを漏らした。
「傷付いて欲しくない、という本音はありますが、メルティスは信頼できますからね。ヘルメティアが本気で嫌がっていたら、何としてでも止めますし」
「そうか。お前が平気なら、良い」
シエスは淡々としたエメラルデラの横顔を見上けわると、紅い眸を柔らかく細めて嬉しそうに笑う。
「気遣って下さってありがとうございます。エメラルデラさん」
「気にするな。心配するのはタダだからな」
エメラルデラは軽く肩を竦めて応じると、二人の間に気安く穏やかな空気が流れたのも束の間、ヴォルスの低く太い声がエメラルデラを呼んだ。
「エメラルデラ、今度はお前の訓練だ。準備しろ」
「分かった」
「坊はヘルメティアが起きたら肉の保存を頼んでくれ」
「よろしいですよ。ついでに二人の様子を見てきましょう」
シエスはいそいそと立ち上がると、エメラルデラとヴォルスが解体した肉を受け取る。
痩躯には不釣り合いな量の肉を軽々と両腕に下げると、シエスは足早に神樹の根本から広がる泉へと向かって、歩き出した。
大丈夫だと言ってみせても、ヘルメティアを心配していたのであろうことが、足早に遠ざかっていく背中から見て取れた。




