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私が好きなのは、あなたなんです 後篇

 昨日は大雨だったから、今日退院するって言うのに大丈夫かなって思っていたのだけれど。今日は綺麗に晴れ渡っていたのだから、空梅雨って素敵ねと思わずにはいられない。

 それでも風が吹けば湿気がまとわりついてくるし、爽やかと言うよりもうっとうしいって感じの方が強くなってしまうけれど、構わない。

 お父さんとお母さんには「よかったよかった」と泣かれてしまって、正直申し訳なかった。まさか、夢でずっとひどい事を繰り返ししていたのが原因で車の前に飛び出したなんて、言える訳はないんだから。

 お母さんが荷物を持ってくれ、お父さんが車を出してくれるからと駐車場まで歩いている時。


「雪柳……!!」


 大きな声が聞こえた。思わず振り返って、私は驚いて唯一持っていた手提げバッグを落としてしまう。

 春待君は肩で息をしながら、こちらに駆け寄ってきた。お母さんは少しだけ驚いた顔をした後、「先に行っているわね。後でちゃんと来るのよ」と言いながら、私を置いて行った。


「……春待君?」

「退院、おめでとう……」

「わざわざ言いに来てくれたんだ」


 それにジン……と胸が染みてしまう。また好きって気持ちが降り積もる。でも……。私はただ春待君の目をじっと見る。

 私、夢の中でいろんな人と恋人同士になってた。私がもしそんなひどい人になったらどうしようと思ったら、怖くって恋なんてできないってそう思っていた。夢からそっくりそのまま現れ春待君を見た時は、いよいよ私はそんな人になってしまうのかと、本当に怖かったけれど、今は違う。

 この人以外、好きになんてなりたくないなって、そう思ってしまうのだ。


「……これ、お前に……」

「え……」


 可愛らしい淡い水色とピンク色の花が、カスミソウと一緒に揺れる。スイトピーの花束を押し付けてきたのだ。それに私は呆然として春待君を見る。


「……ずっと考えてた。どうして、雪柳の所にずっと通っているのかって」

「うん」

「最初は……ただクラスメイトが困っているからって、そんな理由だったけど、今は違う」

「うん」

「……ずっと、家族みたいな人がいて、俺はその人の事が好きだった」

「うん……」


 現実は夢じゃない。夢の通りに思い通りにならない。だから、人は夢を描くのだ。

 私はただ、春待君の言葉を聞いていた。玉砕しても、伝えないと駄目って思うから。春待君の渡してくれた花束を受け取ると、それがスンと甘い匂いを漂わせている事に気付く。スイトピーの優しい匂いが、不思議と心を和ませてくれる。


「……でも、その人に言われたんだ。俺は本当の気持ちに逃げるために、一番近くにいる自分への家族愛を恋愛にすり替えてるだけだって。自分に告白したように、本当に大事な相手にちゃんと気持ちを伝えろって。俺は……」

「私は」


 春待君の言葉を、私は自然と遮ってしまった。言わなきゃいけないのは、私の方だと思うから。


「恋をするのが、怖くって怖くって仕方がなかったの。毎日ね、変な夢を見るの。私がとっかえひっかえ、色んな人に恋をする夢。……恋なんて、ゲームな訳ないじゃない。誰かの気持ちを奪ったら終わりな遊びじゃないのに、それを飽きる事なく繰り返す自分がすごく怖かった。夢だって思ってたけど、だんだんその夢に似ている人達を見るようになってきたら、ますます怖くなってきちゃってね」

「えっと……雪柳?」

「ごめんね……変な話聞かせちゃって。でもね、恋するのが怖いって思ってても、それでも恋しちゃうものなんだって、最近ようやく気が付いちゃったの。

 私ね、春待君が好き。ずっとこんな私の面倒を見てくれた春待君の事が、大好き」


 花束が揺れた。

 スイトピーの花言葉は……確か、門出と、永遠の喜び。私は自然と笑顔になる。

 ふいに、三樹君が口を開く。


「……俺は、多分。最初は雪柳の事を、好きになってくれない家族と同じものを見る目で見てたと思う。でも違うんだって気が付いた。でも多分、混同して雪柳を困らせるかもしれないけれど、好きでいていいか?」

「仕方ないよ。初恋が成就するとかって、そんな事滅多にないと思うから。引き摺ってもいいよ。引き摺っている分もさ、私が一緒に背負うよ」

「……女々しくってごめん」

「ううん、好きになってくれて、ありがとう」


 こんなに大きな花束を持って来て、退院の日に走って来てくれた。それだけで、私にはもう充分過ぎた。

 好きだなあ……そんな気持ちだけが、ただただ溢れてしまうのだ。



****


 正直、三樹が退院祝いに花束を渡したいって言う子を見た瞬間、空いた口が塞がらなくなってしまったし、立ち聞きした内容を聞いて、やっぱり土下座しなくちゃいけないって言う気がしたけれど、そもそもどう説明したら流れるように土下座して謝らないとになるのかが分からなくって、何も言う事ができなかった。

 ……主人公の子、あの子じゃない。しかもこの子がいなかった原因って、どう考えても私じゃない。下手したら死んでたのかと思うと、本当に申し訳なさ過ぎて謝りたくって仕方がないけれど、どうやって説明すればいいのかがちっとも検討が付かない。

 ただただ、あの子には本当に幸せになってほしい。あんなに綺麗な笑顔で人の事を好きって言える子だもの。きっと私以上に幸せになってくれるはず。

 すんごい石頭だけど悪い奴じゃないから、三樹の事よろしくねって言って頭を下げないといけないレベル。


「春待女、あの子と知り合いか?」

「し、知ってるけど、多分向こうは私の事を知らなくって……」

「うーんと……結局の所、春待男は家族愛と恋愛を混同してたって事でいいんだよな?」

「うん……私に向けてたのはただの庇護欲。恋とは違うよ。でも三樹も恋愛偏差値が低過ぎて、もうちょっとで一番肝心な気持ちを潰しちゃう所だった」


 自分の気持ちって、本当に分かり辛いもんなんだなあって思う。普通、クラスメイトの退院祝いに花束なんて買わないし、それを直接相手に渡そうなんて思わない。そんなのクラスの子達にカンパを頼んで、クラスの委員の子に任せればそれで済んじゃうのだ。

 わざわざ自分から苦労を買うって言うのは、それは義務以上に好意がなければ成立しないのに、それに全く気付かなかったって言う訳だ。

 私もさっちゃんがいなかったら自覚しなかった訳だし、どっちもどっちとしか言いようもないけれど、こればっかりは間違えちゃいけない問題だと思うんだ。

 わざわざ付き合ってくれた睦月君と私は、ようやく病院から離れて、カポカポと綺麗に整備された石畳の上を歩いて行った。

 睦月君は腕を組んで頭を抱える。


「でさ、春待女」

「うん」

「返事聞いていい?」

「……私は」


 本当にさっきのあの子みたいな素敵な言葉で、睦月君に返事をする事ができない。本当に乙女ゲームのライティングはできても、自分に降りかかった恋の返事ができないって言うのは、おかしな話だなって思うけれど。

 私はにこっと笑った。


「私が好きなのは、あなたなんです」

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