第1話「少女ラミウは強き者」
アルファポリスにて先行連載中(2020.7.2時点で40話~)でしたが、掲載箇所を拡大してコチラでも連載します。
19話まで一気読み推奨なので、7月7日の19時に19話まで一気に公開しています。
この世界にはこんな〈おとぎ話〉がある。
大地から遠く離れた銀河を揺蕩う巨大な青い薔薇の花。
薔薇が見下ろす大地には、いつも愚かな〈人類たち〉の姿があった。
逃れられない運命や死に抗い、恐怖し、傷つけ合う弱き者たち。
その姿を見て胸を痛めた薔薇の花は、花弁から涙をはらはらと零し、人類の未来を憐れんだ。
薔薇の涙は青い光の粒子となって、荒廃した星に縋る生命たちに、生きる力と勇気を与えた。
枯れた草木は蘇り、大地に強く根を張って、地上は再び緑豊かな楽園となる。
そして人類もまた、薔薇の涙の力によって武器となり得る強靭な生命力を得たのだった。
めでたし、めでたし――
「……なにが〈めでたし、めでたし〉よっ! その後の苦労も知らないで!」
月明かりが差し込む真夜中の地下路にて、少女は怒りの声を上げた。
巨大な斧を振りかぶり、地下路を徘徊する凶暴な植物の根を、次から次へと断ち切っていく。
「あの薔薇が零す涙のせいで、植物たちは日々化け物に進化してる! 今や私たち人類は〈ヒエラルキーの最下層〉だよ!」
同胞を刈られた〈獰植物〉は、けたたましい咆哮を上げて怒りに任せて少女を追った。
筋肉のように束ねたツタで大地を這い回る姿は、まさしく脅威、異形そのもの。
甘い腐臭を放ちながら、地下路を猛スピードで這いずり回る。
『グケケケッ、ギシャアアアアーーーーッ!!!!』
獰植物は狂ったように、少女に向けて幾度も突進を繰り返す。
少女の動きを止めようと、半ば躍起になっているようだ。
「悔しいからって暴れても無駄だよ! 植物なんかに私の動きは止められない!」
白亜の髪に赤い瞳を持つ少女、彼女の名は〈ラミウ〉――
一見すると可憐に見えるラミウだが、外見からは想像できないほどの力を有していた。
その胸に宿る精神力と闘志の力は成人男性をも凌ぐほどである。
「セルエネルギー、バースト―― ブラックアックス、エンゲージッ!」
気合いを込めた掛け声と共に、ラミウの全身が蒼く輝く。
手から斧へと青い光が迸り、刃は輝きと鋭さを増した。
「進化はキミたちだけの特権じゃない! 私の特大ブラックアックス……脳天にしかと喰らうがいいわ!」
ラミウは脱兎のごとく地を駆け、壁を蹴り、蜜に汚染された地面を驚異的な跳躍で超えていく。
狭い地下路を縦横無尽に跳ねる姿は、まるで野山を駆け回る兎のようだ。
「食らえぇっ! 渾身の打ち下ろしっ!」
そうして果敢に間合いを詰めて、ついに獰植物の頭上へ飛び上がったラミウは、首にあたる花托部分に力強く斧を振り降ろした。
『ガッ、グギャアァァーーーーッ!』
花托を断たれた獰植物は、短い断末魔を上げて力なくその場に倒れ込む。
地下路に張り巡らされていた夥しい量のツタたちも、本体の沈黙に合わせるかのように瞬く間に枯れ朽ちていった。
「はぁ、はぁっ、あちこち蜜を吐き散らかして……っ、通路を掃除する身にもなってよね……!」
荒い呼吸と共に、ラミウは斧を肩から降ろす。
滾るように燃えていた蒼光は、一瞬にして煙のように掻き消えた。
「ありゃりゃ、疲れてセルが切れちゃった。戦闘中じゃなくて本当に良かった」
ラミウが斧として操る蒼い光とは一体何か――
なんてことない、この世界では実にありふれたものである。
闘志から来る蒼い光を、この世の人々は〈セルエネルギー〉と呼んだ。
セルエネルギーは〈目には見えない大切なもの〉として古代から大切にされてきたものだ。
古代からマナやチャクラ、オーラなどと呼ばれていた力たちは、認識レベルの向上により〈魂の力〉として定義され――
(心から強く念じることで、闘志は戦う力になる)
沈黙して、ただの棍棒と化したブラックアックスを見下ろしながら、ラミウは呼吸を整えた。
暗黒星石で作られたブラックアックスは、ラミウが愛用する〈セルデバイス〉である。
このような専用デバイスやガジェットが開発されるほど、今やセルエネルギーは電力と並ぶ日常のインフラと化していた。
(ただし戦闘に耐えうるセルを、みんなが練れるとは限らない。私みたいなトリガーが外れたバケモノは、昼夜を問わず働きっぱなし)
ラミウはウサギのような跳躍力と、セルエネルギーを駆使して戦う新人類――
世間の人々から〈強き者〉と呼ばれる、戦闘に長けた存在だ。
「キリがないよね。刈れども、刈れども、朝日が昇れば雑草はまた生えてくる」
呟くと共にラミウは目線を天窓へ送り、憎しみを込めて天空に揺蕩う薔薇を睨む。
あの薔薇こそが、すべての厄介ごとの根源だと。
青い薔薇から降り注ぐ光の粒子は、地上を生きる生物たちの生態系に、絶えず影響を与え続ける。
ラミウのような〈強き者〉も、青い薔薇の影響下で発生した存在なのかもしれない。
「あの薔薇の零す涙が……私たちの世界を書き換えていく……」
地上に根付く植物たちの進化は、人類以上に目まぐるしい。
動物に寄生して成り代わる者、獰猛と化して地上を跋扈し、人を襲い食らう凶悪な者まで、多種多様な進化を遂げている。
脅威と化した植物たちから逃れるために、人々は地下に穴を掘って、何百もの地下路と何十もの居住区域を作り上げた。
しかし、換気や湿気の除去を目的としたドライエリアが半地下構造として点在しているため、地下路の一部では植物の侵入を許してしまう。
そこで、ラミウのような強き者の存在が役に立つのだ。
ラミウは半地下から侵入する植物や害虫の始末、いわゆる〈草むしり〉を日々の生業としていた。
「仕事があるのは良いこと、良いこと。休むのはこれくらいにして、巻き込まれた人がいないか確認しなくちゃ」
一息つくなり、ラミウは獰植物の死骸を踏み越えて、通路の奥へと歩いて行く。
「おーい、誰かいませんかー? 生きてたら返事をしてくださーい。声が出せないなら音を出して教えてー」
ふと、ラミウは足を止めて一点を見つめる。
瓦礫に埋もれたトタン板が、僅かに動いたのが見えたからだ。
「……そのまま動かないで。すぐに瓦礫をどかすから!」
瓦礫の隙間に斧の切っ先を引っ掛けて、テコの要領でトタン板に被さった瓦礫を持ち上げる。
トタン板の下には逃げ遅れたであろう女性と、その胸に抱かれた赤子がいた。
「大丈夫!? 怪我してない?」
「はぁ、はぁ……あなたは確か、地下守りで有名なラミウ様……! さっきまでいた獰植物は……?」
ラミウは女性に手を差し伸べて、瓦礫の中から引き上げる。
「もう大丈夫ですよ。獰植物は私が全て、この手でキッチリ刈りましたから」
「ありがとうございます……! このまま瓦礫の下に埋もれて、死んでしまうかと思いました……!」
この母子のように、力なき者は獰植物によって簡単に死の淵へと追い込まれてしまう。
人の存在、地位なんてものは、植物たちの前には存在しないと言わんばかりに。
「長い間、瓦礫の下で辛かったよね。すぐに助けてあげられなくてごめんね」
「謝らないでください。ラミウ様のおかげで助かりました。あなたの逞しいその力……女神に与えられし祝福のおかげで……!」
〈女神に与えられし祝福〉のおかげ――
そんな感謝の言葉を受けて、ラミウは哀しげに微笑んだ。
「ありがとう。でも〈強き者〉の力は祝福なんかじゃないよ。この力は……私を苛む呪いだもの」
ラミウの思わぬ返答に、分からないと言った様子で女性は僅かに首を傾げた。
「でもね、私だから出来ることもあるんだよ。さぁ、赤ちゃんを私に貸して」
ラミウは女性から赤子を受け取るなり、手のひらを赤子の額に翳した。
途端に手のひらが蒼く輝き、セルエネルギーが赤子の中へとゆっくり流れ込んでいく。
「そんなっ、いけませんラミウ様……! 何もあなたがそんなことまで……!」
「大丈夫……体力には自信があるんだ。セルを分けるくらい何ともないよ」
セルデバイスを用いて獰植物と戦い、さらには他人へのエネルギー供給。
ラミウの行為は、命を分け与えるも同然の〈自己犠牲〉ともとれる行為だ。
口では何ともないと言っても、多少の苦痛が生じているはず。
「ラミウ様……ああ、なんて慈悲深いのでしょう……!」
ラミウの行為に胸を打たれたのか、女性は瞳から涙をこぼした。
震える両手を擦り合わせて、ラミウに対して祈るように頭を垂れる。
「あなたの行動は〈慰めの女神〉そのものです。生きる力を子に分けて頂き、感謝します……!」
まるで〈慰めの女神〉のよう――
女性の言葉は小さな棘となり、ラミウの胸をチクリと刺した。
「私が慰めの女神そのものだって……?」
思わず女性を睨みそうになったラミウは、咄嗟に目線を半地下の窓へと向けた。
(ごめんなさい……あなたの言葉、どれも全然嬉しくないよ。人並外れた能力も、慰めの女神も大嫌い)
胸の内で苛立ちを吐き出している間に、蒼白だった赤子の顔に、赤みと温もりが戻っていく。
冷え切っていた手足も温まり、本来の熱を順調に取り戻しているようだ。
「うん……この子はもう大丈夫そうだね」
赤子の容態を見て、ラミウは安堵に微笑んだ。
「でも一応、お医者さんに見てもらおうか。ここから真っすぐ進んだ先に、ネオ・ベレナスって名前の都市があるから」
ラミウはスカートのポケットから、小さな封筒を一枚取り出す。
「封筒の中に地図と紹介状が入ってるから。ベレナスに着いたらシャーンティ診療所を訪ねてみて。腕の良いお医者さんが診てくれるよ」
「ありがとうございます……!」
「私は後片付けをしなきゃだから、道中しっかり気を付けてね」
「はい……! ラミウ様も、どうかお気を付けて……!」
母子はラミウに深々と頭を下げると、地下路を足早に歩いて行く。
残されたラミウは瓦礫に腰を降ろし、再び半地下の天窓を見上げた。
月を背後に咲き誇り、優雅に揺蕩う青い薔薇。
惑星宛らの大輪を眺めて、ラミウは大きく息をつく。
ラミウにとって強き者、新人類などというレッテルは重荷以外の何物でもない。
「女神だなんて言わないで……こんな力、好きで持ってるわけじゃないよ……」
半ば八つ当たりするかのように、床に散らばった枯れ草をラミウは足で蹴飛ばした。




