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13 メルたん兄、参上




「メルル」

「……あにさま」

「怒ってないから出てこい」

「……ほんと? ほんとにほんと?」

「あぁ」


 あにさまと呼ばれた青年の腕には羽根が生えていた。小さくて柔らかめのメルちゃんの羽根よりもずっと立派なものだ。


 頬にはメルちゃんもしていたであろうフェイスペイントをし、飾り羽がずらりと並んだ冠をかぶっている。インディアンのようなそれは、冠のような羽が生えたオオワシとよく似ていた。



「っ、あにさま!」


 メルちゃんは私の腕から飛び出ると走りだし、片膝を地面についたお兄さんに飛び掛かるようにして抱きついた。

 お兄さんは危なげも無く抱きとめ、その腕の中に強く抱きしめた。お互い肩に顔を埋めて喜びに震えている。



「無事で、よかった……!」

「っう、あにさまぁぁあ。うぇぇえん」

「早く迎えに来てやれなくて、すまなかった」



 お兄さんと感動の再会を果たしたメルちゃんは安心してか、そのまま眠ってしまった。帰れてよかったね、本当によかった。うるっときてしまう。トラジロウもレオンも嬉しそうにその様子を見ていた。



「…………」


 お兄さんと目があった。

 メルちゃんを片腕で抱っこしたまま、私の方に大股で歩み寄ってきた。


 ピンと背筋を伸ばし胸を張り、右手には長く鋭い槍を持っている。

 風の民はあの槍を使い、獲物の心臓を一突で仕留めるらしい。


 太陽の光が刃に反射し、ギラリと光る。


 …………まさか。


 彼は私が誘拐犯だと思っているのかもしれない。

 メルちゃんは私達のことをお兄さんに説明していない。彼からしたらここにいる人間全員、大切な妹を攫った悪党だと認識しているのもあり得る。


 もしあの噂通りなら、その手に持った鋭そうな槍で心臓を一突にされてしまうのだろう。


 派手なフェイスペイントがしてあるせいで、怒っているのか分からない。というか逆光で顔すらはっきりと見えない。


 恐ろしくて尻餅をついたまま、ずりずりとゆっくり後ずさる。

 しかし大股で近づいてくる男にいとも簡単に距離を詰められ、見下ろされる。



「ひっ」


 青年が手に持った槍をゆっくりと持ち上げる。


 くるか、一突か。

 やるなら苦しくないように一瞬でお願いします。ぎっと目を閉じて心臓への衝撃に備えた。


「…………?」


 いつまでたっても心臓に槍は突き刺さらない。


「ほワァ!?」


 うっすら目を開けると、目の前には派手なフェイスペイントの青年が片膝を着いていたのだ。

 フェイスペイントのせいで分からなかったけど、近くで見ると綺麗なお顔をしている。さすがメルちゃんのお兄さん。

 というか近っ! 顔近っ!



「……妹を救ってくれたこと、感謝する。ありがとう」


 いつの間にか握られていた手に青年が顔を近づけた。

 手の甲にふにっと柔らかいものが触れる。



「……ッ!?」


 こ、これは。く、唇だぁあ! ウワァァァア!

 お、お落ち着け。一旦。頭がショートしそうだけど、何とか言葉を返さなければ。



「アッ、いえ、そんな。偶然一緒に捕まってたってだけです。妹さんに会えて本当に、良かったですね」


 そう言うと、メルちゃんのお兄さんは目を見開いた。

 メルちゃんと同じ綺麗な空色の瞳だ。

 というか、何をそんなに驚いてるの。



「……風の言語が話せるのか?」

「へっ? 風の、言語?」

「今、君が喋っている言葉なのだが」

「ちょっと何の事だか……」


 しばらくの間空色の瞳に見つめられた。

 やめて、そんなに食い入るように見られるのは慣れてないから。ヤバいから、なんか照れるから。無理無理。顔赤くなってない? 大丈夫?

 多分ギリギリのところで、パッと離された。あっぶない。



「礼をしたい。明日、里に招待しよう。よければ友人達も一緒に」


 青年は離れた場所にいる二人に頭を下げた。

 こちらの様子を伺っていた黄金色とエメラルド色は好奇心に輝いている。

 トラがライオンに耳打ちをした。さっき耳がピクピク動いていたので、ここの会話が聞こえていたのだろう。レオンは嬉しそうにその話を聞いている。



「俺も行く!」


「私たち三人とも行きます」

「そうか。メルルもきっと喜ぶ。これを吹いてくれれば迎えに行こう」


 手に小さな笛を握らされた。


 素材は動物の角だろうか、手にすっぽり収まるサイズの小さな笛だ。吹き口らしき箇所に口を当て息を吹き込んでみた。



 ──ピュィィィイイ……


 想像していたよりも大きな音が空に鳴り響いた。


 まるであのオオワシの鳴き声みたいだ。高音だけど耳が痛くならずむしろ心地良く感じる。

 笛を口に咥えたまま青年を見ると彼は合っていると言うように頷いた。そして笛に通されていた紐を私の首に掛けてくれた。


 青年に手を引かれて立ち上がり、すやすや眠るメルちゃんの頭を撫でた。

 安心しきった可愛い顔で寝ているこの子は無意識に私の手にすり寄ってきた。ヤバい。自分の頬がだるだるに緩むのを感じる。ブルドックになってしまう。ブルドックでは可愛いけど、ヒトには当てはまらないからね。


 両手で頬を挟んで持ち上げながらトラジロウの元へ戻ると、彼はレオンの腕から私の腕に飛び込んできた。頬を擦り付け合って久しぶりのトラジロウを堪能した。



「明日のこの刻、この場所で笛を吹いてくれ」

「わかりました」


 太陽の位置とおおよその角度、目印を覚えてから頷いた。

 それを確認したお兄さんは巨大な鳥にひょいと飛び乗った。


 ハクトウワシを大きくしたような鳥だ。頭にはお兄さんの冠の羽飾りとお揃いの羽が生えている。多分戦闘機くらいの大きさで、鋭い瞳に力があってとても雄々しい。


 荒野で巨大なワシに跨った凛々しい風の民の青年。

 風に吹かれて飾り羽の冠がひらひらと美しく揺れる。


 ワシと青年が視線を交わした。

 美しく巨大な鳥は艶のある羽を、一枚一枚見せつけるように翼を広げ胸を張る。

 そうして発せられた雄叫びは広い空に響き渡った。


 太い脚で力強く大地蹴りとばす。

 大きく高く跳躍すると翼を動かし、空の向こうに飛び去っていった。




 異世界ならではの光景にしばらく魅入っていた。

 私のお腹が鳴って、止まっていた時が動き出す。



「……す、すっげェー!」

「見てコレ! めっちゃ鳥肌たってる!」

「ユカリやったな! これで一つ目は安心だ!」

「うんうん! 里に! 招待されちゃったぁー!」

「やっべー見たかよ! あの! 大きな! 鳥! かっくぃー!」

「かっくぃー!」

「かっくぃー!」

「トラジロウ! レオン! ありがとー!」

「レオン! あ、ありがとう!」

「オメーら! マジ! 最っ高だっ!」

「アゥイェェエエ!」



 興奮してみんなで跳ねて回って抱き合って、笑いあって叫びまくった。

 うちの高校のサッカー部が追い付き同点からのアディショナルタイムで逆転ゴール! そして全国大会出場を決めた時並みの大興奮だった。



「ふぅ〜……」


 やばいめっちゃ疲れた。息が上がってる。冷静になることに努めながら、ふと周りを見渡すと気を失ったボードロとその仲間たちがあちこちに倒れていた。


「あ……」


 そういえば、巨大なワシが降り立ったところは、ボードロの真上だったような。ワシに押し潰されたのか。


 これで一安心……ふぅ……。



「やっと終わったな」

「あぁ。トラジロウお前やるじゃねぇか。それとキリヤ、さっきはサンキューな。衝撃和らげたの、お前だろ?」

「……うん」

「ユカリ……? まさか!」

「オイ、一体どーしたってんだ」



 トラジロウが腕から抜け出してカバンの中を漁ってくれた。


 だけど、目的の物は見つかる筈がない。


 だってホテルに置いてきたから。

 非常食。


「も、むり」

「っ、おい! キリヤ!」

「ごめ」



 立っていられず、倒れ込んだ。

 太い腕にキャッチされて顔面から地面にダイブは免れた。

 私が覚えているのはここまでだった。






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