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11 雷獣の咆哮




 目にも留まらぬ速さで飛び出したレオンにトラジロウも続く。

 盗賊団員達も各々の武器を構えて二人に突撃する。



「トラァァァア!」

「ハッ! おっせェな!」

「野郎ども、怯んでんじゃねェ! 行くぞ!」



 青い残光を残しながら敵に飛びかかっていったトラジロウ。

 速さと機動力、そして得意の電撃を活かし、獲物を次々に痺れさせるお得意の戦法だ。



 そしてレオン。

 大きな身体でひょいひょい軽やかに敵の攻撃を躱し、重い一撃を相手に叩き込んでいる。

 太くて長い脚から繰り出される上段回し蹴りが団員のこめかみに綺麗に決まった。

 うわ痛そう……。


 瞬発力がすごいというか、反復横跳びが得意そうな感じだ。

 筋肉って重そうなイメージがあったけどそんなもの一瞬で吹き飛んでしまった。

 筋肉すごい。いや、レオンがすごいのか。



 しかし団員たちも負けてはいない。

 二人の動きに付いていけずとも仲間と守り合いながら応戦していた。

 ボードロが来てから怖いくらいに目がギラギラしているし、ボードロ自身も団員たちを守りながら立ち回っている。



 数と連携のボードロ団と個の実力でゴリ押しする二人。

 二人の体力がなくならないうちに決着がついたらいいんだけど。

 特に、獲物を一撃で仕留める戦法のトラジロウは持久戦が不得意だ。



「おにぃちゃんとネコちゃん、すごいねぇ」

「ねぇー」



 私はというとメルちゃんと一緒に大きめな岩の陰に隠れている。

 二人を見守りながら応援しているんだ。

 丸腰の小娘と幼女が大乱闘に参戦したところで即スマッシュ、ぶっ飛んで終わりだ。

 万一人質になんて取られたらそれこそ最悪のシナリオである。

 杖があれば遠くから、ちまちま援護くらいはできそうなのに。

 たぶん加減を覚えたはず。杖があれば……杖。


 ん? そういえばゲマインは?


 リアルに人が吹っ飛んでいるなか、ゲマインの姿を探しても見つからない。

 あの高級そうな服装ならすぐ分かりそうなんだけど。


 あ、レオンがボードロに吹っ飛ばされた。

 でも飛んでった先、アジトの壁に着地してそのまま跳んで戻っていった。

 なんかすごい。


 ……で、ゲマインは。



「あぁっ、あのゲス男! あんな所にいるし!」

「げすおとこー!」

「えっ、あぁぁメルちゃん! そんな言葉は使っちゃいけませんのよ。わかりましたか?」

「はーい!」

「まぁ、流石ですわ。おほほほほ」

「きゃぁー、おほほほほ」



 メルちゃんの前では言葉の使い方を美しく綺麗にしなくては!


 ゲマインは太陽が燦々と照りつける荒野を必死に走って逃げていた。

 荒野に点在する岩陰に隠れ、時折私達に気付かれていないか確認するようにチラチラと後ろを振り返っている。

 たまに躓いて転んでるのがウケる。

 ふふふ、ゲマイン、私は気付いたぞ。


 あの二人が今すぐお前をぶっ潰す!


 と言いたいところだけど、戦闘員二人はボードロ達と戦っている。

 団員たちは何人かダウンしているが、それでも人数は相手の方が圧倒的に多い。

 ボードロが来てからボルテージも高いしむさ苦しい。


 つまり、ゲス男を追いかけられる余裕があるのは、私達二人だけということだ。



「……メルちゃん、ゲマインを追いかけてもいい?」

「つかまえる!」

「ありがとう!」



 メルちゃんをおんぶして、岩陰に隠れながら荒野を駆ける。

 まだアイツは私でも追いつける所にいる。

 待ってろゲマイン。


 しかし走っていると急に、乾燥した大地のあちこちが光り始めたのだ。



「な、なにコレ!」



 近くの発光場所に目を向けると、なんと拳大の石が光っていた。

 いや、違う。石に描かれた模様が光っているんだ。


 模様から、魔力を感じる。

 もしかしてこれ、ヤバいんじゃないの。


 そう思った瞬間キュィィンと音が鳴り始める。



「そりゃァァア!」

「きゃぁぁ!」



 迷わず脚を思いっきり振り抜いて、石を遠くに蹴り飛ばした。


 その直後、石が空中で爆発。


 それと連動するように周りの光も次々に爆発した。


 テレビで見た地雷とまるっきり同じ砂煙と破裂音。



「きゃははは!」

「…………」



 もし近距離で爆発したら大変なことになっていた。

 ゲマインもただ逃げるだけじゃなくて、罠を仕掛けていたらしい。

 そういうことも考えずに追った私がバカだったのだ。


 そんなことより、メルちゃんが背中にいるのに。

 笑っているけどこれ、まず絶対やっちゃいけないことだ。


 何やってんの。




 サーっと感情が冷えていく。


 その代わりに身体の中の何かが熱を持ち、激しく動き出すのを感じた。



「チッ、気付かれましたか!」



 爆発音にゲマインが立ち止まって振り返る。

 距離は五十メートル。



 チラリと後ろを確認する。

 あの二人がいる場所はまだ騒がしくこちらには気付いていない。



「…………」



 ゲマインは長い杖を構えた。


 どうやら私を始末してから逃げるらしい。

 ニヤニヤと薄汚く笑っている顔が此処からでもよく見える。


 紐を解き、メルちゃんに背から降りて岩陰に隠れるよう伝えた。

 誰も追ってきていないので少しの間なら離れていても平気だろう。

 すぐ終わらせる。



 最後に言葉を風に乗せ男へ送る。



「盗んだ物を返して」

「返すなんてとんでも無い! これは拾ったんですからね」

「そう……」



 もういい。

 元宮廷魔導師という者なら身を守れる。

 傷を負うことはあっても死ぬ事はないだろう。



 漂う魔力を取り込むよう、深く呼吸する。



 そしてゆっくり腕を伸ばす。

 腕を、指を、骨の一本一本を、その全てを杖に。

 その全ての照準をあの男へ。


 意識を集中させると、爪から、腕から、全身から青い雷が溢れ出した。

 獣のようにグルルと唸りはじめる。


 周囲からは風が吹き、髪や首元の布がふわりと揺れる。



「行けッ!」



 腕を大きく振り抜けば、青い雷撃が男に向け放たれた。



「はぁ……」



 それと入れ替わるように、ふわりと何かが帰ってきた。

 なんか全身が痛いんですけど何これ。



「ん、んん!?」



 なんと目の前で、大虎がゲマインに向かって走っているのだ!


 元の姿のトラジロウを彷彿とさせる逞しく巨大な青雷の虎だ。


 雷鳴のような雄叫びをあげて強靭な四肢で地を蹴り、瞬く間に距離を詰める。


 男を地面に叩き伏せようと前脚を振り上げ、太く鋭い牙を剥く。



「ヒッ、ヒィィィ!」



 速さに追いつけないゲマインが咄嗟に杖の先から炎の球を生み出した。


 雷虎がゲマインを地に叩きつける寸前、火球が雷虎にぶつかる。


 その瞬間、爆発が起こった。


 ゲマインの目の前で起こったそれは、激しい熱と風を生み出した。



「な、な、な!」



 迫り来る爆風を避けるため、メルちゃんのいる岩陰に飛び込んだ。

 小さな女の子を隠すように抱きしめる。


 その直後、激しい風が私たちを襲った。



「うっ、あッつ、アッチー!」

「おねぇちゃん……」

「ダイジョーブ! オネーチャンダイジョーブ!」



 爆風に混じって、吹き飛ばされた小石も飛んでくる。



「えい!」

「め、メルちゃん……!」



 なんとメルちゃんが立ち上がり、爆心に向けて腕を振る。

 途端に風の温度が下がり、飛んでくる小石が気にならなくなった。


 この子が魔法を使ってくれたのだ。

 飛んできた物を全て切り裂く風のバリアー。

 私達に降りかかるのはただの小さな砂粒になっているのだ。風の民すごい。



「メルちゃん、本当ありがとう……。怪我してない? 大丈夫?」

「えへへへ。メル、どこもいたくなぁーい!」

「よかった……」



 爆発が起こるなんて予想だにしていなかった。

 なぜだ。今度は気をつけないと。

 下手したら生きる為の旅の途中で死んでしまう。

 というか何が。


 爆風が収まったので岩陰からでると、トラジロウが飛んできた。



「二人とも無事か!」

「ネコちゃん、メルはぶじ!」

「私も無事!」

「よかった」



 彼が言うにはあの魔法を見てすぐ走ってきたらしい。

 さすがトラジロウ、脚がめちゃめちゃ速いのね。

 結構距離あったと思うんだけど。雷の精霊すごい。

 そして来てくれてありがとう。



「レオンは、レオンは一人で大丈夫なの?」

「今のところは問題無い」

「なら早く助けに行かないと」

「ゲマインは?」

「えっと、……あそこ!」



 アイツの姿を探すと簡単に発見できた。

 爆心から遠く離れたところ、ボロ雑巾みたいなのが立ち上がろうとしていた。


 あの爆発を目の前で受けて生きてるなんて元宮廷魔導師の肩書きは伊達じゃないのかもしれない。

 それともやっぱ異世界人は頑丈なのか。


 それより早くスマホと杖を返してもらわないと。

 というかさっきの爆発で壊れてたりして。

 平気かな、大丈夫かな。

 私のスマホ……うあぁぁ。



「二人は近くで待ってろ」



 頷くとトラジロウは弾丸スピードでゲマインの元に飛んでいった。


 トラジロウの邪魔になることがないように一定距離を開けて、危険がないか地面を警戒しながら後を追う。



「《火炎の球(ファイア・ボール)》!」



 トラジロウの追跡に気付いたゲマイン。

 ギラつかせた目で聞き取れない謎の呪文を唱えた。


 大小様々な大きさの炎球が幾つも現れ、クルクルとゲス男の周囲を回る。

 遠心力で勢いをつけ、トラジロウへ向けて放たれた。


 様々な方向から襲い来る炎をしなやかな動きで流れるように躱し、小さな雷の精霊はゲマインに迫る。



「トラァァァア!」

「な、何故だっ! 強化した私の魔法を……っ!」

「そんなもの! おれには関係ない!」

「ヒィ!」



 牙を剥いたトラジロウがゲマインに飛びかかった。

 牙から爪から角から、体の至る所からバチバチと青い電撃を放ち、雷の爪を振りかぶる。



「ならば……!」



 ゲマインはそんなトラジロウの気迫に押されたのか、魔法を使うことなく縮こまった。



「これでどうです!」



 いや違う、懐から私のスマホを取り出したのだ!



「なっ!……ぐぁっ!」

「トラジロウっ!」



 ゲマインは手に持つスマホを盾に、トラジロウの攻撃を受けようとしたのだ。



 彼は「これが目に入らぬか!」と水戸黄門の印籠のように突き出された私の大切な物に、ほんの一瞬、反応が遅れてしまった。


 その一瞬の隙を突いて、あのゲス野郎は杖で彼を思っ切りフルスイング、叩き飛ばしたのだ。


 小さくて軽い幼獣は私たちの近くまで簡単に飛ばされてしまった。



「トラジロウ大丈夫!?」


 地面に転がるトラジロウに駆け寄って小さな体を抱き上げ膝に乗せる。

 トラジロウ大丈夫? 折れてない? 立てる?

 あぁ待ってどうしよう!


 パニックになりかけた時、黄金色の瞳がキラリと不敵に光った。



「あぁ平気だ。ユカリ、ほら」

「これ……、トラジロウ……!」



 トラジロウが咥えていたのは、なんとスマホ。

 殴り飛ばされる寸前にゲマインの手から奪い取っていたのだ。

 トラジロウから受け取ってぐっと握りしめた。



「ありがとう!」

「もう落とすんじゃないぞ」

「うん! うん!」

「メルちゃんは任せた」



 優しく細められた黄金色の双眸が私を捉えた。

 すぐにその金に闘志を宿すと私の手からさっと抜け出して立ち上がり、トラジロウは再びゲマインに向かっていった。


 すぐさまスマホを鞄にしまい蓋をしっかり閉めた。

 するとメルちゃんが耳元に口を寄せた。



「よかったね、おねぇちゃん!」

「本当によかった!」



 再びゲマインに走り迫る。

 ゲマインは血走った目を見開いてトラジロウに杖を向けた。

 息を荒げ、理性を失ってしまっているようだった。

 ちょっと恐いので岩陰から応援することにした。



「これで存分にお前をぶっ飛ばせる。覚悟しろ!」

「…………どいつもこいつも私の邪魔ばっかしやがってェエ! 殺す、殺してやるッ! 《烈火の火柱(レイズフレイム)》!」



 地面から炎の火柱が噴き出した。


 その激しさは私たちが隠れている岩陰にも熱が伝わり、その火の粉が降りかかってくるほどだ。

 幸い火の粉は冷えていて火傷することはなさそうだったけど、しかし念のためマフラーを頭巾のようにして頭を保護する。



 トラジロウの行くルートの先を読んでいるかのように間欠泉のごとく勢いよく上がる炎。


 全身に雷を纏った精霊は身体を回転させながら次々と噴き上がる火柱を華麗なステップで避ける。


 少しずつだけど確実に、ゲマインとの距離を縮めている。



「クソネコめッ! これならどうだ! 《炎の壁(フレイムウォール)》っ!」

「……っ!」



 トラジロウとゲマインを隔てるように地面から突如噴出する炎の壁。


 その高さはゲマインの身長の二倍はある。

 ジャンプしたってあの高さは幼い精霊には飛び越えられそうにない。



 しかしトラジロウはそれを避けることもせず、そのまま炎に向かって突き進む。


 身体に纏った雷を尻尾に集め、剣を創り出す。



「トラジロウダメ、爆発しちゃう!」

「トラァァァア!」



 雷虎は高く跳躍した。


 身体を回転させ、その勢いで尻尾の雷剣で炎の壁を斬り裂く。


 彼の姿が向こう側に消え、すぐさま斬り裂かれた炎が爆発した。


 岩の陰に隠れて衝撃に備える。



「メルちゃん、今度は私がやる!」



 腕を前に突き出したメルちゃんを止め、指先から魔力を出しながら腕を振る。


 隠れている岩の正面からの爆風を上に逸らす。

 小石や砂粒を空高く飛ばすような風の流れを作り出したのだ。


 全てを切り裂くメルちゃんのバリアーの様に全体を守れるものではない。

 でも、二人ならこれくらいで十分だろう。

 メルちゃんは先の魔法で呼吸が上がっている。

 風の民といえど、まだ幼いメルちゃんには辛い筈だ。



 トラジロウの状況を見るために逸らした風の下から爆心を覗いた。

 上空へと飛んでいく砂埃の中、うっすらとその様子を見ることができた。



「凄い……!」



 小さなトラジロウは爆風で吹き飛ばされていた。

 しかし、その風を利用してゲマインの元へ一気に距離を詰めたのだ。





 爆風に乗った雷虎が、額の角から空宙に雷を放つ。



 放たれた雷撃が貫いたのは、二度の爆発により空高く巻き上げられた砂が作り出した黒い雲。



 黒雲は電気を増幅させ、荒れ狂う雷雲となる。



「《雷獣の咆哮ヴリヒスモス・ブロント》ォォオ!」



 雷獣が、咆哮する。



 視界が黄金色に染まる中、

 恐怖に顔を歪めるゲマインに裁きの雷が落ちた。






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