その日、私は神を見た
「この山を、登ってはいけません」
私、マリナ・フォンティーヌの家は、毎年夏になると、とある山の麓に旅行に行く。
「なんで、登っちゃいけないの?」
「この山は、剣の神様が住まう地だから」
幼い頃、あたしは母からそう伝えられてきた。
剣により、あらゆる災いを断ち切り、害なす者を打ち倒す。
何百年も前から続く伝説だという。
年月が流れ、あたしは15歳になった。
あたしは今、その神様が住む山を登っている。
どうしても、神様に会わなければならない理由があったからだ。
何時間も山を登って、迷って、ようやく、開けた場所に到着した。
その場所は山の中だというのに、桜の花があたり一面に咲いていた。
そして、その真ん中に佇む、一軒の小屋。
幻想的とも呼べる景色に呆けていると、すこし奥の方で音が聞こえた。
ヒュン
ヒュン
トーン
剣を振るう音、跳ねる音。
音の方へ近づいてみると、和服を着た、1人の男が立っていた。
手には、銀色に輝く刀。
男がやっていたのは、剣舞だった。
流麗に剣を振るい、流れる足運びで空気すら味方にしていた。
トン!
タン!
ヒュ!
まっすぐに突き出された剣先が、一瞬、朝日に照らされて白銀の閃光を放った。
額に浮かんだ汗が煌めき、その姿は、まるで朝露をまとった花のようだった。
美しかった。
圧倒されるとか、感動するとか、そういう感情よりも先に……
ただ、純粋に──「美しい」と思った。
あたしの目の前にいたのは、まごう事なき、「神」だった。
「……」
いつの間にか、剣舞は終わっていた。
あたしはその場から動けなかった。
「……誰?」
「……!」
声をかけられ、あたしはハッと我に帰った。
神様はじっと私を見つめていた。
「あ、あたしは、マリナ・フォンティーヌと申します!」
神様が、あたしに話しかけてくださった。
その喜びに、感極まりそうになりながらも、言葉を紡ぐ。
「貴方様が、この山に住まう神様と存じています! あたしのような人間が、いきなり訪問する無礼をお許しください!」
あたしは剣を傍に置き、跪いた。
「どうかあたしに、剣の加護を授けてください!」
あたしは、強くならなければならない。
夢を、叶えるために。
騎士のような青色の服、白のスカートを履いた少女は、長く美しい栗色の髪を輝かせ、俺に対して跪き、こう言った。
「どうかあたしに、剣の加護を授けてください!!」
「……」
いきなりなーに言ってんだこの子……
頭大丈夫だろうか……
神って何? 俺のこと?
いや、確かに、ひょんな事から不老になったけど、何でいつの間に神になってんの?
俺、日本にいた普通の成人男性なんですけど
「この山に、悪を祓う剣の神様がいることは何百年も昔から伝説としてあります。まさか、本当にお目にかかれるとは……! 恐悦至極です!」
マリナはそう言って燃えるようなルビー色の瞳を輝かせる。
俺、山の外だと剣の神様になってんの?
確かに、ここ数百年、やることなさすぎて剣の腕を磨いたり、魔物や盗賊団を退治したりしてたけど。
そんな神様って言われることなんてした覚えはないよ?
「先ほどの剣の舞……神々しいとはあのこと言うんですね! あの光景、一生忘れません!」
剣の舞って、さっきの剣を適当にヒュンヒュン振り回してたやつのことかな?
「○滅の刃の主人公とか、キン○ダムのヒロインがやってたなー」って思って、見様見真似でやってただけだよ。
ぜーんぶ勘違いです。
なんか加護がどうのこうのとか言ってきたし。
何を期待しているか知らんけど、俺にそんな大それた力はありません。
「いやー本当によかったです、神様に会えて……」
キラキラした目で見られて、心苦しいが……しょうがない。
正直に言うしかないな。
「あのさ、俺って別に神じゃ……」
「神様に会えなかったらあたし、死のうと思ってたんです」
「へ?」
「でも、やっぱり天はあたしを見捨ててなかった! ここで神様に出会うことができたんですから!」
ホントに何言ってんだコイツいきなり……
死ぬって?
は?
なんで?
「どうしたんですか? そんな顔を……あ」
そこで、マリナの目のハイライトが消えた。
「もしかして、神様じゃないとか……」
「神でーす」
「そうですよね!」
言えねえよ。
死ぬなんて言われたら、神じゃないなんて言えねえって。
いや、待てよ……?
俺って実は神なんじゃないか?
そうだよ、不老だし、この子からしたら神みたいなもんだもん。
別に嘘ついてない。よかったー。
「そ、それじゃあ! さ、さっそく剣の加護を……!」
「……」
だから、剣の加護ってなんだよ。
知らねーよそんなもん。
あげられるものなんてないわ。神じゃないんだから。
でも、ここで「そんなのありませーん」なんて言ったら、またこの子死ぬとか言いそうだし……
「……? 神様?」
「こ、コホン」
俺はしばし考え、わざとらしく咳をする。
「愚か者が。人間若きに、我が剣の極意を、そう簡単に教えられると思ったか」
「……!」
うはっ、死にたくなってきた。俺が。
俺なんで神のロールプレイやってんの。
しかし、俺の言葉にビビったのか、マリナの顔が少しあおざめていく。
「貴様は我の加護を受け取るような器ではない」
「で、ではどうすれば……」
「加護を受け取りたくば、もっと剣の腕を磨き、精進するのだ」
「……!」
よし、この調子で帰らせよう。
そして鍛え抜かれ、この子がここに戻ってきた時、俺が言うセリフは「もう、剣の加護なんて必要ないくらい、お前は強くなった。おめでとう」だ。
我ながら完璧な作戦。
「か、加護を受け取るには、もっと強くなければならない……の、ですね?」
マリナは顔を伏せて、唇を引き結んだ。
「そうだ。鍛え直してから、また我の元を訪ね……」
「じゃあ! 神様の元で、しっかり修行を積んだ後に授けてくださるということですね!」
「そうそう……え?」
俺の元?
「ありがとうございます! 神様の元で修行だなんて……夢みたいです!」
「い、いや、俺、じゃなくて、我の元なんて言って……」
「じゃあ、失礼しますね!」
マリナは荷物を持って俺の住んでいる小屋へ足を踏み入れる。
「え、いや、ちょ、ホントに入らないでくんない? 掃除とか全然してないし、あの、恥ずかしいんですけど?」
「そうですかー? 別に綺麗じゃ……ん?」
スンスン
マリナが部屋の匂いを嗅いだ。
あ、ちょっと待って
「な、なんか……へん……というか、イカみたいな匂いが……」
「出て行けえ!!」
「ええ!?」
俺は大声で怒鳴り、マリナの襟首を掴んで小屋の外へ放り投げた。
「な、なんでですか!? どうしていきなり帰れだなんて……!」
「さっきからそう言ってんだよ! 不法侵入で訴えんぞ!」
俺にこう言われても、マリナは俺の足にしがみつく。
「い、嫌です! 帰りたくないです! お願いします! 弟子にしてください! なんでもします!」
「女の子がなんでもしますとか言うな!! 親が心配するだろ!」
「親はもういません! 去年死にました!」
「……すまん」
やっちまった。
勢いとは言え、いらん事を言わせてしまった。
「い、いえ、いいんです……あたし、行くあてもなくて……だから……」
マリナは瞳を潤ませてこちらを見てくる。
やめろー。
捨てられた子犬みたいな目で見るな。
不老になってから、あんまり人とは関わらないように生活してきたのに……
でも、行く当てもないガキンチョを拒絶しても後味が悪くなるー。
俺はまたまた考える。そして
「……わかったよ」
「……え!? いいんですか!?」
了承されると思っていなかったのか、マリナはパチパチ目を瞬かせた。
「ただし! 家事炊事とか俺の身の回りの世話を全部やってもらうからな!」
「やりますやります! なんでもあたしに任せてください! ぃやったぁ!!!!」
マリナは飛び跳ねた。
目尻が少し潤んで、それでも喜びを隠さなかった。
その顔を見て、俺はため息をついた。
こうして俺は、よく知りもしない女の子の剣の修行を見ることになった。




