第3話:クオン、問題児と対面する
長い廊下を歩く傍らで、クオンはふとレイナに尋ねた。
「そのとある生徒っていうのは、どんな奴らなんだ?」
「みんないい子なんです。ただ、その……色々と問題を抱えていまして」
「問題……?」
「……その目で確認していただいたほうが、わかると思いますわ」
百聞は一見に如かず。
レイナがそう言うのであれば、それに従う他なし。
問題……果たしてそれは、如何様なものなのだろう。
足音を鳴らしながら、クオンはそんなことをふと思う。
――参ったな……精神治療なら専門外だぞ。
――とりあえず、話ぐらいしか聞いてやれそうにないが……。
まったくうまくいく未来が想像できずにいると、レイナの足が不意にぴたりと止ま
る。
白い扉が目の前に一つ。どうやら、目的の場所に着いたらしい。
「ここが、そうなのか?」
「はい。ここにいる三人の生徒をクオンさん……いえ、クオン先生にお願いしたく」
「先生呼びは良してくれ、性に合わん……にしても」
扉越しから絶えず賑やかな声が聞こえてくる。
――こんだけ元気があって、それなのになにか問題も抱えてるのか?
いぶかし気ながらも、クオンはゆっくりと扉を開けた。
「邪魔するぞ」
「え? えっと……どちら様でしょうか?」
金色のサイドテールに翡翠色の瞳をした少女。
おずおずとした言動は、明らかにクオンに対し警戒している。
「こんにちは、セツナさん。少し時間をいただきますわね」
「あ、理事長。その人は誰ですか?」
「……なんだ、こいつは。妖怪か、新手の禍鬼の類か?」
「いきなり入ってきてめっちゃ失礼なんですけどこの人!?」
きらきらとした紅玉のような長い髪、そして猫耳と尻尾が非常に目立つ。
「アカネさん。この方は――」
「貴殿が理事長殿が仰られていたまれびとだね。なるほどなるほど、実に興味深い」
紫色と極めて稀有な髪からわずかに覗く瞳は、さながら天空。
――こいつ、なんだ?
――明らかに、二人にはない気を持ってやがる……。
一人だけ異質な少女に、クオンは思わず眼光を鋭くさせた。
件の少女は、終始涼しい顔でクオンにふっと余裕の笑みまで返す。
「アスカさんの言ったとおり、今日からあなたたちの担当になった、クオン・フツミ先生です」
「……クオンだ。色々とあるだろうが、よろしく頼む」
「わ、私は朝霧セツナと申します。その、よろしくお願いします」
「アタシは猫房アカネ! よっろしくね~」
「我が名は天鳳院アスカ! 生と死を司りし悠久の旅人さ!」
「…………」
三人の少女を前に、クオンは怪訝な顔を示す。
――こいつらが、俺の担当ねぇ。
――というか、こいつ。アスカ? なに言ってるかさっぱりわからん。
至って普通、とは言わないがみな個性的で大変かわいらしい。
しかしどこか、独特で危なげな雰囲気もひしひしとかもし出す。
一筋縄ではいかないかもしれない。
クオンは直感的に感じた。
「ねぇ、クオン先生? クオン先生って強いの?」
何気ない質問。当事者の瞳が、きらきらと強く輝き出す。
純粋無垢なこの質問に、クオンはしばしううんと唸った。
「どうだろうなぁ。俺よりも強い奴なんかいっぱいいるぞ」
強い武士ならば、あちこちにごまんといる。
そうした手合いと、幾度となく太刀合ってきたクオン。
死にそうな思いなら、何度したかわからない。
だが、生きている。それが強さの証なのかもしれない。
「ふぅん。そんな風に見えないんだけどなぁ」
「安心しろ、少なくともお前らなんかよりもずっと強いぞ俺は――しごいてやるから、覚悟はしておけ」
懐疑的な視線に対し、クオンはふっと不敵な笑みを返した。
「し、しごく!? アタシたちのなにでしごくつもりなの!?」
「ちょっとアカネちゃん!? それ絶対に違う意味だよね!?」
「はぁーっはっはっは! 新たな仲間によって更に賑やかな協奏曲となりそうじゃあないか!」
「……なぁ、今さらだが。本当に俺がこいつらを見なきゃいけないのか?」
わいわいと騒がしい光景を前に、クオンはひくっと頬を釣りあげた。
「はい――とっても素直でいい子たちでしょう?」
「いや、素直っていうか……なんていうか」
未だかつてない不安が、鉛のようにずしりと重くクオンに伸し掛かった。
その日の夜、クオンは宿舎の外へと出た。
うっそうと生い茂る木々の間を、するりと心地良い夜風が抜けていく。
「ここなら、修練をするのにはもってこいの場所だな」
開けた場所に出た時、クオンは眉をしかめた。
「あれは……」
どうやら、先客がいたらしい。
ほのかな白い月明かりの下に佇む少女。――名は、確かセツナと言ったか。
「はぁ……はぁ……ふぅ……」
「こんな夜遅くにまで修練とは、感心だな」
静寂を裂く炸裂音。
銀色の鉄砲からゆらゆらと昇る硝煙は、どこか物寂しい。
その鬼気迫る形相からは、滝のような汗がぼたぼたと滴り落ちる。
それこそが、セツナが如何に修練に勤しんでいたか強く主張した。
「おいセツナ」
「え? あ、ク、クオン先生……」
「お前……なんだ、その面は。いったいいつからこんなことをやっている」
昼間にはなかった幽鬼のような顔に、クオンはぎろりと睨んだ。
――こいつ、まさかずっと休まずにこんなことしてるのか?
ふらふらとして、今にも倒れそうなセツナにクオンは口火を切った。
「今すぐに休めセツナ」
「わ、私は大丈夫ですから」
「そんなにフラフラしているくせにして、なにが大丈夫だ」
頑なに拒否するセツナに、クオンはついにしびれを切らした。
「だったら、本当に大丈夫か俺に示してみろ」
クオンは近くにあった手頃な棒切れをひょいと拾う。
これは訓練だから、これぐらいの得物で十分事足りよう。
「え……?」
「今から俺は全力でお前に切りかかる。その間、お前は一発でも俺に当てられれば勝ちだ」
「ちょ、ちょっと待っ――」
距離にして、およそ十メートル。
未だ困惑の渦中にいるセツナを他所に、クオンはどんと地を蹴った。
「ッ!」
眩い閃光が、闇夜を照らす。
覚悟を決めて撃った一発。だが、弾頭はことごとくクオンをすり抜けていく。
「もらったぁ!」
間合いに入ったクオンが、棒切れを大きく振り上げた時――。
「ひ、ひぃぃっ!」
「……え?」
クオンに、最初から当てるつもりはさらさらなかった。
せいぜいが、こつんと小突く程度で手加減も考慮していた。
それらが実行される前に、セツナが悲鳴と共に力なく、ぺたんと地に落ちる。
「お、おいどうしたセツナ? 大丈夫……か?」
明らかに普通ではない状態に、クオンは大いに困惑した。
同時に、ある仮説がクオンの脳裏にてふとよぎる。
――まさか、問題ってのはこのことなのか?
確証を得るよりも先に、セツナがゆっくりと立ち上がる。
恐怖にすっかり歪んだ表情。目線は揺らぎ、呼吸を荒々しい。
「きょ、今日はもう休みます。あ、あの……ほ、本当にごめんなさい……」
「あ、おいセツナ……!」
制止するよりも先に、セツナはそそくさと逃げるように去っていってしまった。
「……もう少し、情報を集めないといけないか」
残されたクオンは、ぽっかりと浮かぶ月を見やる。
頬を撫でる風は、どこか物寂し気だった。




