第1話:クオン、異世界に立つ
クオン・フツミ……風の用心棒の異名を持つ彼は、一つの悩みに苛まれていた。
「こいつは、まずいな……」
右手にあるのは愛刀――名を、鬼喰といった。
しかし中ほどから先がない。
ついさっき、鬼退治をした際にぽきりと折れてしまった。
長年愛用した刀がこうなってしまっては、もはや失業したにも近しい。
「……仕方ない。あの人とところにいってさっさと直してもらうか」
国一番の鍛冶師、テッサイ。
この者の手にかかれば、どんなナマクラもたちまち名刀へと生まれ変わる。
意気揚々と、テッサイの元を訪れたクオン。
だが折れた愛刀を見るや否や、テッサイは眉を強くしかめた。
「これは、打ち直せませんな」
「なんだって……?」
「地鉄がやられておりまする。このまま打ち直したところで、かつてのようにはいき
ますまい」
「じゃあ、同等の地鉄があればどうだ? それならなんとかなるんじゃないの
か!?」
「可能性は、確かになくもありませぬが……」
「なら、それを探せばいいってことだな!」
クオンは早速、同等の地鉄を探すべく方々へ赴いた。
「……なんでこうも見つからねぇんだよ」
うっそうとした森の中、クオンは頭をがしがしと掻いた。
同等の地鉄が、面白いぐらいに見つからない。
逆に野盗や山賊、その手の類のものばかりと出くわす。
そこでふと、鬼喰が特別なものであることを思い出す。
――そういや、こいつは天鋼からできてるって言ってたっけな……。
遥か天空より飛来した鋼。
魔除けの力があると信じられ、その価値は極めて高い。
それほどのものが、早々に手に入るはずもなし。
「こいつはどうしたものかな……」
修復不可能――最悪の結末に、クオンは顔を青くした。
――こいつは、こいつだけは失うわけにはいかないんだよ!
そんな時、ある噂がクオンの耳に入る。
「――、なに? どんな願いでも叶えてもらえる寺があるだと?」
鍬名の国の山奥深くに小さな寺では、あらゆる願いが叶うという。
にわかに信じ難いが、今はこれに賭けてみる他ない。
藁にも縋る気持ちで、クオンはすぐに件の寺を目指した。
「――、ここがそうなのか?」
目の前に広がる廃寺に、クオンは思わず眉をしかめた。
――寺だっていうから、もっと立派だとは思っていたんだが……。
これでは、幽霊が出てきてもなんら違和感がない。
それでも意を決して、クオンは中へと入った。
「おや、ここに訪れる者がいるとは珍しい」
「アンタがこの寺の住職か?」
クオンは住職と思わしき初老の男に尋ねた。
温厚な顔立ちは、一見すると心優しそうに見える。
だが、得体の知れないなにかがクオンに警鐘を鳴らしていた。
――こいつ、驚くほど気配が薄いな……。
警戒するクオンに、住職は愉快そうにからからと笑った。
「これはこれは、ようこそ転界寺へ。貴殿はどのような悩みをお持ちかな?」
「……あんたがここの住職か?」
「いかにも。名を、ムゲンと申します」
ムゲンと名乗る住職曰く、試練を超えた者にのみあらゆる願いが叶うという。
クオンは早速、その試練を受けるべく奥の洞窟へと案内された。
「ここがそうなのか?」
「えぇ、あの鳥居を潜りしばし進まれれば試練が始まります」
「……住職、ここまで口にした言葉に嘘偽りはないと誓えるか?」
愛刀が元に戻るかもしれない。
その可能性だけを信じて、遠路はるばるここまできた。
嘘だった、では到底済まされない。
じろりとすごむクオン。しかしムゲン和尚の表情は一切崩れない。
「もちろんにございます、お侍様。このムゲン、嘘は決して吐きませぬゆえ……」
穏やかな笑みのまま、紡ぐ言葉をゆったりとしてひどく優しい。
そこには確かに、揺らぎない力強さがある。
――信用するに値していいのやら……だが。
他に手がないのが現状。ならば、ここはひとまず信用してよいだろう。
クオンはそう判断した。
「ふぅん……まぁ、こんなことで愛刀が直るならなんだってやってやるよ」
すっかり色あせたボロボロの鳥居を潜り、クオンは奥へと進む。
とにもかくにも、暗く狭い。
道は確かに一本道だが、一寸先をも包む闇と静寂は不気味そのものだ。
自らの鼓動の音さえもわからない。
「……実はここがあの世への入り口とかじゃあねぇだろうな」
一抹の不安を拭うように、やがてクオンの視線に眩い光が差した。
――しめた! ようやく出口だ!
光を抜けて、すぐにクオンは大きく目をぎょっと丸くした。
「な、なんだこりゃあ……」
空飛ぶ鉄の箱、滑らかで天までそびえ立つような建物など。
視界に映るすべれが、クオンの常識を遥か凌駕する。
呆気に取られ、思考がうまくまとまらない。
「お、俺はいったい何を見てるんだ? これは、夢か……?」
その時、けたたましい轟音がずどんと鼓膜に響いた。
程なくして、断末魔にも似た悲鳴があちこちから上がる。
ごうごうと昇る火の手に、クオンは直感する。――これは、戦の匂いだ。
「ん? あ、あれは……なんだ? 女の子が、翼で飛んでる!?」
年端もいかぬ少女たちは、等しく鋼鉄の翼を纏っていた。
空を優雅に駆る姿は、華のように可憐でありながら武士の如く勇ましい。
そして、彼女たちの矛先が伸びるのは異形の怪物たち。
「あれは……禍鬼か! いやでも、なんか微妙に違うっていう
か……」
強い怨念によって生まれる怪物。
古来より、人々はあれを禍鬼と呼び恐れた。
「あんな獣みたいな奴、今までで見たことないぞ……」
これまでと造形が明らかに異なる。
不可解な出来事にクオンははて、とこの時は小首をひねる他なかった。
しかしすぐに、クオンの意識は敵……ではなく、少女たちへと着手する。
「て、手強い……!」
「諦めないで! 増援がくるまで私たちがなんとか持ちこたえないと……!」
「うぅ……い、痛いよぉ」
目の前の光景に、クオンは奥歯をぎりっと噛みしめた。
年端もいかぬ、それも女児が鬼どもと闘っている。
――他の男どもはどこへいった?
――どうしてここには、子どもしかいない!?
クオンは素早く笹鳴一文字を抜くと、近くの禍鬼を斬った。
稲妻のような一閃――さらさらと流れる笹の音色は、殺伐とした空気には心底そぐ
わない。
鮮血がわっと噴き出て、どかりと倒れた禍鬼。
やがて、煙のようにすっと消滅した。最初からそこにはなにもなかったかのよう
に。
「ここがどこかわからないが……鬼退治だっていうなら、やることには変わりねぇわ
な」
不敵な笑みと共に、クオンは戦場へと赴く。
「そ、そこの大人の人! 危ないから下がって……!」
「その台詞、そっくりそのまま返してやる」
目の前の敵をひらすらに斬る。
そうして静寂が訪れた頃、クオンの全身は朱に染まっていた。
鉄のような独特にして強烈な異臭が、つんと鼻腔を突く。
もっとも、今となってはなんの感慨もない。もうすっかり慣れてしまった。
「まぁざっとこんなもんか――おい、お前らは大丈夫か?」
「あ、あなたはいったい……」
「俺か? 俺は……まぁ、通りすがりの用心棒ってところだな。それよりもお前らは、なんだ?」
「え、えっと……」
見事な装備を纏えど、中身が子どもにはなんら変わりない。
クオンが質問をした時、別の少女が割って入った。
額から血が出ているが、興奮した面持ちでまるで意に介していない。
「ど、どうしてレギオンを倒せるんですか!?」
「そ、そうそう! 天使でもないのに、それに武器だって……!」
「レギオン? それは、あの禍鬼どものことか?」
「ま、まがおに……?」
怪訝な眼差しに対し、クオンもまたいぶかし気な顔を返す。
――どうやらこれは、思ってるよりずっと複雑っぽいぞ。
試練なのだから、そう簡単にいくはずもなく。
ひとまず、今双方にとって必要なのは情報なのは明白だ。
そのためにも、大人との会話がなによりも望ましい。
「お前たちの大将は誰だ?」
「た、大将? り、理事長のことでしたら学園にいますけど……」
「なら、その学園に案内してもらってもいいか? 色々と聞きたいことがある」
困惑する娘らを説得して、クオンは理事長のいる学園……聖オルトリンデ女学園へと向かうことにした。




