満月が照らす夜①
月明かりに照らされた部屋で一人、休むことなく仕事をしていたこの屋敷の主ザックはようやく筆を止めた。
ずっと寄せられていた眉間の皺をもみほぐすといくらかは体の疲れが取れるようだった。そのまま凝り固まった肩を回すと、バキゴキと音が鳴った。
あぁ、剣を振るいたい。ストレス発散もできないこの役職と仕事には少しばかり嫌気がさしてきた。
騎士団長を辞めればこれまでよりいくらか仕事量も減り精神的にも安定するとザックは思っていた。
しかし実際に待っていたのは騎士団の相談係として王族や貴族たちとの会議の日々。
やれあの地方の治安が悪いからどうにかしてくれ、貴族間の争いごとを解決してくれと頭を悩ませるようなことばかり持ってこられる。
これまで何かあれば剣を振って気持ちを紛らわせることができたが多忙のためそういう機会もほとんどなかった。
こういう面倒ごとは俺の性にはあわねーな、と自室で仕事をしていたザックは思った。
先ほどまではヒーストが仕事の手伝いをしていたが流石に夜も更けてきたので部屋に帰した。
「こういうのはヒーストのほうが得意だしな。もう考えるのも疲れたし終わりにするか」
くわっと大きなあくびを一つする。
ふと窓の外を見ると満月が出ていた。あぁ今日は満月なのか。そんな事にも気づかず仕事をしていた自分がバカバカしく思う。
戦のない時はこういう日は後輩騎士たちを連れて月見をよくした。月明かりの下、皆で囲む酒はとても美味しかった。
やれあそこの料理が上手いだの、今度の休みにデートするだの、嫁ののろけ話を聞かされたり。それは死と隣り合わせだったザックにとってかけがえのない大切な日々だった。
「久々にうまい酒でも飲むか」
連日の宴会で出される酒はザックの口には合わなかった。味自体は美味しいが、宴会での話の内容は人の悪口ばかり。
酒のアテがまずいって最悪だよなと冷たい目でザックは見ていた。
誰もかれも足の引っ張り合いで相手のあら捜し。それの何が面白いんだか。
「月明かりがあるしランプは無くてもいいか」
ザックは上着をつかみ袖を通しながら部屋を出た。