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満月が照らす夜②


「やはり綺麗だな」


 月明かりに照らされた廊下は何とも言えぬ美しさがあった。

 その光景を楽しみながら調理場へと足を進めていく。

 すると調理場のほうからカタンカタンと音がする。

 こんな時間に誰が?どこからか忍び込んできたのか?ザックは口を固く結びゆっくりと調理場の扉に体を近づける。


 そしてゆっくりと中を覗く。そこにいたのは。


「・・・メアリー?」


 名前を呼ばれた影がゆっくりと振り返る。

 いつもは一つ結びしている髪をおろしてはいるがそこにいたのはこの屋敷で働き始めて三ヶ月になろうとする侍女のメアリーだった。


「ザック様・・・?」


 こんな時間に何を、と彼女の顔に書かれていた。


「どうされましたか?あ、飲み物ですか?何か必要であればご用意しますが」

「月見でもしようかとおもっただけだ」

「あ、ではお酒をご用意します」


 戸棚に手を伸ばそうとしたメアリーを思わず止める。


「いやとりあえず酒はいい。それよりもこんな時間に何をしている」


 日付は遠に超えている。就業時間も過ぎているのにこんな夜更けにいったい何をとザックは少し身構える。

 そんなザックを横目にメアリーは桶を指さした。


「離れにいつも飲み水を用意しているのですが今日はそれに水を入れておくのを忘れていて。朝、誰かが使うようだったらいけないので補充をしていました。本当は井戸から水を汲もうと思ったのですが流石にこの時間なので調理場の水を分けてもらおうと思って。お騒がせして申し訳ありません」

「いやそういうことなら構わない」

「ちょうど水の補充が終わったのでこれから離れに戻りますがザック様何か必要なものはございますか?」

「今は侍女の時間ではないだろう」


 そう返すとメアリーは困惑の顔を浮かべる。


「確かにそうかもしれませんが、私はこの家に仕える侍女ですので何かあれば対応するのは当たり前です」

「そうか・・・では水を一杯貰えるか」

「水でよろしいのですか?」

「あぁ」


 メアリーはコップを一つ戸棚から取り出すとその中に水を注いだ。

 そしてそれをザックに手渡す。

 コップを受け取る時わずかに当たったメアリーの手は驚くほどに冷たかった。


「ありがとう」

「いえ」


 ザックは礼を言うとその水を一気に飲み干した。もちろん主であるザックがその場で水を飲んでいるためメアリーはその場から立ち去ることは無い。


「もう一杯飲まれますか?」

「あぁ・・・では頼む」


 差し出されたコップを受け取るとメアリーは零れないように水を注いだ。

 どうぞ、と再び差し出されたコップを受け取るとザックはおもむろにメアリーに声をかけた。


「君は俺が怖くないのか」


 唐突な質問にメアリーはその真意をはかるかのようにザックの顔をじっと見た。


「俺はこんな見た目だろう。・・・まぁただの雑談だからあまり気にしないでくれ」


 怖いかと聞かれたらメアリーは目の前にいる男の事は全く怖くなかった。

 圧倒的な威圧感はあるが理由もなく怒鳴りつけたり人に手を上げるような人には見えない。モリスの砕けた態度にも特に気にしていないような人だ。

 確かに熊のように大きいと言われているその体は横幅も縦幅も大きかった。しっかりと筋肉のついた体からはとてつもない生命力を感じる。

 けれどその顔は少しやつれているようだった。アレクの家で会った時のような覇気が感じられなかった。瞳は相変わらず獰猛だが、突き刺すような恐ろしさはない。

 きっと仕事で疲れているのだろう。メアリーがここに来てからザックはほとんど夕食を屋敷ではとっていなかった。仕事や会食で帰りが遅くなっているからだ。



「ザック様はすっごい忙しい人なんだよ。今の仕事は騎士団長の時ほどの重圧感はないってザック様は言ってたけどあんまり変わってないと思うよ」

「ザック様は根を詰めやすいタイプなので僕は少し心配しています。もう少しゆっくり休んでくれるといいんですけど」


 以前ハリスとモリスが言っていた言葉がよみがえる。


 彼らの目から見てもザックは仕事のしすぎなのだ。けれど使用人であるメアリーたちがそのことをとがめる立場にないことは分かっている。

 ザックと言う人間をすべて知っているわけではない。けれどこの三か月間メアリーがザックと接してきて彼に対して恐怖を感じたことは一度もなかった。


「ザック様は怖いと思ったことは一度もありません」


 だからこの言葉は伝えないといけないと思った。

 返事があると思わなかったのか驚いたように眉を上げた。


「そうか。なら良い」


 メアリーのその言葉をザックがどのように解釈したかは分からない。けれどザックの表情からメアリーを訝しむ様子はなかった。

 手にしていたコップの中の水を飲み干すとザックは自分でそれを洗おうとしたがメアリーに静かに奪い取られてしまった。


「メアリー」


 少し咎めるような口調になってもメアリーは気にしたそぶりはない。

 手早くコップを洗い清潔な布巾で水滴をぬぐった後、元あった場所へと戻した。


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