第二章 ⅣーⅣ
地下には、バスケットコート程はある空間が広がっていた。四方の壁には、武器を飾ったラックや木製の各種訓練用模造武器の入った箱、私物を置く為だろうロッカー等が配置されている。正面の壁には二つの扉があり、それぞれ『男』、『女』と書かれている。汗を流す為の施設なのだろう。そこで彼を待っていた試験官は、年齢的には彼より二十以上は上だろう、禿頭の男性だった。体格的にはフェスと大差ないが、額や頬に刃物とはまた異なる傷痕がある。職員は、この場で待つようフェスに言い置くと。
「デュカッチさん!」
小走りに、職員は男性の元へと行った。二人で何事か、低く話している。チラリ、男性がフェスへと視線を向け。一度頷くと、職員は戻って来た。
「実技試験を開始します。試験官の指示に従い受けて下さい」
「判りました」
一つ頷き、フェスは男性へと歩いて行った。
男性は、目の前のフェスを上から下まで一瞥すると、爽やかな笑顔を浮かべた。
「やぁ、私が君の実技試験を担当するアントニー・デュカッチだ。今はギルド職員だが、元は万能職だった」
言いつつ右手を差し出してくる。「宜しくお願いします」と、フェスはその右手を握った。彼としては手加減しつつも、かなり力強い握手が十秒ほど続いた後、離した右手をアントニーは小さく振った。
「なるほど。見た目通りかなり鍛えられている様だな。万能職は、依頼があれば様々な事をする。薬草等の資源採取、盗賊等犯罪者の捕縛や討伐、要人等の警護、等々だ。しかし。何より魔獣討伐の依頼に重きを置いている。これには様々な形態がある。人類種に近いもの、四つ足のもの、大きさもまちまちだ。魔獣氾濫に遭遇したり、そこまでいかなくてもダンジョンに潜れば、嫌でもそれを実感する事になる。それを、格闘術だけで対処しきれるかな?」
「剣等は扱えます。ただ格闘術が一番得意、というだけです」
「なるほど。では武器を選んでくれ。どこまで扱えるか見たい」
言って模造武器の入った箱へと歩み寄って行く。長剣を手にした。フェスも倣い、昨夜も振るった片手剣に決める。二人は元の位置へ戻った。アントニーに合わせ、フェスも構える。中段の構えだ。右手で剣を、左手は相変わらず右腕に沿える様に。
「さぁ、掛かって来てくれ」
「いえ。私の流派はあくまで護身の為のものなので、すいませんが掛かって来てはくれませんか?」
その発言に、アントニーは怪訝げな表情をした。魔獣の討伐が主な依頼だというのに、受け身な態度で大丈夫なのか?しかし、相手が人類種となれば襲って来るのが魔獣なのだ別段問題はないか、と思い直した。
「判った。では、行くぞ?」
言い終わらぬうちに、アントニーは一気に数メートルを詰めて来た。長剣を振りかぶり、振り下ろす。その切っ先を巻きこむ様にフェスは片手剣で軌跡を左へと大きく反らし、のみならず前のめり気味になった相手の、剣を持った手首を左手で押さえつつその胸目掛け、右手一本で柄頭を撃ち込んだ。苦痛の呻きを漏らし、瞬間動きの止まったアントニーの首へ、片手剣を押し当てる。
「そこまで!」
職員の一声で、両者の動きは止まった。元の位置まで戻る。
「ふぅ。いや、剣が扱えるのは了解した」
胸を摩りつつアントニー。
「まだ必要ですか?」
「そうだな、もう少し、付き合って貰おうか!」
言い終えないうちから再び間合いを詰めてくるアントニー。何やら趣旨が変わってきている様だった。高速の突きを、フェスは右を前に半身の体勢となって相手の剣を左へ思い切り剣で弾いた。そして弾いた剣の鎬を滑らせる様に、再び右手で剣を彼の首に押し当てた。
「そこまで!」
再び職員の声。アントニーから離れ、フェスは元の位置まで戻った。一本目、二本目とも、アントニーが動き出してから十秒と経過していなかった。
「なるほど……君は、迅速かつ的確に相手の命を奪うのに特化している様だ」
首を摩りつつアントニーが言うと。
「はい。どうあっても自分の身体と生命を守る為にそうせざるを得ない、そういう状況を想定して構築されているので」
「ふむ。さっきも言った通り、魔獣は人型もあるが、大抵は別の体型だ。各々に様々な特徴がある。この近辺で仕事をするには、それらを学ぶ必要があるな」
「それは、つまり?」
アントニーは破顔した。
「もちろん、実技試験は合格だ」
「有難う御座います」
差し出された右手を、フェスは力強く握った。