17話 知らない人
ー◆不審者視点◆ー
いつの間にか知らない人が同行していた。
『サトーちゃんは肉体強化とかしないの? 無詠唱イケるんなら初期レベルの魔法とか余裕だと思うんだけど。前線張らないにしても脚はあった方が連携利きやすいと思うんだよね。よく自分は後衛だから覚える必要ないんだ〜とかいう専門職面した奴いるんだけど、オレそれは違うだろっていっつも思うんだよ』
知らない人はさっきから独りで長々と喋っている。
声から男性だという事しか僕にはわからない。
戦闘が終わってから、周りを見る余裕なぞ欠片もなく、僕はメスショタおじさんに手を引かれながら、ずっと下だけ見て歩いている。
やる事ないと、他人の目が気になって仕方がないのだ。
もう30分だか1時間だかわからないけど、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして、自分が今何処に立っているのかよくわからない。
僕には足下しか見えない。
ここ最近頓に、人ゴミに居ると頭がふわふわして、現実感が酷く曖昧になる。
さっきまで討伐軍のガヤがうるさくて気付かなかったんだけど、彼等が遠ざかってようやく、どうやら知らない人が僕達についてきているらしいぞ、という事が判明した。
討伐軍の列を通り過ぎたという事は、現在は恐らく目的地の町に向けて歩いているという事だろう。
山道を進んでいる点からそのように考えていい。
でも何故そこに知らない人がついてくるんだろう。
『だって相手次第で戦線そのものが動く状況っていくらでもあるじゃない。じゃあ部隊全員の脚の速さを合わせた方が合理的でしょ。防御魔法貼るにしてもやっぱり纏まってた方がいいと思うんだけどサトーちゃんってその辺どういう考え? あっ別にオレの理想を押し付けたい訳じゃないんだ。皆自分のやり方があって当たり前なんだからさ』
知らない人は、どうやらメスショタに話しかけているらしい。
今の僕が外界から得られる情報は主に聴覚からのものと、足下付近の視覚的情報である。
異世界語が使えない関係上、発言そのものから情報を得る事はできない。
僕はメスショタに手を引かれて歩いているので、ポジショニングは彼の隣に位置している訳だが、そのまた隣に知らない人の脚が見える。
聞き覚えのない声の発生源もその辺りだ。
『ごめん。また仕事の話が出ちゃって退屈しちゃったかな。いやオレ傭兵だからさ、一応副隊長張ってるし考える事も多くなっちゃって大変なんだよね。でもオレも魔法得意だしさ。そりゃサトーちゃんには及ばないかもしれないけどいわゆる共通の話題って奴? だからごめんね。どうしても話題が振りやすいっていうかさ。女の子に振る話題じゃないっていうね』
他の人の脚は見えない為、消去法で知らない人はメスショタに話しかけているという事になる。
まさか独り言ということはあるまい。
しかし、この知らない人は随分とよく喋る。
さっきからメスショタは一言も声を発していない。
しかもイントネーション等からして、何やらチャラ男的なアトモスフィアを感じる。
女装おじさん相手にナンパでもしてるんだろうか。
『しかもサトーちゃんみたいな綺麗な娘にさ。オレ空気読めないとかたまに言われちゃうから気をつけてるんだけど。でもホントちょっと見た事ないくらい綺麗だよね。付き合ってる人居る? オレとかどう? こう見えて高級取りだし意外と甲斐性あるんだよね。軟派だって思う? でもさ、こうやって出来た縁も何もしなければ切れる訳じゃん。後悔しないようにやれる事をやる男な訳よ。どう? 惚れちゃったりしない?』
僕の左腕が、メスショタにわざとらしく抱きかかえられた。
男避けのつもりだろうか。
僕を巻き込まないでほしい。
その分野で僕のポテンシャルが発揮されない事は、君もわかってる筈じゃないのか。
皆の姫を目指してるんだし、穴のひとつやふたつ気前良く貸してあげればいいと思う。
名器と賞賛されれば表面上はどうあれ、なんだかんだで素直に喜ぶ性格だと思うし。
相手がチンチンに寛容な心の持ち主であればほら、どこにも損失が発生していない。
それはとても健全な状態だと思う。
だからその手を離して。
『え〜サトーちゃん、ナンパ対策にしてもそれはさ。ヤマダさんだよね? 別に付き合って無いんでしょ? そういうのって見てたらなんとなくわかるから。……ていうかその人大丈夫?』
知らない人が、僕の顔を覗き込むような体勢をしている。
怖くて顔が見れない。
やめろ僕に興味を持つな。
『……え? 顔色ヤバくない? ねえ本当に大丈夫? さっきのでどっか怪我したの? 俺達治癒魔法使えないけど仲間に使える奴居るから、アレなら一度戻ろっか?』
『怪我はしてないです。大丈夫です』
『えっとじゃあ持病とか? あっそれで手を繋いでるのか。それで冒険者稼業続けるのは大変なんじゃないの? そこで必要なのはさ、やっぱ男の甲斐性な訳じゃん。ちょっとは考えて貰ってもいいとか思ったりして。でもヤマダさん? マックスの見立てでは相当やるって話だけど、言い方悪いんだけどそういう風には見えないんだよねぇ。パッと見隙だらけっていうか。不思議だよなあ。そもそも……、いやサトーちゃんが大丈夫って言うなら大丈夫なんだろうけど』
何言ってるか知らないが、僕をナンパのダシに使わないでくれ。
ていうかこの人なんなの。
なんでついてくんの。
理由を訊きたいんだけど、知らない人のせいで僕に発言権が生まれない。
まさかこの人以外にも居たりすんの?
青髪ポニテに確認のメッセを送る。
……居るらしい。
例のオオカミ頭の、ビースターズの主人公みたいな人が居た。
やや離れた後方に位置どり、僕達と距離を保って歩いていた。
今まで気付かなかったので、僕達の後ろをずっと無言で歩いていたという事になる。
一体どういう状況なんだろう。
危険が迫っているという訳では無いようだが、何があってこんな状況に陥っているのか全くわからない。
とっくにメスショタ先生から解説があってもおかしくないのだが、恐らく知らない人のせいで自由に喋れないのだろう。
……まあ説明されなくても、理由はちょっと考えたらなんとなくわかった。
これ以上絡まれないように、僕達に護衛的な人をつけたのだ。
揉め事が発生するのは僕達にとっても軍にとっても、双方に全く益がない。
討伐軍の偉い人に、メスショタは厄介の種と見做されたのだ。
先程ビースターズの主人公が居たのにチンピラに因縁をつけられたので、恐らくそれ以上の立場の、軍全体にある程度顔が利く人物を選んだ筈だ。
この知らない人はそこそこ偉い人なんだろう。
一見軽薄な人が副官的な立ち位置に収まるのは、創作では割とよくあるパターンである。
別に監視目的でこの人達が張り付いている訳ではあるまい。
僕達に任意同行を求めたのだって、隊にそういうルールがあったからとか大した理由じゃないと思うし。
逼迫した理由があればそれが態度に表れている。
だから、討伐軍からある程度離れた時点で目的は達してると思うんだけど、なんでまだ居るんだろう。
町までついてくる気なのかな。
やだなあ。
ー◆ー
あれから知らない人は延々と喋っている。
メスショタも可哀想に。
コイツの本質はあくまで陰キャであって、取り得るポジションはせいぜいオタサーの姫かキョロ充のどっちかくらいである。
僕の腕を掻き抱いて、必死に彼氏持ちアピールをしているようだが、恐らく無駄だ。
第一こんだけ絡まれてる時点で、知らない人は相当に空気読まない陽キャか、僕達の関係性をある程度看破した上で粘っている有能なヤリチンである。
前情報から後者寄りだと思うが、お花畑かつ有能というドルオタのような例もあるため、あまり定型化して考えない方がいいだろう。
まあ僕が彼氏っぽく振る舞わないのが悪いのだが、童貞にそんなもんは無理だ。
こんな陽の者相手に自分をアピールするとか、そんな事はあまりにも恐ろしくてできない。
僕は自分の存在を消したい。
普段護ってくれてるんだから、困ったときくらい助けてやりたいが、想像しただけで心臓が痛くなる。
何度か思考実験を繰り返した結果、最適化して現在は現実逃避している。
たまにこうしてループする。
そういえば今って、次の目的地に向かってるって理解で間違いないんだよね?
方角的にはそうだと思うが、ここ数日脱線してたせいでイマイチ確信が持てない。
本来なら3、4日で辿り着けるっていう話だったのに、ずっとメスショタと遊んでたんだもん。
そもそも目的地の町の名前すら知らないわ。
それどころか前に居た街も、ずっと住んでた山の名前も僕は知らない。
もう数ヶ月も住んでるのに、考えてみればあまりにも無関心だった。
だってずっと人目を忍んで山男してて、メスショタと会ったのだってここ最近の話だし、固有名詞を使う機会なんて今まで一度もなかったもん。
メスショタが何か言ってたような気もするが、残念ながら一切覚えていない。
まあいいや。
適当に自分で名前をつけよう。
どうせ今後も異世界語を覚えられる気がしないし、自分の中で使う分には問題あるまい。
では今後この山を、便宜上女装山脈と呼ぶ事にしよう。
ここでメスショタと再会した事にちなんでこのような名前にしてみた。
メスショタが住んでた街は新宿二丁目で決まりだな。
次の町はどうしようか。
そうだ。
ドルオタのせいで住む所を追われる事になった訳だし、メスショタもこうして知らない人や、討伐軍のゴロツキに目を付けられたんだよな。
振り返ってみると、登場人物は陰茎の生えた野郎しかいない。
だったら……。
「佐藤さん」
「……え?」
「モンスターが出ました。ゴブリンのようです。十時の方向に70m程の距離をおいて、15体程度の集団が居ます。移動中のようで、動きからして恐らくこちらには気付いていません。このまま進むと恐らくかち合いますが、今回はどうしましょう」
メスショタは、鳩が豆鉄砲でも食ったような呆けた表情をしていた。
なんだよ。
確かに、急に陰キャが早口で喋り出したら、キョトンとするかもしれないが、そういう反応されるとちょっと傷つく。
……ああ。知らない人とステレオで話されたら、聞き取れないのも無理はないか。
僕が口を開いた事で、知らない人も黙ったようだが、台詞の冒頭はだいぶ被っていたと思う。
直前までキョドってたから、そこまで気が回らなかった。
「あの、聞き取れませんでしたか」
「えっ!? えっと大丈夫! ……そうだね。今回は山田一人で行ってくれる? 私達は待ってるから」
「承知しました」
メスショタの魔法があった方が早いし楽だが、それで知らない人がついてきても嫌だし、それならそれで構わない。
僕は神妙な顔で頷いた。
僕はダッシュで知らない人達から離れた。
ー◆ー
なるべく音を殺して走りながら、手頃な石を幾つか拾い、投石紐にくくりつける。
現場に近付くにつれ速度を落とし、目視でゴブリンさん達の姿を確認した。
しばらく様子を窺うと、彼等から高い警戒心が見て取れた。
ゆっくりと進み、首をしきりに振って周囲を警戒している。
少し考えてすぐにその理由に思い至った。
恐らく討伐軍のせいだろう。
あれだけ存在の主張が激しい集団である。
周辺の動物やモンスターは、軒並み姿を眩ませたに違いない。
斥候の類かと思ったが、それにしては軍が去ってから時間が経ち過ぎている。
食糧を求めて、やむなく姿を現したのかもしれない。
そう考えると少し可哀想だが、彼等は人類の敵であり討伐対象である。
数が増えれば人を襲うし略奪するしレイプもする。
人類の端くれとしては、彼等を殺さない理由がない。
少し数が多いし警戒心が高いようなので、いつものように攻撃すれば恐らく逃げられてしまう。
それでも半数は減らせるだろうが、どうせなら使える手は使わせて貰おう。
メスショタ含む知らない人達は、律儀に動かず待っているようなので、挟撃の形を取れば簡単に殲滅できる。
知らない人の実力は知らないが、ビースターズの主人公はかなりお強い人だったので問題ないだろう。
前衛が居れば、安心してメスショタを戦線に加えられる。
奴は貴重な範囲火力だ。
なるべく音を殺しつつ、急いで大周りに移動する。
幸い彼等の脚は遅い。
無事に所定の位置まで来た。
ここまで来ればあとは簡単な詰将棋だ。
僕はスタンド能力によって、擬似的に俯瞰視点でものを見れるので、戦況をコントロールするのは比較的容易である。
樹々の隙間から彼等の姿を確認し、投石紐を振って第1投を射出した。
投石紐も、初めの頃より随分と馴染んだ。
視覚的に相手を捉えていれば、80m以上離れていてもかなり正確に当てられる。
大事なのは力ではなく、勘所を抑える事にある。
頭を使って数を投げれば、身体がそれを教えてくれる。
鞭のような音を立て、鋭角な放物線を描いて飛んだ石は、樹と樹の間を縫ってゴブリンさんの頭部に着弾した。
投げてから当たるまで1秒も掛からない。
ここからでは詳細は確認できないが、投石紐による投石は、大型のハンマーで思い切り殴りつけるくらいの恐ろしい威力がある。
コンクリートブロックも粉砕できるくらいだ。
頭部に当たれば脳挫傷で放っておいても死ぬ。
彼我との距離は20m程だ。
こちらの存在に気付く前に2投目、3投目を放ると、彼等は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
狙い通りこちらとはおおよそ逆方向に駆けている。
軽く走りつつ、挟撃のラインから外れないように投石で相手を誘導する。
端に向かった相手を狙えば自然と追い込む形になる。
そうしているとゴブリンさん達の脚が緩んだ。
メスショタ達の存在に気付いたようだ。
こっちにしてみればいい的である。
彼等が立ち竦んでいる内に、もう半数はその数を減らしていた。
数的な差から一定の間隔を保っていたが、ここまで来れば距離を詰めても問題ない。
投石しながらゴブリンさん達に向かって走ると、僕は初めて知らない人の全貌を視界に収める事ができた。
なんかパッと見、初代フェイトのランサーっぽいディテールの人だった。
腰に吊っているのは剣だが。
あと髪型はどっちかっていうとワカメである。
全体的に紫色だし。
知らない人はベガ立ちしながら僕をガン見していた。
僕に興味を持つな。
いいから仕事してくんねえかな。
そうこうしてるうちに、メスショタのあまごいからの10万ボルトで、ゴブリンさん達は無事全員死亡した。
結局知らない人は何の仕事もしてねえな。
戦術的には棒立ちしてるだけでも十分意味はあったが。
まあややこしくなくていい。
討伐証のお耳は、僕達で独占して構わないだろう。
「佐藤さん。道中で倒したゴブリンの耳を回収してきます。この場はお任せしても構いませんか」
「うん、お願い山田」
ー◆ー
お耳を回収して現場に戻ると、すぐメスショタが僕とおててを繋いできた。
知らない人対策だろう。
そのまま目的地へ向け歩き出す。
「山田、お疲れ様」
「いえ、皆さんが居たお陰で楽に仕事ができました。佐藤さん、魔力の方は大丈夫ですか?」
「うん。さっきも飲んだし、軍の人からとっても質のいいポーションを貰ったの。だからまだまだ余裕あるよ」
「それは頼もしいですね」
メスショタはなかなかイイ笑顔をしていた。
見ると、知らない人はビースターズの主人公と何やら会話をしている。
どうやらようやく解放されたようだ。
「佐藤さん、申し訳ありません。現況を確認したいのですが、経緯を説明して頂いても宜しいでしょうか」
「うん。なかなか言えなくてごめんね」
「いえ、大丈夫です。おおよその予想は立てたのですが、一度佐藤さんの口から説明があると嬉しいです」
「わかった。ええとね……」
ー◆ー
大方の所は想像した通りだった。
僕達が任意同行を求められた理由だが、僕達が街を出発してすぐ、入山を禁ずる令が敷かれていたらしい。
作戦行動中に、冒険者が現場をうろついていたら邪魔だという至極真っ当な理由だ。
同様の話はすぐに周辺の町や村に伝わったという。
僕達が怪しく映ったのも道理だ。
9日間も山に潜る人物は、流石に想定していなかっただろう。
とても有意義な時間を過ごせたが、見通しが甘かった点は反省である。
後悔はしていない。
案の定討伐軍は傭兵団の寄せ集めで、その中の一隊に知らない人とビースターズの主人公は所属しているらしい。
知らない人は、そこの副隊長とやらのポジションに収まっているようだ。
メスショタは隊長だかと面談した折に、コイツが居れば討伐軍の誰も手出しはしないだろうとか、そういう事を言われたらしい。
やはりというか、知らない人はなかなかの人物のようだ。
そんな人材を見送りの為に放出してもいいのかと思ったが、軍の規模からすれば些細な問題なんだろう。
知らない人達は町まで着くまでついてくるらしい。
当然メスショタは固辞したそうだが、なぜかゴリ押しされてそう決まったらしい。
正直勘弁してほしいが、まさかコイツを責める訳にもいくまい。
自分でやれよという話になってしまう。
「それでごめん、山田がいない間にランスさんが色々聞いてきて、流れで山田が魔法を使ってない事とか話しちゃったんだけど、大丈夫かな」
不安そうな顔をするメスショタ。
ランスさんとは知らない人の名前である。
色々とツッコミたいが、まあどうでもいいので後にする。
「アランさんのような方が何人も居るとは思えませんし、大丈夫でしょう。それより佐藤さんこそ平気なんですか? 疲れたでしょう」
「まあね……。やっぱり男装した方がいいかな。それはそれで問題出そうだけど」
「それは男装とは言わないのでは。僕のようにフードで隠せばいいのではないですか?」
「いや、二人共それだとめちゃめちゃ怪しいと思う。職質待ったなしでしょ」
「それもそうですね……」
ダラダラと喋りながら足を進める。
距離的にはそう遠くない。
それからモンスターに遭う事もなく、程なくして僕達は町へと辿り着いた。
新しい町、おちんちんランドである。
ー◆ー
正面に見据えたおちんちんランドは、新宿二丁目とそう変わりなかった。
石垣で囲まれていて、山道の正面には正門があり、2人の門番が立っている。
なんと門番の装備まで新宿二丁目と同じだった。
領主が同じでデザインが統一されてるとか、そういう理由でもあるんだろうか。
同じ山を面して生活する事から、似たような様式になっている事は十分に予想できた。
生活資源の一部として、山の食糧や薬草などを頼りにしているのも恐らく同じだろう。
新鮮味がないが、まあ追われている身の上である以上、おちんちんランドには長く滞在するつもりもない。
必要な物資を購入し情報を集めたら、メスショタの都合が合い次第すぐにでも出発するつもりだ。
などと考えていると、パンと背中を軽く叩かれた。
『こんなとこで眺めてないで、さっさと入りましょう二人とも』
僕の顔を覗き込んだ知らない人が、屈託のない笑顔で何やら言いながら、飄々と門へ向け歩いていった。
ビースターズの主人公もそれに続く。
僕とメスショタは顔を見合わせた。
ー◆ー
前を歩く2人の背中を追いながら、町中を進んでいく。
脳裏に知らない人の笑顔が蘇る。
とても爽やかなイイ笑顔で僕を見ていた。
どうやら変なフラグを立ててしまったらしい。
とてもおなかが痛くなってきた。
おててを繋いだメスショタは、はらはらと心配げな面持ちで僕を見上げている。
表情からして、どうやら僕の顔色は相当に良くないらしい。
「佐藤さん。彼等の任務は完了したと思うのですが、ここからの予定は聞いていますか?」
「それが何も聞いてないの。……今から討伐軍に戻るって事はないよね?」
「無いと思います。というか、ここまで彼等がついてきた理由を少し考えてみたのですが、スカウトが目的なのかもしれません」
「スカウトって……、え? 私達を?」
キョトンとした表情で自分を指差している。
そんなに意外な発言だったろうか。
わりとよくある展開だと思うのだが。
「ええ。比較対象があまり居ないので僕には詳しくはわかりませんが、無詠唱というだけでも希少なようですし、現代の科学知識を使っていたせいで、彼等の目には特別不思議に映ったかもしれません。そこに僕が付加価値を与えてしまった形ですかね。全て推測に過ぎませんが」
「で、でもそれだけでスカウトって……」
メスショタは懐疑的だ。
コイツは僕と同じで自己肯定感が低いので、無意識に自分を軽く見積もる節がある。
女装した自分は肯定しているが、まあそれは裏返しという奴だ。
「他に整合性の取れそうな理由が思いつきませんでした。傭兵とは軍隊と違って自営業ですから裁量性が高いでしょう。誰も手をつけてない有望な人材を放っておくのは、市場の原理から考えても賢いやり方ではありません。佐藤さん、経緯を説明する際、僕達の身の上を話したりはしませんでしたか?」
「あ……」
メスショタの顔色が真っ青になった。
「人狼のマックスさんと佐藤さんの話を聞いて、そこで目をつけられた可能性があります。二人は道中で僕達を観察していたのでしょう。僕の索敵能力ですが、魔力を使っていないので彼等からしたら有用だと思われたかもしれません。燃費を気にしなくて済みますから」
「ごめん。どうしよう、山田」
「佐藤さん、ひとまず僕達のスタンスをはっきり……」
『なに話してんですか?』
思わず顔を上げて前を向くと、知らない人がこちら側を向いていた。
不思議な表情で僕達を見ている。
メスショタにこの手の交渉は向いていない。
ほとんど反射的に、僕はとても機械的な笑顔を作った。
「ランスさん。今後の予定など伺っても宜しいですか? 隊長の方からはどのような指示が出ているのですか?」
知らない人は、面食らった表情になった。
言葉はわからなくても、伝わる情報というものはある。
陰キャが唐突に社会性を発揮すれば、そのような反応になるのも当然だろう。
メスショタも遅れて通訳を行う。
ジクジクと胃が痛むのを感じながら、僅かな間を過ごした。
『オレ達はまあ……、好きにしろって言われてるし特に予定はないかな。ヤマダさん達は?』
「僕達は……、そうですね。諸事情がありまして、あまり長く腰を落ち着かせる訳にはいかないのです。ですから諸々の予定を済ませたらすぐにでも出発するつもりです」
先程メスショタにその辺を確認したかったが、見切り発車させていただく。
『えっ……、そうなんですか。残念だなあ。でも今日明日って話でもないんでしょ?』
「それは……」
嫌な流れを感じるが、実際どうなんだろう。
物資の購入はそんなに時間は掛からないだろう。
装備と食糧品の購入くらいだ。
食糧はメスショタ任せだし、僕が考えるのは自分の装備の事くらいだが、まあ半日程見積もっておけば問題はあるまい。
次に情報である。
目的地に向かうまでの道中に出るモンスターや野生動物、植生などを把握しておきたい。
特に食用可能な動植物の情報は重要である。
ギルドでその辺の情報をメスショタに集めて貰うのだ。
これも半日見積もっておけば問題ないだろう。
あとはアナル弱い人との文通である。
遊んでいたため少々間が開いてしまったが、そろそろ何か動きがある頃ではないか?
次の目的地を御手紙にしたためて出発すれば、着く頃には返事を貰えるかもしれない。
これはメスショタが手を動かすだけですぐに済む。
改めて考えると全部メスショタ任せだった。
使える姫だなあ。
まあいいや。
今日は日が暮れるまでまだ時間があるし、メスショタが強行軍で頑張れば今日の夜にでも出発できそうではある。
そのように考えながら口を開いた。
「佐藤さん、明後日か明明後日には出発できると思うのですが、どうでしょう」
「えっと……、うん。大丈夫だと思う」
「わかりました。では早ければ明後日とお伝えください」
できれば今日と言いたかったが、実際に口に出す事はできなかった。
人間焦らせると碌な事にならないというのは、社会人時代で嫌というほど経験している。
強烈な拒否感から嘘でも口に出せない。
『明後日ですか。そりゃ急ぎますね……。こうして会ったのも何かの縁ですし、一回くらい飲みに行きましょうよ』
絶対こういう流れになると思った。
だから今日には出たいと言いたかったのだ。
胃がズキズキする。
『気づいてると思うんで正直に言いますね。隊長から唾つけてこいって言われてます。まあオレもお二人に興味が無いって言ったら嘘になりますし……。失礼な話、ヤマダさんが強いっていうのもこの目で見るまで信じられなかったんだけど、マジでビックリしたって言うか』
『だから言ったんだ。俺も驚いたんだ。反応速度が尋常じゃないというのか。あそこまでのは獣人でも滅多に居ないと思うぞ』
空気だったビースターズの主人公が便乗してきた。
見るたびに脳がバグるんだが、一体どうやって喋ってるんだろうこの人。
『サトーの方も面白いぞ。無詠唱で見た事もない魔法を使ったんだ。あいつらを黙らせるにはもってこいの魔法だった』
『オレ、どっちもちゃんと見てないんだよね。マックスが羨ましいよ』
聞いてて自分が俺TUEEEの当事者みたいに思えてくるからマジでやめてほしい。
尋常じゃなく居た堪れない上に、今後の展開が想像できて胃痛が酷くなってくる。
メスショタの同時通訳が尻すぼみ気味になってきているのは気のせいではあるまい。
空気を変えたくて慌てて口を開いた。
「ランスさん。僕達は傭兵になるつもりはありません」
この辺の擦り合わせも先に済ませておきたかったのだが、気持ちは同じだと思うし、何か思う事があれば、メスショタも止めるだろうと思う事にする。
『ああ、別に無理強いするつもりはないです。所詮傭兵稼業なんて好きに就いて好きに辞めるもんですし。隊長は何か言うでしょうがそれはこっちの問題なんで。オレはただお二人と話がしたかったんです。あ、勿論奢りですよ。こう見えて高級取りなんで』
パチリとウインクする知らない人。
イケメンがやっても鼻につくなあ。
まあ嘘ではないだろうが、本音を全て話した訳でもあるまい。
隙あらばパックリ頂くつもりだ。
できるヤリチンはそういう事をする。
そんな偏見が僕の中にはある。
しかしこの流れになってしまった以上、飲み会は避けられないと思っていた。
メスショタに確認をとって了承する。
『じゃあえーと……、日が落ちた頃にギルド前で集合としましょう。待ってますんで!』
そう言って背を向けた二人は、何処かに歩き去っていった。
しばらくして、途轍もない疲労感に襲われた。
メスショタと二人でその場に立ち尽くす。
「佐藤さん、まず先に宿を取りませんか」
「そうだね……」
疲れた顔でメスショタが返事をした。
ドルオタから逃げてきたらこれである。




