31.
陛下に案内された場所は、陛下の私室の隣だった。
「ここには、使用人さえも立ち入りを許していない。
ここは、レリアの部屋だからな」
そう言って陛下が部屋のドアノブを回せば、キィッと扉が開く。
「「……!」」
目の前の光景に、シャルルと私は思わず息を呑んだ。
それは、開いた扉の先に女性……、皇妃と思われる大きな肖像画が壁に掛けてあったから。
「これが、レリアだ。
……レリアは当時、美姫ともてはやされ、使用人に対しても優しく、誰からも愛されるような人だった」
「……母上」
シャルルは肖像画を見上げ、小さく呟く。
私もそんな彼に寄り添いながら、その肖像画を見上げる。
(シャルルは、お母様似なのね)
紺色の髪と瞳を持ち、肖像画の中で微笑むその姿は、どこかシャルルを彷彿とさせる。
陛下は言葉を続けた。
「レリアは、隣国……、フロベール国の姫だった」
「! フロベール……」
私とシャルルは顔を見合わせ驚いた。
フロベールは、私が勉強していた地方の名前だ。 シャルルにも、フロベール地方についての書物を探してもらったから、よく覚えている。
「……確か、クラヴェル国の直轄地ですよね?」
私が思わず口を挟むと、陛下は頷き言った。
「あぁ。 今はクラヴェル国の直轄地であるが、クラヴェルがまだ王国だった当初は、フロベールは国として存在していた。
隣国で交流もあったため、フロベールの姫であったレリアを、私は幼い頃から慕い、彼女もまた私を愛してくれた。
幼い頃から、親の命令による政略結婚相手の婚約者同士ではあったが、確かに私達は愛し合っていた。
そして、彼女と結婚し、やがて私達の間には子供が産まれた。
それがシャルル、お前だ」
「!」
シャルルは目を見開く。
陛下は昔を懐かしむように言った。
「私達は幸せだった。
そしてその幸せは、そのまま続くものだと、私達は信じて疑わなかった。
……だが、そんな幸せに亀裂が入る出来事が起きた」
陛下はそういうと、目を伏せ話を切り出した―――
「あ!」
「ど、どうした!?」
レリアが急に声を上げるものだから、驚きすぐ彼女の元へと飛んでいけば、彼女はキラキラとした目でこちらを見て笑った。
「シャルルが今笑ったの! とっても可愛かったわ!」
「本当か!? どれどれ」
レリアが抱いている我が子の顔を覗き込めば、シャルルは私と同じ薄い青の瞳をこちらに向け、笑っているかのように見えた。
それを見て、レリアと顔を見合わせ笑みを浮かべる。
「ね、笑っているでしょう?」
「あぁ。 本当だ。 可愛いな」
レリアと二人で笑みを浮かべると、不意にドタドタと部屋の外が騒がしくなった。
そして、部屋の扉がノックもせず突如開け放たれ、騎士が慌てた様子で口を開いた。
「こ、国王陛下、王妃殿下、ご無礼をお許しください!
緊急事態でございます!」
騎士の尋常じゃない様子に、一気に部屋の中に緊張が走る。
「何だ、言ってみろ」
「そ、それが、お妃様の……、フロベール国が奇襲を仕掛けられたようです!!」
「何だと!!」
「っ、お母様、お父様……!!」
レリアの母国、フロベールが攻め入られている。
その衝撃的な言葉に、怒りを隠せずに口を開いた。
「どこの国だっ! フロベールに攻め入ろうとは!!」
「ア、アルノー帝国でございますっ!!」
「アルノー……!」
アルノー帝国は、親子二代でその名を轟かせた、数多の戦争・侵略を繰り返してきた血に飢えた化け物の国だった。
「っ、おのれ、アルノー……!」
「陛下、ご決断を!」
「すぐに援軍の準備を!
王立騎士団、辺境伯にも取り次ぎ急ぎ騎士団をまとめさせるのだ!」
「なりません、陛下」
そう口を開いたのは、騎士の背後から現れた宰相であった。
その言葉に、激昂する。
「何だと?」
「落ち着いてください。 アルノー国は帝国であり、規模が違います。
私達が首を突っ込んだとて倒せる相手ではありません。
犠牲者が増えるだけでございます」
「っ、ではお前は、フロベールを見捨てろというのか!?
妃である彼女の国と同盟を交わした意味は、何だというのか!?」
「このままではフロベールだけではなく、クラヴェルまでも滅びてしまいます!
それでは、元も子もありません!!
陛下、どうかお考え直しを!」
「っ……」
宰相の言っていることは、遺憾ながら一理あった。
クラヴェルの援軍を向かわせたところで、勝算はない。
フロベールもクラヴェルも、アルノー帝国に比べたら小国に過ぎないからだ。
いくらアルノー帝国に攻め込まれても耐えうるようにと、軍備を増強していたとはいえ、アルノー帝国の軍人の数には到底及ばない。
フロベール諸共共倒れをしてしまう可能性は歴然であった。
「……分かりました」
「「!」」
声を発したのは、レリアだった。
レリアは、私達の声に驚いたのであろう泣いているシャルルを抱き寄せ、口を開いた。
「クラヴェル国からの援軍は、必要ありません。
……これは、私の両親が嫁ぐ前、私に伝えたことです。
アルノー帝国にもし攻め入られたとしても、フロベール国のことは気にするなと。
私はクラヴェル国の妃となりました。
そのため、フロベールのことは私達が何とかすると。
そう私に言いました。
だからどうか、クラヴェル国自ら戦火に巻き込まれには行かないでください。
それが私、レリア・クラヴェル、そしてフロベールの国王夫妻からのお願いです」
「「! ……」」
レリアがそう微笑み、告げた言葉に私と宰相は言葉を失った。
宰相とて、フロベールを見捨てたくて見捨てろと言ったわけではない。
国妃であるレリアの国だ、誰もがレリアを、その両親や国を守りたいと思っている。
だが、相手が悪く、国を背負う立場の者として、勝算の見込みもないまま、安易に助けるなどと言えなかった。
それを分かっているから、レリアは平気なフリをしてそう告げたのだ。
だが、それが気丈に振る舞っているのは分かる。
現に、彼女がシャルルを抱えている手が、震えていたからだ。
私は短く息を吸うと、宰相と騎士に向かって告げた。
「……援軍は向かわせない。
代わりに、フロベール国王夫妻の安否、現状を随時報告しろ。
そして、我が軍もいつアルノー帝国と戦っても良いように、軍を整えるんだ。
良いな」
「「はっ/かしこまりました」」
そう言って、二人は出て行った。
残された私は、シャルルを抱えたレリアの前に膝を突き口を開く。
「……フロベールを、国王夫妻を見捨てはしない」
「……はい」
泣きそうに顔を歪めるレリアと我が子を、そっと抱きしめる。
そして、声を落として言った。
「私が君の代わりにフロベールへ向かう。
国王夫妻の安否は私が直々に確認してくるから、レリアはここで待っているんだ」
「!? そんな、それは無茶よ!」
「大丈夫、死んだりはしない。
……生きて、君とシャルルの元へ帰ってくるから。
シャルルを頼む」
「っ、あなた!!」
私はそっとレリアのこめかみに口付ける。
そして、部屋を後にした。
それが、レリアと交わした最後の言葉となろうとは、その時はまだ知らなかった……―――
「最後の言葉って……」
私の言葉に、陛下は拳を固く握りしめて言った。
「フロベールへ赴いた私の後を追って、レリアもフロベールへ向かったそうなのだが……、私と会うことはなく、彼女はそのまま今もなお行方不明となっている」
「「……っ!?」」
予想だにしていなかった言葉に、私とシャルルは言葉を失ったのだった。
国が沢山出てきたので整理します↓
・クラヴェル…元王国であり、現帝国。
・フロベール…元王国であり、現在はクラヴェル直轄地。クラヴェルに嫁いできたレリア(シャルルの母)の母国。
・アルノー…元帝国であり、現在はクラヴェル直轄地。フロベールを襲撃した。




