32.
王妃殿下……、レリア殿下が行方不明となっている。
その事実に、私とシャルルは言葉を失っていると、陛下は「フロベールは」と言葉を続けた。
「私が赴いた頃には、城は占領されていた。
……そして、国王夫妻も既に亡くなっていた。
フロベール国はその時点で、アルノー帝国の手に渡っていたのだ」
私達は息を呑む。
陛下は胸を押さえ、怒りに震えているのか手を小刻みに震わせながら言った。
「国王夫妻の亡骸を前にしていた私の元へ現れたのは、他でもないアルノー帝国の皇帝……、元凶である人物だった。
そんな皇帝は、私にある取引を持ちかけた」
「取引?」
シャルルが尋ねると、陛下は下を向いたまま言った。
「クラヴェルへ攻め込まれたくなければ、皇帝の娘と結婚し、彼女を女王として即位させ、丁重に扱えと。
そう持ちかけてきたのだ」
「「!?」」
それは、正気の沙汰ではない。
皇帝の娘を女王として君臨させろとは、実質クラヴェルを支配下に置いたも同然、クラヴェル側の降伏宣言と同義であることを意味しているのだ。
「断れば即攻め入ると脅され、考える猶予として与えられたのは半月だった。
私はその間にクラヴェルへ帰り、宰相やレリアと話をしようと思っていた。
……だが、クラヴェルへ戻った私の前には、レリアの姿はなかった」
「……母上が、フロベールへ向かった父上の後を追ったから」
シャルルの言葉に、陛下は静かに頷き言った。
「レリアは、侍女に“国王が心配だから行ってくる”と告げ、制止の声を振り切って行ってしまったらしい。
きっと、レリア自身もフロベールのことを心配していたんだろう。
……だが、レリアのその後の足取りを知っている者はどこにもいなかった。
皇帝の娘を受け入れることなど忘れ、私は自らレリアの行方を探した。
だが、レリアは見つからないまま、皇帝と約束を交わした日に、皇帝の娘はクラヴェルを訪れてきた」―――
「ごきげんよう、国王陛下。 待ちくたびれましたわ」
そう言って私の前に現れたのは、煌びやかな装束を身に纏い、扇子を口元に当て意地の悪い笑みを浮かべる、傲慢な女だった。
その女は私が口を開く間もなく、矢継ぎ早に言う。
「私、疲れましたわ。
こんな辺鄙な地にある国ですもの。
年中温暖だと聞きますけれど、それ以外に何か特産はあって?
無いようなら、私が作って差し上げますわ。
それより、先程からレリア様をお見かけしませんけれどお元気かしら?
是非お話しさせていただきたいわ。
フロベールは小国ではありますけれど、鉱石が沢山取れるようですから、私もお世話になると思いますしね。
レリア様は今どちらに?」
その女の物言いに、心の中で怒りの感情がふつふつと湧き上がる。
そして、ある疑念が頭をよぎり、言葉を発した。
「……そのレリアは、現在行方不明ですが」
「まあまあ! まさかとは思うけれど、あのフロベールへ向かったのかしらね!?
そうだとしたら何て哀れなこと!
もうフロベールに彼女が帰る場所などないと言うのに」
「……レリアを何処へやった!!!」
私の言葉に、その女は少し驚いた様子だったが、笑みを浮かべて言った。
「あら、存じ上げませんわ。
レリア様お一人のことなんて、私が把握しているとお思いで?
第一、この国の妃である彼女がいなくなるなんて、よっぽどではありませんか。
クラヴェルが嫌になったか、もしくは……、貴方のことがお嫌いなのでは?」
「っ、貴様……!!!」
「陛下、落ち着いてください!」
その女に殴りかかろうとした私を、宰相は止める。
その女はおかしそうに肩を震わせ、笑った。
「あらあら、クラヴェルの国王陛下は野蛮な方なのね。
私に向かって手を上げようとしたこと、私は優しいから許してあげるわ。
さあ、私を部屋へ案内してちょうだい」
その言葉に、誰も動くことはなかった。
その女は、苛立ちを隠さずに近くに控えていた騎士に向かって怒鳴った。
「私は疲れたの! 早く部屋へ案内しなさい!」
「……この国に、貴女の居場所はありません」
「何ですって?」
私はスッと手を挙げると、今度こそ側に控えていた騎士二人が動き、その女の首に槍を突きつけた。
その女はへぇ、と扇子をバチンッと閉じ、笑みを浮かべて怒りを露わにして言った。
「それが私と、お父様に向ける態度なのね」
「えぇ」
私はにこりと笑みを浮かべる。
そして、スッと表情を消して怒鳴った。
「私の妻でありこの国の妃は、お前が侮辱したレリアただ一人だ!!
……レリアをどこに隠したか知らないが、彼女を、彼女の両親を、国を滅ぼしたお前らはしかるべき裁きを受けるだろう。
その時を、国に帰り大人しく待つことだ」
「っ、ふ、あははは! 哀れな国王陛下!!
たかだか女一人にそこまで固執するというの?
面白いわね、その挑戦受けて立つわ。
せいぜいみっともなく足掻くことね」
「連れて行け」
私の命令に、騎士達はその女を部屋の外へと連れ出す。
私は一度目を閉じ、ゆっくりと開くと静かに告げた。
「急ぎ周辺諸国へ応援要請を。
これよりクラヴェルは、アルノー帝国を迎え撃つ」
「「「はっ」」」
左手の薬指で光る結婚指輪にそっと口付ける。
この戦争に勝利して、レリアの両親、亡き国王夫妻の仇を打つこと。
そうすれば、レリアは帰ってくると自分に言い聞かせ、私はアルノー帝国を迎え撃つ準備を始めたのだった……―――
「アルノー帝国へ娘を帰らせると、皇帝は激昂しすぐにクラヴェルへ攻め入ってきた。
最初は押され気味だった我が国であったが、レリアのためだと一致団結をし、その後に来たアルノーを恨む国やその帝国自体で内乱が起こり、皇帝や娘を含めた皇家が亡くなったことにより帝国は瓦解した。
そうして、戦争はクラヴェル側の勝利で幕を閉じた。
……だが、そこにいると思われていたレリアの姿は、どこにもなかった」
「「……!」」
「帝国兵の誰もがレリアの姿を見かけたことはなかったという。
取り戻したフロベール中をくまなく探したが、レリアは見つからないまま、今に至る」
「「……」」
私とシャルルは返す言葉が見つからず、三人の間に沈黙が訪れた。
その沈黙を破ったのは、シャルルは問いかけた。
「では、何故クラヴェル国はアルノー帝国を討ち倒してもなお、戦争を続けたのですか?」
「アルノー帝国を倒したのは、クラヴェルだけではない諸外国と協力して倒せたからだ。
そして、アルノー帝国自体もまた、多くの国が集結して出来た国だった。
その国々をどうするか、戦利品としてどう国を分割するかで揉めたのだ。
……私としては、レリアを無事に保護することが戦争をした理由だった。
それ以外には何もいらなかったというのに、諸外国はそれを良しとしなかった。
だから、無駄な争いは続いたんだ」
「っ、何てこと……」
思わず私が口にすれば、陛下は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「本当にどうでも良かったんだ。
ただ、レリアが生きていてくれさえすれば、それで良かったというのに……。
だから、クラヴェルはどの国にも負けないよう、強大な帝国として生まれ変わらせた。
そうすれば、レリアが生きて帰ってきてくれるのではないかと思ったからだ」
「……だから、魔法小国のフランセルも手に入れようとしたのですね」
私の言葉に、陛下はそこで初めて力なく首を垂れた。
「……リリィ」
シャルルの声に私は頷くと、陛下の前まで歩み寄り、口を開いた。
「話していただきありがとうございます、皇帝陛下。
事情は分かりました。
……ただ、私はそのお考えに賛同は出来ません。
何故だかお分かりになりますか」
私の言葉に、陛下は静かに項垂れた。
陛下のその態度で理解していると判断したものの、しっかりと口にするべきだと判断し、私は陛下を真っ直ぐと見て言った。
「貴方がしていることは、どんな理由があれかつてのアルノー帝国がしたことと何ら変わりはありません。
……フロベールが置かれた状況と、フランセルが置かれようとしている状況が酷似しているとは思いませんか。
フランセルが、クラヴェル国に何をしましたか?
フロベールが、アルノー帝国に何をしたというのでしょう?
何もしていませんよね。
何の罪もない国を、人を滅ぼそうとしたその罪は重いとは思いませんか」
「っ、ではどうすれば良かったというのだ!
私が間違えているとでも言うのか!!」
「えぇ」
「!」
陛下の言葉に、私は迷いなく頷いた。
シャルルは、静かに見守ってくれている。
私はそんな彼を見てから、陛下にまた一歩歩み寄り言葉を続けた。
「……私は、実際に貴方の過ちをこの目で見てきました」
「……! どういう、ことだ」
私は自身の目に魔力を宿らせ、静かに告げた。
「私の口からはこれ以上申し上げられませんので、ご想像にお任せ致します。
……ですが、このままでは貴方を含めて誰も、幸せになることはないでしょう」
私とシャルルは、二度のやり直しを経てここまで来た。
その結果は、どちらも幸せな結末には至らなかった。
だから、三度目の今度こそ。
「私はこの国が過ちを繰り返すことで、貴方を含めて誰にも不幸になってほしくない。
そのために、こうしてここにいるのです」
「……では、私にどうしろと言うのだ」
陛下の目が戸惑いに揺れる。
私は、そんなシャルルと同じ瞳を持つ陛下に向かって告げた。
「ただ一言、口にすれば良いのです。
“助けて欲しい”と。
貴方は、一人ではありません」
「……!」
私は、陛下に向かって手を差し伸べる。
驚きその手を見る陛下に向かって言葉を続けた。
「貴方には、血の繋がっているシャルルがいます。
そして私も、貴方が望めば力になります。
フランセルの私の家族も、人を殺める以外のことであれば、困っている人に手を差し伸べる人達です。
……それでも貴方は、無謀な戦争を続けるか、或いはレリア殿下を探すことを諦めますか」
「……っ、そんなことをして、お前達に何のメリットがある」
陛下は簡単には信じられないらしく、一歩後退りそう口にした。
私はその瞳に向かって訴える。
「メリットやデメリットで価値を考えることではありません。
困っている人がいれば助ける。
……それに、陛下もレリア殿下も、シャルルのご両親です。
私が愛する人の家族を助けたいと思うのは、貴方がフロベールの地を取り戻そうとしたことと同じではありませんか」
「……!」
陛下は目を見開いた。
私は笑みを浮かべると、シャルルも同じように陛下に向かって手を差し伸べて言った。
「僕も、リリィと同じ気持ちです。
……彼女は、決して父上を裏切ることはしません。
僕が保証します。
ですから父上、どうかこの手をとって下さい。
そして、一緒に探しましょう。
私の母上、レリア殿下を、一緒に」
「私も是非、レリア殿下とお会いしてお話ししてみたいです」
シャルルと私はそう言って微笑み合い、陛下に向かって笑みを浮かべた。
陛下は一筋の涙を溢すと、私達の手を取り「ありがとう」と小さく口にしたのだった。




