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12.

 そして、運命の晩餐会の夜を迎えた。


「リリィ様、お支度が整いました」


 その言葉に目を開ければ、そこには昨日アンナと選び何とか決めることの出来たドレスを纏う私の姿が映し出されていた。

 晩餐会ということもあり、ドレスは装飾が派手すぎない清楚なドレスを選び、色は私の瞳と同色の淡い黄色にした。


(アンナはシャルル殿下の瞳と同じ碧色を勧めてくれたのだけど、まだ妃と認められていないのにそれはどうかと思ったのと、彼と恋人同士でもないからと思ってやめたのよね)


 やはりこちらにして正解だったわ、と身だしなみの最終確認を行なっていると、扉をノックする音が聞こえた後、声がした。


「シャルルだ。 リリィ、支度は終わっただろうか」

「はい、殿下」


 私はそう返事をすると、扉が開いた。

 そして彼と互いに向き合う形になると、彼の方から少し間を置いて言った。


「……緊張しているようだな」

「!」


 淑女の仮面の中に隠していたつもりだったことを指摘され驚いていると、彼は続けて言った。


「まぁ、私も人のことは言えないが」

「……そうは見えません」


 シャルル殿下の表情は普段からあまり変わることがないため思わずそう口にすると、彼は「そう見せているんだ」と呟き、私に向かって手を差し伸べた。

 私はその手にそっと自分の手を重ねると、彼はゆっくりと歩き出した。

 しばらく黙って歩いていると、彼が唐突に口を開いた。


「そう緊張しなくて良い。 君はそのままで十分素敵な女性なのだから」

「え……」


 思いがけない言葉に思わず彼の顔を見上げる。

 そのせいでこちらを見ていた彼の碧色の瞳と視線が交じり合って……、先に目を逸らしたのは私の方だった。


「あ、ありがとうございます、シャルル殿下」


 告げられた言葉に、鼓動が煩いくらい速くなるのが分かる。


(い、今のは私を励ますためのお世辞、よね……!)


 そう言い聞かせるのには無理があるほど、シャルル殿下の瞳の奥に、ほんの少し熱が込められていたように感じたのは……、きっと私の気のせいだろう。





(う……)


 何この空気、と思わず思ってしまうほど、親子とは思えない二人の醸し出す殺伐とした雰囲気に、食事が喉を通るどころか息が詰まっていた。

 料理を挟んで私の向かいの席に座っているのが、いつにも増して無表情のシャルル殿下。

 そして斜め横には、先程から鋭い眼光でこちらを睨むように見てくるのが、他ならないこの国の皇帝であり、前世でフランセルに攻め入ることを指示したであろう張本人の姿がある。

 容姿は瞳の色がシャルル殿下と同じだけで、後は彼とはあまり似ていない印象を受ける。 醸し出す空気も冷酷さが感じられ、視線を受けている私は手が震えないよう努めるので精一杯で。


(しかも、最初の紹介以降一言も会話がないなんて……!)


 一刻も早くお開きにならないかと、味覚を感じられない中一生懸命手と口を動かす私の耳に、冷ややかな声が届いた。


「……陛下、彼女を睨まないで下さい。 萎縮してしまっています」

「!」


 その言葉の冷たさに、私は思わず手を止め反射的に彼を見た。


(え、今のは本当にシャルル殿下が口にした言葉……?)


 私をはっきりと庇ってくれたことよりも、ここまで彼が冷たい口調をするなんて……、それも陛下相手のことだから尚更驚いてしまう。

 案の定、陛下はその冷たい碧色の瞳をシャルル殿下の方に向け言った。


「娘一人に随分な気の入りようではないか、シャルル。

 何にも執着したことがないお前が、まさかそんなことを言うようになるとは」

「……彼女は私の妃ですので」


 シャルル殿下は私をチラリと見てからそう返した。

 すると、陛下はフンと鼻で笑い、「ならば」と口を開いた。


「お前が選んだ娘が妃という立場に相応しいかどうか、見極めてやろうではないか」


 そう言うと、今度は冷たい眼差しを私に向け口にした。


「リリィ、と言ったな。 お前は妃教育を受けていると聞いた。

 我が国の領土についてはもう学んでいるだろう?」

「はい、皇帝陛下」


 矛先が私に向いたことに、緊張が一気に身体を走る。

 陛下に話を振られた場合は絶対に応じるよう言われているため、じっとその言葉の続きを待っていると、陛下の口から衝撃の言葉が飛び出した。


「軍が整い次第領土を拡大しようと思うのだが、お前ならば次はどこの国に攻め入る」

「「!!」」


 その言葉に、私だけではなく目の前にいたシャルル殿下も息を呑んだ。


(それは、つまり)


 開戦を意味する。


「陛下、それは妃に尋ねることではありません」

「黙れ、シャルル。 お前に発言権はない」


 そう陛下はピシャリと言い放つと、私を見て答えるよう促した。


(……どうする)


 陛下の怒りを買わないようにすべきか、或いは上手く誤魔化すか、それとも……。

 考えあぐねる私に、陛下が苛立ったような素振りを見せたところで、私は声を上げた。


「恐れながら、陛下。 私ならば、開戦は致しません」

「何……?」


 私の言葉に、陛下が殺気立つのが分かった。

 それでも、と私は言葉を選び続ける。


「戦争をすることで、敵味方問わず多くの犠牲が出ます。

 その度に嵩む出費、そしてそのことから生まれる反感や憎悪……、それらを加味すると、戦争をすることで生じるデメリットの方が多いでしょう」


 私には、前世で被害者となった記憶がある。

 だからこそ、失われたものの大きさや生まれた憎悪や恨みは分かるつもりだ。

 だから。


「私は、領土を拡大するよりも、国を守り、まとめていくことに専念すべきかと思います。

 荒れている土地には水源を整え植樹をし、飢餓に苦しむ者達には食料の配布や職業を斡旋する。

 戦力を誇示することよりも民の暮らしを改善することで、国が真に強くなるのだと私は思います」

「……」


 私の言葉に陛下は何も言わなかった。

 代わりに拳を震わせ……、刹那、ドンッと勢いよくテーブルを叩いた。

 それにより、陛下の前に置かれていたカトラリーが、音を立てて床に散乱する。


「……不合格だ」


 そう陛下は口にすると、私とシャルル殿下を睨みつけ言った。


「私は、リリィ・フランセルを妃とは認めん!!

 ……戦をしたくないなどと甘いことを言うところはお前とそっくりで虫唾が走る!

 今すぐこの女を妃から外せ!」


 厳しい怒号に、私は固まって動けなくなってしまう。

 そんな私を見て、シャルル殿下は息を吐くと言った。


「……これで分かりました。 やはり、私達は一生分かり合うことは出来ないと」


 そう呟くと、席から立ち上がり私の元まで来ると、私の手を引き立ち上がらせる。

 そして、陛下を真っ直ぐと見て彼は凛とした口調で告げた。


「私は貴方が何と言おうと、彼女以外の妃は考えておりません。

 ……これ以上話し合っても無駄なようですので、これで失礼致します」

「待て、シャルル!」


 陛下の制する声を無視して、彼は私の手を取り足早に歩き出す。

 去り際にもう一度、「お前達の結婚は認めないからな!」という陛下の言葉を背に、私達は部屋を後にしたのだった。

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