3・ マシマシで!
何という事でしょう、私としたことが。
つい感情的になってしまいました。これもまた、カレーの魔力という事でしょうか。これはもう匂いの元を断つしかありません。カレーを食べてしまうしかありません。えぇ、そうですとも。
「マリ、カレー頂きます」
マリを振り切るようにして、大鍋へと、もちろんマリの顔は恥ずかしくて見られません。マリはいったい、どんな顔をしているのでしょうか。ところが大鍋を覗き込むと、私は愕然としてしまいました。
「マリ! 何ですかこれは」
「北インド地方風のカレーです」
何を、いけしゃあしゃあと。
「マリは何を言っているのですか! カレーといえば、大日本帝国海軍式の正統派カレーに決まっています! 柔らかく煮込んだ、豚肉、馬鈴薯、人参、玉葱。それらの具材を優しくも、荒ぶるままに包み込み、鮮烈な芳香を漂わす、蠱惑の味わいのカレールゥ。正に数多ある料理の頂点、王様と言っても過言ではありません」
は! いけません。つい、夢中になってしまいました。
「とにかくですよ、異世界で作る初めてのカレーです。インドカレーではなく……ごめん、マリ」
そうです、何と私は愚かなのでしょうか。異世界にお米が無いのです。いえ、あることはありますが、日本のお米と違う長粒種なのです。マリだってきっと、正統派カレーが食べたいに決まっていますが、日本の米作農家さんの、たゆまぬ努力と、英知の結集により品種改良された、美味しい短粒種の銘柄米が無いから、仕方なくインドカレーを作ったのですね。そんなことも分からずに、食い意地の張ったことを言ってしまいました。と、思いきや。
マリはキョトンとした顔で私を見ています。
あれ? もしかしたら何も考えていなかったのでしょうか、自爆ですか?
「なぜ、マリは北インド地方風のカレーを作ったのですか?」
「羊さんのお肉、いっぱい、もらった」
なるほど、そういう事ですか。在庫管理のミスを、マリに押し付けたのですね。後で請求書を突き返してやりましょう。これはさらりと話題を変えたほうが良いようです。
「ところでですね、マリ。インドカレーに北と南があるのですか?」
と、私が尋ねると。何でしょう? 突然、マリの瞳が輝きだして、鬼気迫る表情です。
「ロキ、南の九州、鹿児島の芋と、いえば?」
「薩摩芋でしょう」
「北は北海道の芋と、いえば?」
「カレーの必需品の馬鈴薯ですね」
「九州宮崎の果物と、いえば?」
「マンゴー、と言いたいところだけど、私はマンゴープリンの方が好きね」
「北海道の果物と、いえば?」
「マリ、それは質問になりません。夕張メロンに決まっています。あぁ、食べたいなぁあ」
「失礼しました。では、九州博多のラーメンと、いえば?」
「豚骨ラーメン、最初の麺はバリカタ、替え玉はカタ、背脂多め、味うすめ、高菜たっぷり。北海道は、札幌味噌バターコーンラーメン、もやしマシマシ」
「全問正解です!」
え! 正解なのですか。ビックリです。
「南北に長い日本といえど、インドは比較にならないほど広大です。北インドは南に比べて気候は若干穏やかなのですが、それでも亜熱帯ですから、暑さはそれなりに厳しいです。しかし、ネパール寄りですと山岳地帯ですから、時期的には極寒まであります。東西南北、それぞれに地域の気候風土、食材に合わせた、特徴のある食文化があるに決まっています」
何でしょう、日頃、無口なマリが、やけにグーイグイ来ますね。
「分かりました。では、北インド地方風のカレーの特徴は?」
いや、ホント、どうでも良いのですけど、聞かなければ許してくれない気がします。
「インドは人口の80パーセントはヒンドゥー教徒なので牛肉食が禁忌とされていますし、北インドは内陸部ですから、新鮮な海産物の流通量が極端に少ないです。ヒンドゥスターン平野の、見渡す限りの肥沃な土地で、羊や、山羊、豚などの放牧が盛んに行われており、これらの肉類を中心にして、香辛料は多用していますが、辛さは控えめで、乳製品を加えた、とろみがあって濃厚でコクのある味わいのカレーが、主流になっています」
面倒くさいですね、何ですか、この自慢げな顔は、そんな事より早く食べましょう。
「北インド地方風のカレーは美味しいのですか?」
「もちろんです!」
お腹が空きました。
「でもまだ食べられません」
空いたお腹が立ちました。




