武島の死
「ふぅぅー」
「はっ」
柔らかいボールが形を不規則に変え、
ネットを超え、
サービスコートに入って、跳ねる。
ボールは形を取り戻し、
後ろのフェンスに転がって行く。
「はっ」
という言葉は意識はしていない
無意識に出るのだ。
朝、5時半。
流石に外は暗く、人気はない。
個人のサーブ練習。
不器用なのでこれくらいしないと皆に遅れを取ってしまう。
特に武島と、立花には。
サーブを打ち、コートを変わりの
繰り返しをしていたら、時間は刻々と過ぎ、
朝日が登り初め
時計の針は上下を向き、6時を指した。
この時間帯でも十分に早いのだが、
武島が、この時間にやってくる。
もし、先輩達にこんなに早く、練習しているのがバレたら恐ろしい事に成りかねない。
6時半が、練習開始時刻なのだから。
既に俺はこのことが先生達にバレ、
生徒指導の教師にマンツーマンの
注意を受けていた。
それでも上手くなりたい。と
思い、
早くからやっている。
そして、武島と乱打(玉の打ち合い)
をした。
さすが、武島だ。
上手いの一言で説明がつく。
そうして、時間は過ぎ、
先輩達も来て、朝練が始まった。
だが、朝練の倍以上の練習時間をこなした、上智にとってそれは短く感じられた。
授業中はただ、黒板をノートに写していた。
耳は授業の話を、
目は外を、
時折黒板に向いた。
移り変わらない景色が、
季節の変わり目に向け、
少しずつ
奇跡を起こしている。
そんな奇跡を見逃したくなくて、
外の景色を目に焼きつけていた。
ここの男子テニス部は打つ前に
学校の周りを2週走らなければならない。
テニスは体力より、瞬発力とスピードが求められるスポーツなのに、
なぜ、短距離ダッシュをしないのか分からない。
入部当時はそれだけでキツかったが、今はどうって事ない。
早く走り終えてテニスをしたい。
その一心だった。
まだ、一年が仮入部期間なので、
コート整備は俺達二年がしなければならない。
これがキツいが、これをしないと
終わった感じがしない。
滝澤は、皆と反対方向なので、
一人早々と帰っていった。
俺も校門を超えればすぐ、皆と別れるため、
野球部とサッカー部の友達と帰っていた。
夕陽が空を照らす中、俺達は帰っていた。
一人はバットを持ち、一人はラケットを持ち、一人は、サッカーボールを蹴りながら帰っていた。
面白い光景だと思う。
家に帰って、服を着替え、スマホをいじった。
やる事をやったら、
ノートを開き、勉強に入った。その時の腕が重いのはいつもの事だ。
上記の事を終えると、外はすっかり真っ暗で八時ぐらいになっている。
夕食を済ませ、風呂に入る。
風呂は髪を乾かす時間を足すと、
一時間くらいかかる。
男子でこれは長い。と言われる事があるのだが、低体温症なので、体温を上げるため長い間、浸かる努力をしている。
低体温症、先端恐怖症、高所恐怖症、赤面症、
と色々な症状を持っている。
一番厄介なのが、赤面症だ。
異性と話せば顔が赤くなり、まともに話せず、代表で喋る時も、顔が赤くなり、声が小さくなる。
これが一番嫌な症状だ。
本当、うんざりする。
その日は大人しくベットに入った。
いつもならゲーム実況の動画を見ながら寝るのだが、
音楽をかけて寝た。
ただ、ただ、眠たかったからだ。
そうして、俺は心地よい眠りについた。
だが、次の日
四時に起きた俺のスマホに届いたメールは信じられない内容だった。
「武島弘和君が、お亡くなりになりました。」
その日の暗い朝は一生明けない感じがして、気づけば、涙が、頬をつたっていた。




