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叛逆の聖女と契約の王子 ―アナスタシア・ノルヴェールの記録―  作者: じょーもん
後編

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25 次なる贄と、神の座

 手帳に記されていたデータは、術式の構文の羅列や、座標の数値、そして私自身の断片的な所感。

 それらを改めて紡ぎ直し、あの祭殿を支配していた魔法体系を復元していく。


 解析によれば、あの建物は二層構造になっていた。

 私たちが踏み込んだ広間が上層だとすれば、それとほぼ同規模の空間が、その真下に存在しているらしい。


 ガルナシオン朝並行期のエルフ文化については、記録の大半が散逸しているものの、いくつかの断片から彼らが太陽を中心とした信仰体系を持っていたことが知られている。


 女王は太陽神の化身として崇められ、太陽の一日の運行がそのまま「生と死、そして再生」の象徴とされていた。夜の間、女王は地上に姿を現さず、黄泉の宮殿に留まる慣習があった――と、読んだことがある。

 ならば、あの地下の空間は、まさにその「夜の宮殿」だったのではないだろうか。


 上層にいたアミラ皇女については――

 あの場で私が分析した範囲以上の新たな所見は、今のところ得られていない。


 あの方は、幾重にも組み込まれた術式によって、人としての尊厳や自我をほとんど奪われ、ただ「装置」として組み込まれている。

 女神から汲み上げられた莫大な魔力を変換し、配分するための中継機。

 そして、女神の自我が不安定になり、外に逸脱しようとした際に抑え込む安全弁――

 それ以上でも以下でもない役割を、静かに、淡々と担わされ続けているのだ。


 もし、アミラ皇女をあの術式群から解放し、ふたたび一個の人間としての生を取り戻させることができたとして――

 果たして、その身体は、生身の人として機能するのだろうか。

 あれほどまでに魔力的な構造を『女神の封印の維持機構』に特化して再構成されてしまった以上、極めて困難に思える。


 それに――彼女を失ったとき、女神がどう反応するのかも、正直言って、予測がつかないのだ。


 女神の方は、表層のみに留まった接触だったため、詳しい実態は未だ掴めていない。

 ただ――私の魔力に接触してきたあの瞬間、まるで飢えた獣のように「次の供物」を求めて伸ばしてきた、あの白い糸。

 あれが、彼女の深層に潜む本性の一端なのだろうか。


 意識の表層にある穏やかな「眠り」と、あの底なしの飢餓感。

 この二重構造そのものが、八百年にわたって無理やり封じ込められてきた「女神」の姿なのかもしれない。


 黒衣の男は、聖女たちを『贄』と呼んでいた。

 制御を必要とする、飢えた女神――。

 私の気配を感じ取った女神は、私のことを「ゴハン」と呼んだ。


 もしかしたら……女神に「食べられた」聖女もいるのだろうか――?


 そして、今もっとも重大なのは――イシュティナさんがあの場に残されているということだ。


 黒衣の男の言葉を思い返すたびに、胸が冷たく締めつけられる。

 このままでは、彼女もアミラ皇女と同じ運命をたどるに違いない。


 ふと、祭殿の奥の壁に並んでいた玉座の群れが脳裏によみがえった。

 干からび、うなだれ、あるいは苦悶に歪んだまま絶命した聖女たちの姿――。

 命尽きても葬られることもなく、ただ並べられていた。


 彼女たちもまた、アミラ皇女やイシュティナさんと同じように、同意なくその座に縛りつけられたのだろう。

 ああ、きっと――同意など得ているはずがない。


 そして、その聖女たちの数だけ、愛し合った王子たちの悲しみもまた、積み重ねられてきたはずだ。


「――あんなの、ひどすぎる。」


 思わず、口から声が漏れた。


「どうしたの?」


 向かいに座っていたユリウスが、手元の書類から顔を上げて私を見つめる。


「……ごめん。ちょっと考え事してたの。」


 私は小さく息を吐く。


「あの祭殿の――聖女たちのことを思い出してたの。

 死してなお、あんな姿のまま玉座に縛られて……。

 きっと、彼女たち、本当はあんな形で座らされたくなんかなかったはずなのに……。

 王子のそばに帰りたいって、ずっと、思ってるんじゃないかなって……そう思ったら、急に胸が苦しくなってきた……」


 ユリウスは静かに頷く。


「……そうだろうね。彼女たち一人一人に、身も心も捧げた王子がいたはずだ。その思いを踏みにじって、あんな仕打ちをしてきたのかと思うと……確かに、胸に迫るものがある。」


「ねぇ……」


 思わず声が漏れた。私の中で、ある考えが一気に形を成してゆく。


「アレヴィシアが姿を消したのは、ヴァルトリア朝の成立直後……よね?」


 ユリウスが小さく頷くのを確認して、私はさらに言葉を重ねた。


「もし……もしもよ?

 王子による聖女の召喚制度が、そもそも――王子の魔力増強とか、婚姻とか、そういう表向きの目的のためじゃなくて……

 最初から、女神に捧げる『贄』を確保するための制度だったとしたら?」


 自分で口にしながら、背筋に冷たい汗が伝うのがわかった。


「女神の構造自体が、常に“供物”としての聖女を必要としている。

 だから、一定周期で贄を呼び続けないと封印が安定しない。

 それが制度として固定化されたのが――今の聖女制度なんじゃないかしら……」


 言いながら、私は自分でも驚くほどの勢いで思考を深めていく。断片だった情報が、次々と一本の線に繋がり始めていた。


「そうよ……あの黒衣の男――たぶんあの祭殿の管理者。もしかしたら、この魔術体系そのものの設計者かもしれない。あいつが言っていたのよ?」


 私は興奮のあまり、手帳を叩いて言葉を続けた。


「『所詮、聖女を召喚するためだけの器官――王子。

 そして、女神の贄として作り変えられる聖女。

 その役割に過ぎぬあなた方には、ね。』

 ね? もしあいつがこのシステムを作った存在なら――この言葉が、この制度の真実よ!」


 ユリウスが、苦しげに息をのんだ。


「だったら……ルキアスや僕も……聖女を“贄に差し出す”ために召喚したっていうのか……?」


 怒りと愕然が入り混じった声。

 私はわずかに唇を噛み――でも、もう後戻りできないと思った。


「……少なくとも、制度の本質は、そこにある可能性が高いわ。」


「……っ」


「だって、考えて。あれだけ生殖を保証して子孫を残させることに執着しておきながら、跡継ぎの第一王子だけじゃなく、末端の王子まで“王子の男子は全員召喚できる”制度なのよ?

 もし単純に王統を保つのが目的なら、そんなに大量の聖女を呼ぶ必要なんて、ないじゃない。

 きっと―― 贄の予備を、常に確保しておく必要があったのよ。」


「……そんな……!」


 ユリウスが、わずかに顔を歪める。


 私の頭の中に、次々と記憶の断片が駆け巡る。


 イシュティナの棺にすがり続けたルキアス殿下。

 祭殿の奥に並ぶ干からびた聖女たち。

 白目を剥き、叫ぶアミラ皇女。

 捕らえられ、封じられていくイシュティナさんの姿――


 だが、そこでは終わらなかった。


 まるで誰かの記憶が流れ込むように、何十人もの聖女の慟哭、何十人もの王子の絶望が――私の中に押し寄せてくる。


 胸の奥が、きゅうっと痛んだ。


 こんな仕組み、こんな犠牲……!


「ねぇ……ユリウス。」


 私は自分でも気づかぬうちに、言葉を発していた。


「この悲しみの連鎖……私たちで、終わらせられないかしら……」


 沈黙。


 ユリウスは、まるで一瞬息を止めたかのように固まった。

 凍りついた瞳が、私を見つめる。


「え……?」


 その小さな声は、戸惑いとも、戦慄ともつかぬ響きを帯びていた。


「私たちは、アレヴィシアだったものを『女神』と呼んで祭り上げているけれど――実際のところ、あの存在は地下の玉座に縛られたまま、封印された聖女を介して魔力を吸い上げ、王侯貴族に配り続けているだけ……ほとんど魔力炉のようなものよ。」


 私は自分でも驚くほど冷静に言葉を重ねていく。


「もし、彼女を解放したら――当然、王侯貴族の魔力の弱体化が起こって国防にも影響する。聖女召喚の儀も行えなくなり、王統もやがて途絶えていく……。そうなったら、リューセイオン王国そのものが揺らぐわ。」


 ユリウスの瞳がわずかに揺れた。


「だけど、逆に考えれば――」


 私は胸の内に沸き上がる戦慄を押し殺して、言葉を続けた。


「封印の聖女が必要ない“女神”に、挿げ替えればいいのよ。」


 ――ほんの一瞬、ユリウスが息を呑む音が聞こえた。


「たとえば――」


 私は手帳をそっと閉じた。


「最初からこの国に生まれて、人間として適応し、豊富な魔力を持っている私が。もし、その座に就けたなら……」


 自分の声がわずかに震えていたのを、私は気付いていた。だが、止まらなかった。


「それなら――贄も、犠牲も、もういらなくなる。」


 静寂が落ちた。


 ユリウスは、まるで言葉を探すように、しばらく口を開かなかった。




 その時だった。


「っっ」


 頭に、片頭痛のような痛みが走る。


「どうした、アナ?」


 慌てた様子でユリウスが声をかけてくる。

 が、私は返答できない。


 頭痛は次第に強くなり、視野が回って狭くなる。


 私は頭を手で覆い、眼を閉じて、うつむいた。

 閉じた瞼の裏に、白い女の像が結ばれる。


 ――女神の神殿の地下に座す――アレヴィシアの姿だった。


『ワタシノ……ゴハン……ハヤク……タベタイ……マリョク……オイシイオイシイ……』


 彼女は、私の身体に無数の白く細い糸を突き刺して、魔力を少しずつ、でも確実に削り取りながら、真っ黒な瞳で見つめていた。


「きゃぁぁぁぁぁっっっ」


 叫んで身をよじり、我を取り戻して接続を断つ。

 肩で荒い息をつきながら、何とか眼を開けると、心配そうなユリウスと目が合った。


「……女神に……マーキングされたみたい……」


 私はまだ震える声で言葉を絞り出す。


「身体に……白い糸が……根を張ってるの。私の魔力に直接、触れて……少しずつ、吸われてる感じ……」


 ユリウスは目を見開いた。


「……糸が根を? そんな直接的な侵食……! でも、王城には結界が――」


 私はゆっくりと顔を上げ、必死に冷静を保とうと努める。


「女神は例外なのよ。たぶん、術環を通じて、私たちは常に女神と繋がっている。王城の防御も、あの繋がりまでは遮断できないの。」


 脳裏に、あの黒く塗りつぶされた地下広間と、白く光る女王アレヴィシアの姿がよみがえってくる。


「――きっと、マーキングされたのはあの時。私が鑑識術式で“深淵”に接続した瞬間、彼女に私の魔力の匂いが記憶されたのよ。今もずっと、細い糸で繋がれている。」


 ユリウスの表情が青ざめる。


「……放っておいたら、アナ……君が、少しずつ消耗していく?」


 私は静かに首を振る。


「まだ本格的じゃない。ごく細い糸が、少しずつ試しに伸びてきてる感じ。でも――」


 言葉を区切り、唇を噛んだ。


「――このままだと、私は“次の贄”にされる。いずれ必ず。」


 短い沈黙が落ちた。


 やがて私は顔を上げ、まっすぐユリウスを見据えた。


「だから――ユリウス。」


 はっきりと言葉を紡ぐ。


「私、もう決めた。このままでは、イシュティナさんも、ルキアス殿下も、誰も救えない。

 ならば……私が、神の座に上がる。」


 ユリウスは目を見開いたまま、今度こそ完全に言葉を失っていた。

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