表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
叛逆の聖女と契約の王子 ―アナスタシア・ノルヴェールの記録―  作者: じょーもん
後編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/32

24 封じられた記憶と偽りの葬儀

 雨の降りしきる中、私とユリウスは喪服に身を包み、花を手に献花の列に並んでいる。


「まだ契約からひと月も経っていないのでしょう?」


「残されたルキアス殿下がかわいそうで……」


「でも、契約は成っているのだから、ルキアス殿下の命だけは助かるのでは――」


 参列した貴族たちが、ひそひそと噂している。


 祭壇の前。純白の棺には、すでに蓋が閉ざされていた。

 その傍らで、ルキアス殿下は棺にすがりつき、肩を震わせている。


 王子としても人気が高く、騎士としても優れた実力を持つ。

 イシュティナさんを聖女に迎えてからは、精力的に魔物討伐に出向き、国民の支持も厚かった。


 そんな彼が――人目もはばからず泣き崩れている。

 その姿は、参列者たちの同情を誘っていた。



 ――イシュティナさんが亡くなった。


 契約の儀から、まだ半月ほど。

 ルキアス殿下の悲しみは、察するに余りあるもので――


 ……あれ?


 イシュティナさんの遺体は損傷が激しく、棺は最初から閉じられていると聞かされていた。


 ……あれ?


 彼女の訃報を受け取ったとき、私は仲の良い御令嬢方とアフタヌーンティーを――


 いや、楽しんでいるはずがないじゃないか……!


 違和感が、じわじわと背筋を這い上がってくる。


 今この瞬間。私が私だとはっきりわかる、せいぜいここ数分間。

 それしか信用ならない。


 だって――


 イシュティナさんの訃報が届いたその日の朝からの記憶が、まるで私らしくないのだ。


 私は刺繡をしていた、らしい。


 ユリウスのハンカチに、彼の紋章を刺繍して――できるわけがない。

 私は、それはそれは前衛的な刺繍しかできないのである。


 御令嬢方と優雅にアフタヌーンティー? あり得ない。

 私には、そういう「女友達」などいない。


 逆に、私がしそうな記憶が一切残っていない。


 術式の解読も、一つもしていない。

 古文書の訳も、一文字もしていない。

 論文だって……何も、書いていない。


 献花の列に並びながら、私は内心、驚愕と恐怖に飲み込まれそうになるのを必死にごまかしていた。


 何も気づいていない振りをして、その場をやり過ごす。

 けれど、その間も頭の中では、激しく思考が駆け巡っていた。


 ――記憶が、改ざんされているのでは?


 そう辿り着いた瞬間、胸の奥にひっかかる違和感が膨れ上がる。

 まるで、ものすごく大切な何かを忘れているような――そんな確信だけがある。


 私はセレノア宮に戻ると、そのまま自室へ直行し、自分の手帳を開いた。


 何か、手がかりが残っているかもしれない――


 その瞬間だった。


 封じられていた記憶が、一気に逆流するように溢れ出してきた。


 私は確かに、ルキアス殿下とイシュティナさんから『原初の森』の奥にある『女神の祭殿』の調査を依頼された。

 そこに、イシュティナさんの敬愛する主君――アミラ殿下によく似た人物が座していた。

 ユリウスも加わり、私たちは秘密裏に祭殿へ赴き、アミラ殿下を通して――女神に触れた。


 ……そして、あの黒衣の男が現れて――


 ――そこから先は、思い出せない。


 思い出せたのは、そこまでだった。

 その先の記憶は、まるで黒く塗りつぶされたように空白のまま。


 気が付けば、私は――イシュティナさんの葬儀に並んでいたのだ。


 私は、自室を飛び出し、ユリウスのもとへと駆けた。


「ねえ、ユリウス! ここ五日くらいの記憶、何か変だと思わない? 大事なこと……忘れてる気がしない?」


 彼の部屋の扉をノックもそこそこに押し開けると――ちょうど彼は着替えの途中だった。


「わっ、アナ、なに急に!?」


「ご、ごめんっ! でも、本当に大事なことなの!」


 息を弾ませながら彼に近づき、その瞳をのぞき込む。


「……ずいぶん情熱的だね……どうしたの?」


 ユリウスは頬をわずかに染め、照れたように微笑んだ。

 なにか勘違いしているらしいけれど、こっちは色っぽい話どころじゃない。


 ――やっぱり。瞳の奥に、かすかな“魔法の痕跡”がある。


 それは、記憶操作系の精神魔法を受けた者にだけ現れる、特有の光のゆらぎだった。


「私たち……記憶をいじられてる。ちょっと待って、今、解呪する。」


 そう言って、私は彼の額に手をかざし、いくつかの精神系術式を編み上げていく。


 ユリウスは最初、きょとんとした表情を浮かべていたが――


 術が効き始めると、驚愕と怒りとがないまぜになった表情が、彼の顔を塗り替えていった。


「ちょ……ちょっと待ってよ……祭殿はどうなった? イシュティナ嬢は? なんで僕たち、彼女の葬式に出てたんだ?」


「やっぱり、そのあたりの記憶が抜け落ちてるのね? 私も同じよ。」


 私は小さく息を吐いて説明を続けた。


「自分の記憶に不審な点を感じて――実はね、術式魔法研究学会に入ると、みんな記憶操作系の魔術に対抗する仕掛けを、自分のよく触る持ち物に組み込んでおくのが慣例なの。百年くらい前、学会の重鎮が自分と弟子たちに記憶操作の魔術を無意識にかける不正事件があって……まあ、それは余談だけど。」


 少し肩をすくめる。


「とにかく私は、自分の手帳を開くたびに、記憶操作系の術式が解除されるようにしておいたの。さっき手帳を開いた瞬間に、一気に記憶が戻ってきた……」


「やっぱり、あの黒衣の男……だと思う?」


 私たちは、祭殿で出会ったあの男を思い返す。

 赤黒く禍々しい、見たこともないような魔力――一度見たら忘れようもない。


「あいつ以外に考えられない。口ぶりからして、どうもあそこの管理者らしいけど……私やイシュティナさんの名前まで知ってた。あそこに住み着いているわけじゃなく、外の事情も把握してるってことよ。」


 私はそう言いながら、持参した手帳を開いてソファーに腰掛けた。


「……あの……アナ? 俺、着替え中なんだけど……」


「ええ、構わないわ。見てないから、どうぞ着替えて?」


 少しだけ間を置いて、素直な気持ちを口にする。


「――一人でいるの、今は……不安なの。」


 その言葉に、ユリウスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに柔らかな微笑を浮かべ、いそいそと着替えを再開した。


 その間に、私は手帳を見返していた。

 ユリウスがすぐ近くにいると、安心できるのは本当だった。もしひとりきりで部屋にいたら、不安と恐怖に押し潰されていたかもしれない。


 手帳の中身は――あの男が現れる直前のままだった。

 自動筆記にしておいたアミラ殿下や、女神――アレヴィシアの解析データも、ちゃんと残っている。


 着替えを終えたユリウスは、私の隣に腰掛けると、そっと肩に手を回し、身体を寄せてきた。

 私の不安を察して、優しく寄り添ってくれるのが伝わってくる。……嬉しい。少しだけ、胸があたたかくなる。


「手帳に解析を自動筆記させておいたのは、どうやら気づかれてなかったみたい。

 そもそも私なら絶対やらないような、貴族令嬢の典型みたいな記憶を植え付けてきた時点で、あの男、私のことをそこまで詳しく把握しているわけじゃないのよね……。監視までは、されていないと思いたいんだけど。」


「監視系の魔法なら、その点は安心していいよ。」


 ユリウスが少し柔らかな声で答える。


「王城一帯には、そういう外部からの魔法は全部無効化される結界が張られてる。例外は、身の潔白を示す時の自己開示系の術くらいだね。それだって、陛下の許可が必要なくらい厳重だから。」


「そう、ならいいんだけど……で、これからどうしよう。

 とりあえず、『女神の祭殿』で取ってきた解析結果を精査したいけど……ルキアス殿下の記憶は、どうする?」


 私は言いかけて、思わず言葉を詰まらせた。


 脳裏に、あの葬儀の場面がよみがえる。

 イシュティナさんの棺にすがり、声もなく肩を震わせるルキアス殿下。誰も彼を引き離すことができず、なかなか埋葬の儀が進まなかった。


「今夜は王宮の方に泊まってるんだよね?」


「うん。イシュティナ嬢の訃報が届いてからずっと、ルキアスは棺の傍を離れようとしなかったからさ。今日はさすがに父上母上両陛下とカシアン兄貴が心配して、王城の方に引き取ったって聞いたよ。」


「そう……だったわね。彼の記憶はこちらに戻ったら解くとして、それまでに解析を終えて、今後どう対応するか考えた方が良さそうね……」


 私は、そう言いながら考えを巡らせていた。


 ルキアス殿下の――あの常軌を逸したような悲しみ方。あれが、聖女を失った王子の姿なのだろうか。


 ……けれど、違和感がある。

 あのルキアス殿下なら、たとえイシュティナさんが亡くなっていたとしても、最後にもう一度、その姿を確かめて、せめて一度は口づけのひとつも交わそうとするはずだ。

 それなのに、棺の蓋を開けようとする気配すらなかった。


 ――あの時、彼もまた、私と同じように偽の意識で操られていたのだろう。


 イシュティナさんは、あの棺の中にはいなかった。

 いるはずがなかった。

 きっと今も、あの冷たい玉座のひとつに座らされて、彼女の敬愛する主君とともに、女神を封じる役目を担わされているのかもしれない。


 ルキアス殿下は、今夜――

 聖女を失ったという悲しみの中から、少しずつ立ち直り始めるかもしれない。


 彼は強い人だ。きっと、この喪失も、いつか乗り越えていくのだと思う。


 でも――


 イシュティナさんが本当は生きてるって伝えて、協力を仰ぐ?

それとも、黙ってて成功したら伝えようか?


 イシュティナさんを本当に取り戻せるのか。今の私たちには、それすらわからない。

 もし、僅かな希望を抱かせたうえで、また裏切ることになったら……

 その時こそ――彼は本当に壊れてしまうかもしれない。


「アナ?……言っとくけどさ。ルキアスには、いずれ本当のことを伝えた方がいいと思うよ?

 もちろん、伝え方とタイミングは、ちゃんと考えた方がいいと思うけどね?」


 ユリウスは、私の顔を覗き込んで、静かに言った。


 ――本当に、この人は……私のこと、何でもお見通しだ。


「そうね……それなら、なおさら急いで分析しなくちゃ。

 ――ねぇ、ユリウス。私、しばらく……ここにいてもいいかな。

 やっぱり、一人でいるの、ちょっと怖いの……」


「もちろんだよ、アナ。何なら、ベッドも一緒にする?」


 彼は冗談だとわかる声音で、軽く笑った。


「ふふ、それでもいいわよ?」


 私もわざと乗ってみせる。


「冗談だよ。まあ……ベッドは広いし、一緒に寝てもいいけどね。

 君の純潔はちゃんと守るから、安心して。」


 微笑むユリウスに、ほんの少しだけ悔しくなる。


 ――手、出してもいいんだけどな……。


 思ってしまった自分に、苦笑混じりの自己嫌悪が湧き上がる。

 私はわざと視線を落として、手帳の記載に集中するふりをしたのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ