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叛逆の聖女と契約の王子 ―アナスタシア・ノルヴェールの記録―  作者: じょーもん
後編

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20 誰にも強いられずに、あなたと

 侍従や侍女たちは寝室の扉が半開きなことに訝しがりながらも、とうとう私たちの間に何かあったのだろうと、起こさないでそっとしておいてくれた。

 しかし、昼過ぎに目覚めて、軽食と湯あみの用意を頼んだ私たちが、昨日の盛装のまま、憔悴した様子だったことに彼らも慌てだす。それでも、私たちが仲睦まじいと判断して、ひとまず安堵しながらも、何があったのか不思議そうな様子は隠しきれていなかった。


 身体は――今のところは落ち着いている。

 昨夜ような焦燥感はないし、ユリウスと肌が触れ合っていても、心地よい安心感だけがあった。


 でも……いつ、再び、昨夜のようになってしまうか、わからない。

 食事と身づくろいを終えたころには、陽はもう傾いていた。


 私は必死で、覚えている限りの詠唱や構文を紙に叩きつけるように書き出した。

 とにかく、術式の全貌を解明して、現状自分たちの身体にどのように作用しているのか、効果はまだ続いているのか、続いているなら、どう対応すべきなのか――考えることは山積みだった。


 召喚の魔法陣や術式と違って、視認阻害の術はかけられていなかったのが幸いである。


 ユリウスは、その間も私の傍にずっといてくれて、なんでも契約の儀の後2、3日は休みを取っていいらしい。


「ああ……表面上は、なるほど……王子との魔力接続に、属性の共有を目的とした王子聖女ともに、平均化を行っている……それに関わる構文がこれで――」


 昨夜一度書き出したものを再び描く。

 偏光を再現する魔力研究用の特殊インクを使えば、術式の隠された層を抽出しやすくなる。

 昨夜より、はるかに手応えがあった。


「――王子も、聖女も……体組成の再構成としか考えられない構文が含まれている……外見や思考回路に関わる部分の発動には、何らかのトリガーが必要みたいね……場合によっては、根本的に作り変えられてしまっていたわけか……」


 自分で言いながら、このような得体のしれない術式に、神殿からのお墨付きがあったとはいえ、身を任せてしまったことに、今更ながら戦慄が走った。


「トリガーに関係なく作用する再構成部分もある……魔力の同調と属性の共有に絡めて……

 えっ、ちょっと待って……えげつない。これ、生殖に関わる臓器、聖女側はほぼまるごと再構成されてる……王子の側も、いじられてる……何が、目的……?」


 ――もう。

 他人事みたいに分析していないと、冷静ではいられなかった。


 私の“女である象徴”の臓器が、構造ごと作り替えられていた。


 私は、自分が“女である”ということに、強いこだわりがあったわけではない。

 けれど――

 いつかすべてを許せる相手と、次代を育むだろうその場所を、こんなふうに、同意もないまま、“制度の都合”で変えられていたなんて。


 知らされず、選ばせてももらえず、ただ“最適化”されたという事実が、胸の奥に、鈍く重くのしかかる。


 王子側の再構成を見れば……目的は明らかだった。

 子種の選別。

 ――オスとしての“機能”に、優れた個体を産ませるための、精密な調整。


 何かに都合のよい形で。

 魔力か、属性か、それとも――「制度の都合」で。

 意図をもって“王子”を生み出させようとしているのだ。


 つまり、王子と聖女は、魔力と属性を共有して国防に寄与するだけじゃない。

 次の王子を生み出すこと――それもまた、“義務”として課されている。


「……やっぱり。性衝動誘導、快楽受容強化……さらに、意思決定回路への干渉……」


 ――ほら。ここまで徹底して、“早く子を作らせる”構造になっている。


 婚姻の儀まで、清い関係でいられた王子と聖女が、果たして何組あったのだろう。

 聖女召喚の魔法陣を解析したときにも――この制度の根底には、王子や聖女の“ロマンス”や“恋心”を弄ぶ術式が隠されている、そんな構造が組み込まれていることに、気づいていたはずなのに。


 改めて思い知らされた。これは恋でも、ましてや愛なんかじゃない。

 これは――制度に埋め込まれた“発情装置”だ。


 王子妃や王妃となった聖女が、もしも子を成せなかったとして――

 そのことで肩身の狭い思いをしないように、あらかじめ“生殖機能を整えておく”。

 それは、女神からの恩情……そう考えることも、できなくはないのかもしれない。


 ――一瞬だけ、そう思おうとしてみた。


 でも、無理だった。


 そんなふうに解釈するには、この術式はあまりにも冷たい。

 合理的すぎて、人の心がどこにもなかった。

 王子も、聖女も、まるで実験動物か何かのように、“最適化”の対象として扱われている。

 構文の隅々から、そんな意図が透けて見える。


「大丈夫?」


 黙り込んだ私に、ユリウスがそっと声をかけてきた。

 私は無意識に、自分の下腹部に手を当てていた。

 その手と、私の顔を交互に見ながら、彼の眉がわずかに寄る。


「……で、何かわかった?」


「――私も、あなたも……男児を産むのに、最適化されてた」


「……は?」


 あっけにとられたような声が返ってくる。

 私も、言ったそばから後悔した。言い方ってあるだろう、アナスタシア。

 でも、いまだ頭の整理が追いつかなくて、思わず口をついて出てしまったのだ。


 固まった彼の顔を見て、ようやく彼が本当に知りたかったことに気づく。


「あ、えっと……たぶん、今後もちょっとは、ああいう衝動……あるかもだけど、昨夜ほど激しくはならないと思う。うん。構文の反応は落ち着いてきてるし……」


 精一杯フォローしたつもりだった。

 でも、ユリウスの表情は、なんともいえない微妙なものになっていた。


「男児を産むのに最適化って……どういうこと?」


 ユリウスの問いに、私は思わず口ごもる。

 ……でも、言わなきゃ。聞かれたからには、答えないわけにはいかない。


「えっと……文字通り、なんだけど……

 私の卵巣とか、子宮とか……あと、その、あなたの精巣も……再編成されてて……

 その、つまり……お互いの生殖器官全体が、“妊娠”、しかも“男児の妊娠”に最適化されてるの。

 だから、昨夜、もし……そういうことしてたら……たぶん、確実に――」


 自分で何を言っているのかわからなくなって、耳まで熱くなる。


「……男児、身ごもってた……としか、考えられない構文だったの……っ」


 ユリウスは目を見開いたまま固まり、次の瞬間には両手で顔を覆った。


「ちょ、ちょっと待って……あけすけすぎ……言い方……!」


 頬を真っ赤に染めながら、指の隙間からこっちを見てくる。

 私も思わず俯いて、床を見つめたまま、申し開きをする。


「ご、ごめん……。私も混乱してて……頭で言葉を止める前に、口が……」


「……とりあえず、昨日以上のことは、もう起こらないってことでいいんだよね?」


「ええ。たぶん……大丈夫よ」


 私がそう答えると、ユリウスはふうっと長く息を吐き、ほっとしたように私を抱きしめてきた。

 その腕は、優しくて、温かくて――でもどこか、少しだけ震えていた。


「昨日くらいなら、俺は耐えられる。

 ……これからも、君を守れそうで、うれしいよ」


 その言葉に、私もなんだかうれしくなって、彼の手にそっと自分の手を重ねた。


「うん……ありがとう。

 いつか、その時が来たら……やさしくしてね」


 私が彼の方へ身体を向けながら言うと、ユリウスはちょっとだけ不満そうな顔で笑った。


「……また俺を試してるでしょ」


 そう言って、彼は静かにキスをくれた。


 彼のキスは、とても静かで、とてもあたたかかった。

 私は目を閉じ、ただその温度に身を預けた。

 世界がこんなにもやさしくなるのなら――

 本当に、“自分の意思”で、彼にすべてを預けられる日が来るのかもしれない、と思った。

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