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18 契約の光に包まれて、誓いと疼き

 いよいよ、待ちに待った契約の儀の日がやって来た。


 朝食を済ませると、私はユリウスとともに馬車に乗り、中央神殿へと向かう。

 儀式の本格的な身支度は、神殿で整えるのが慣例なのだという。


 通された聖女の控室は、今後も儀式のたびに使われる部屋だと説明された。

 聖女とは、男子王族の契約相手であり、中には正妃や王太后に列せられる者もいる。

 控室の調度は、それにふさわしい格式と美しさを備えていた。


 七日ほど前、ルキアス殿下とイシュティナさんも契約の儀を済ませていた。

 数日前にお茶をご一緒した際、イシュティナさんはこの控室の美しさについて熱弁しており、

「刮目すべし」

 と、なぜか力強く念押しされていたのを思い出す。


 私は、ユリウスが贈ってくれた清楚な法衣に袖を通した。

 繊細な刺繍、魔力を帯びた銀糸、肌触りの良い布地――手間も技術も、そしてきっとお金もかかっているとわかる逸品だ。


 鏡の前で一回転して裾の流れを確かめていると、侍女がパリュール(アクセサリーセット)を持ってきてくれた。

 ティアラ、イヤリング、ネックレス――すべてユリウスから贈られたものだ。

 銀の台座に、私の魔力量の座を示す深紅のルビーが嵌め込まれている。


 うん、なんだか……聖女っぽく見える、かもしれない。

 というか、全身ユリウスに贈られたもので飾られていて……

「私はユリウスの女ですよー!」って主張してるみたいで、ちょっと、いや、かなり気恥ずかしい。いや、実際そうなんだけど……。


 支度が整ったのを見計らったように、扉がノックされた。

 入ってきたのはユリウス。私の姿を見て、満足そうに微笑む。


「アナスタシア、すごく似合ってる。綺麗だよ」


 手放しで褒めてくれる彼に、つい、


「……馬子にも衣装と言いますか」


 と、照れ隠しの憎まれ口が出てしまう私は、今日も通常運転である。


 ユリウスの姿を見れば、今日は盛装ということで、王子としての威厳に加えて、第一騎士団団長という肩書を反映させた騎士服を纏っていた。


 ――かっこいいなぁ……


 あまりに似合っていて、思わず心の中でそう呟くと、ユリウスがふっと噴き出す。


「アナ、今、俺のこと惚れ直しただろ。表情出すぎ。……抱きしめていい?」


「……だめよ。せっかく綺麗にしてもらったのに、崩れちゃうでしょ」


 抱きしめようと近づいてきた彼の胸を、私は手のひらでそっと押し返す。


 ユリウスは苦笑しながら、その手を取って指先にやさしくキスを落とすと、すっと立ち位置を変えてエスコートの構えを取った。


「残念。……でも、そろそろ時間だし、行こうか」





 大聖堂の扉が重々しく開き、判定の儀も取り仕切ってくださったオクタリウス神官に先導され、花道を進む。

 花道の左右には、参列者たちが並んでいる。祭壇に向かって右側には、王族や高位貴族、私の親族(姉は除く)が、左側にはユリウスの親しい友人や騎士団の人、私の関係者としてミルドア先生をはじめとした術式学会関係者が並ぶ。


 騎士と学者……なんかすごい空気だな……


 そんなことを考えながら、大聖堂の中央に用意された舞台に上ると、参列者は水を打ったように静かになった。


「皆々様、本日はご参列、誠にありがとうございます。かかる日を迎えられしこと、神々のご加護と聖女の御導きに深く感謝申し上げます。今ここに、第三十代国王ラインハルト陛下の御子、ユリウス・ヴァルトリア王子と、その聖女、アナスタシア・ノルヴェール様との『契約の儀』を、厳かに執り行います。」


 先日のルキアス殿下の時と同じように、オクタリウスが挨拶を述べると、『契約の儀』のみで歌われる聖歌が、神官たちによって女神に捧げられた。


 やがて、儀式はクライマックスに差し掛かり、複数人の神官による術式の詠唱へと移った。私は足元に広がる魔法陣や、神官たちが唱える呪文の構文を、必死で追う。ルキアス殿下たちの時には、足元の魔法陣は見ることができなかったし、詠唱だって、重層過ぎて全部は追いきれなかった。

 今度こそ!王朝成立以来の秘儀、一つももらしてなるものか!

 意気込んで目を皿のようにしていたら、ユリウスが不満そうに私のあごに指をかけて、顔を上向かせた。


「アナ?君は誰と契約するのかな?術式に夢中になってないで――俺に集中して?」


「ご……ごめんっ」


「まあ、君が興味を惹かれるのは、わからないでもないんだけどね。でも、構文や術式なら、君のお友達らが記録してくれているだろうから……」


 ユリウスはクスリと笑って、私の両手を取って向かい合わせになる。


「アナスタシア……俺は、君を一生かけて愛し守るよ。だから、俺の聖女になってください。」


 ユリウスが、穏やかな笑みを湛えながら、私を見つめていった。


「……ずるいなぁ……こんな状況で、ずるいよ……」


 私は、素直になれないままだったけれど、ユリウスに甘やかされながら溶けてしまうそうな気持になりながら言う。

 ――ああ、なんか今日は、一段と、ユリウスがかっこよく見える……


 契約をする、ということは、平たく言えば王子と聖女の魔力を繋ぎ、属性を共有して安定させること。

 召喚の儀を行うと、王子の魔力はなぜか不安定になり、最悪の場合は死に至る。しかし、契約の儀を無事執り行えれば、召喚の儀を経て属性や魔力を強化させた聖女とその魔力を共有することになり、王子の魔術は実質的に強化される。

 死か、強化か……デッド オア エンハンス。うん、世知辛い。


「アナスタシア、君の答えを聞かせて?」


 こんな時だけ、私をフルネームで呼んで、ずるい。

 ああ、もう……詠唱されてる呪文も、床の魔法陣も目に入らない……


「……こうして、ここにいるのが、答えだけど?」


「そんな風に逃げないで、言葉にしてよ……」


 詠唱が佳境に差し掛かったのか、足元の魔法陣が青白く光る。

 ユリウスが甘えるように、額と額をくっつけてきた。

 彼の後ろに、美しい魔法陣が浮かび上がるのがちらっと見えた。

 契約の儀では、王子にはその人生や信条を表した魔法陣、聖女にはその聖女を表す象徴が形となって現れると言われるが……私の後ろには、きっと魔法陣が浮かんでるに違いない。


「……うん……一緒にいてくれる?こんな私だけど……」


「いいよ。もちろん」


 ユリウスが微笑んだその時――


 光がはじけて、自分の中の魔力がユリウスと同調するのを感じた。

 身体の中を駆け抜けて行くのは、彼の魔力か、同調の魔術か――

 なぜか押し寄せる多幸感に押し流されて、分析どころではない……


 参列者たちが感嘆と祝福を口々にする。

 やがて大聖堂は歓声に包まれた。


「ここに、王子ユリウス・ヴァルトリア殿下と、聖女アナスタシア・ノルヴェール様との契約、厳かにして無事、結ばれましたことを宣言いたします。」


 オクタリウスが宣言を述べると、歓声はさらに大きくなった。




 参列者を見送って、控室で着換えて、馬車でセレノア宮へ戻る道すがら……


 私は自分の身体の異変に、少しづつ気が付いていた。


 なんだろう……妙に心拍数が上がって、顔がほてるし、馬車のがたがたという振動が体に伝わるたび、変な疼きを感じる……

 向かいに座ったユリウスも、なぜか言葉少なく、少し赤い顔でまるで私から目をそらすように窓の外を見ていて、足を組んで不自然なほど微動だにしない。


 胸に迫ってくるのは、妖しげな焦燥感……自分の吐息にすら背筋が震える。


 おかしい。


 明らかにおかしい……


 二人で黙っている間にも、馬車は進んでセレノア宮へと到着した。


 が、なかなか二人とも、馬車から降りるた目に動き出せない。


「ちょっと、ユリウス? さっきから挙動不審すぎじゃない?」


 視線を合わせないし、エスコートの手も差し出さないユリウスにからかい口調で言うと、


「そ、それは……君も、さっきから息荒いよ?」


 と応酬してくる。


「……やっぱり、なんか……なんか、おかしいよね……ドキドキ動機も止まらないし……なんだか顔もほてってる……」


「ああ……でも、降りなきゃ……とりあえず、部屋に帰って落ち着きたい……」


 彼がやっと決意したと空いたドアから先に出て、私に手を差し伸べる。

 いつものように手を取って、馬車を降りようとするが、足元がふらついて、ユリウスに倒れ込んでしまった。


「ひゃっ……」


 彼に抱き留められた身体がはねる。


「可愛い声……」


 ユリウスが一気に獰猛な顔になって、私の唇を軽く奪う。

 それから私を抱き上げたまま一直線にセレノア宮の中へと入ってゆく。


 ……わかる。彼の目指している場所が、わかるよ……


 この展開……連れ込まれるのは、夫婦の未来の寝室だわ!


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