第31話 君の全部にやられてるんだよ
陽代乃の腕を掴む男の手首を瞬間的に掴み、鷹也は腹の底から強い声を出すことをイメージ。
「手を離せ。それ以上は、服を汚したことと関係無い」
「う……ッ?」
そのスゴみに気圧され、男は陽代乃から手を離した。
鷹也はすぐに陽代乃の腰を抱き、その身を隠すようにして半身で男に向かう。
呆気にとられる男だったが、すぐにハッとして、鷹也の胸ぐらを掴む。
ちなみに、腰を抱かれた陽代乃の脳にも鷹也ボイスがビリビリ効いていたが、今そこはスルーする。
「おい! 弟くんはもう帰れよ。いや……助け求められてもアレだし、一緒に来てもらうか?」
「俺は弟じゃない。この子の彼氏だ」
「た、鷹…………ふにゃ……」
よく通る声で強調され、フニャりそうになるが、なんとか踏ん張る陽代乃。
精いっぱいカッコつけたそのセリフに、男たちは顔を見合わせ心底さげすむように笑った。
「弟くんじゃなかったんだ? その身長で彼氏とか、恥ずかしくねーの? 恥ずかしいよなぁ?」
「ウチのカノジョは、そんな低俗なルッキズムで判断するような子じゃないんでね」
掴み合い、睨み合う。
陽代乃はハラハラ半分、うっとり半分、鷹也の後ろで息を呑む。
周りの男はヘラヘラ笑っているだけで加勢する気はなく、どうやらひとりの男が独断で始めたようだった。
「その体格で勝てると思ってんのか? いいから引いとけや。ちょっと借りるだけだ」
「俺のカノジョに手ー出すなら……体格なんか関係無い。やってやるよ!!」
鷹也がよく通る強い声で言い放つと、男は『ひっ』と声を漏らし、後ずさる。
「おいおい、マジ? そんなチビにビビッてんじゃねーよ」
「う、うるせーな! ビビッてねーわ!」
仲間に笑われ、男は完全にカッコがつかない。
悪人らしく逆ギレで鷹也を殴り倒したいと思うが、その声を聴くたび、勝てそうな気がしなくなっていた。
周りの通行人も立ち止まり注目し始め、男はもう『この場から逃げ出したい』までになっていた。
「じょ、じょーだんだよ! マジになんなって。こんな悪人が出てくることもあるから、気をつけろってハナシ」
「……確かに、勉強になったよ。でも、もう俺たちには必要ないな」
「ま、せいぜいほかの悪人に狙われないようにするんだな。ははは……」
そのまま、男たちは人込みの中へ逃げるように消えた。
ホッとひと息つこうとしたその時、抱いていた陽代乃の体が急に重くなり、慌てて踏ん張る。
「せ、先輩!? ちょ……しっかり!」
「ふにゃあ…………ち、致死量……っ」
ガクガクと膝が砕け散っている陽代乃を抱きかかえ、なんとか路肩に移動する。
座るところもないので街路樹に寄りかかり、やむを得なく抱き支え続けるが、それがまた陽代乃をフニャらせた。
「鷹也くん……ありがとね。守ってくれて……」
「守れてた……んですかね? 俺、夢中で……あんなこと言えるなんて自分でも不思議でした」
思い返し、やっと緊張が解けた鷹也は長く大きな溜息をついた。
「カッコ悪いこと言いますけど……我に返った今は『また刺されなくてよかった』と思ってます。退院してすぐまた入院はイヤだもんな……」
「カッコ悪くないよ! そんなことになったら、私の方が立ち直れないよ……!」
想像して泣きそうな陽代乃に、鷹也は柔らかい笑顔で言う。
「ひよの先輩の彼氏でいられて……俺、幸せです」
(あ……私、もたないよ? これ、もう……)
陽代乃の胸の奥がキュウッと締め付けられるように痛み、その瞳からポロポロと涙が溢れてくる。
「わわ!? な、泣かないで! いや、怖かったですよね……もう大丈夫ですから」
(違うよ……好きの気持ちが胸の中で爆発しそうで、切なくて我慢できなくて、涙が勝手に出てくるの)
今、気持ちを表に出せば、こんな街中で言うべきでないことまで全部言ってしまいそうで。
(声だけなんかじゃないってば。私、君の全部にやられてるんだよ)
ただただ涙を流しっぱのまま、陽代乃は無理やり笑顔を作ってみせた。
* *
「なんで助けに行かなかったんすか?」
千鶴は怒りを滲ませた声で、あらためて雅桜に問うた。
「節介の必要はなかっただろう。小埜鷹也は立派に切り抜けた」
実際、事件が起こったタイミングで雅桜は乱入するつもりだった。
が、鷹也が男の腕を掴んだ時点で踏みとどまった。
千鶴は何度も『行け』と要請したが、最後までふたりを見守ったのだった。
「たまたまハッタリが効いたみたいだけど、弱いのは確かなんだから。次はこんなんじゃ済まないっすよ?」
千鶴も『また刺されるんじゃないか』と気が気でなかったようで、瞼に涙が滲んでいた。
「だが、これから先ずっと俺が護衛につくわけにはいかん。小埜鷹也も、それを望まないだろうしな」
「そんなの……綺麗ごとっすよ。命かかってたら、そんなこと言ってらんねーんすから……」
不満そうにブツブツ言う千鶴を横目で見ながら、雅桜はほんの少しだけ口角を上げた。
「……千鶴が兄を大事に想う気持ちはまぁそれでいいが、鷹也には陽代乃の身を任せられる男になってもらわんといかんのでな」
「だから、まだまだ任せられるような男じゃ…………ん? 今、名前……」
「そっちが呼べと言ったんだろう。それとも、カラオケ屋だけの話だったか?」
「い、いや……それでいーっすよ」
予想外のタイミングで名前を呼ばれ、なんとなく気恥ずかしくなる千鶴。
雅桜としては、なんだか妹がふたりになったような気分だった。
「とにかく、戦闘力は低いかもしれんが、心は弱くない男だ。元々、動画配信者でもあるし、度胸はある」
「……わかったっすよ」
渋々納得するような顔で、千鶴は短い溜息。
だが、どことなく吹っ切れたような顔にも見えた。
「しかし、変装しても結局、陽代乃ちゃんは元に戻るし……やっぱ街ブラとかしない方がいーっすね」
「まぁ……それはな。鷹也と組ませると、陽代乃のポンコツは加速する」
ひどい言われようだが、おそらく本人も受け入れるしかない評価だった。
「おうちデートがメインになるか。家は両親ともにあまり居ないけど……陽代乃ちゃんの方もだっけ」
「むぅ……さすがに、そういうお約束シチュエーションはまだ早いのではないか?」




