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第九話・海戦

 "ふぇりー瀬戸"は小さな煙突から黒煙を揚げてかもめ埠頭を出港した。


「大阪……さようなら」


 洋介は南港から見える倉庫や阪神高速に別れを告げた。

 西日本一高いコスモタワーが段々と小さくなっていく。

 ああ、都会から離れていく。大学生活を送った大都会大阪が小さくなっていく。

 洋介は急に寂しさを覚えた。


「愛媛って、どんな所なんだよー」


 物思いにふける洋介の元へ金子がやって来た。


「良い所だよ。温泉もあるしね」


「温泉かぁ。まあ楽しみにしてるぜ」


 愛媛に不安を感じているのはなにも金子だけでは無い。


 清二に無理矢理連れてこられた青年だ。 彼は見ず知らずの連中に半ば誘拐紛いに連れて来られた訳だから不安感も金子の比べ物にならないだろう。

 案の定青年はデッキの隅っこにしゃがみこんでいた。

 そんな彼の事を心配してか、清二が突然全員をデッキに呼び集めた。


「新しい仲間を紹介する。こいつは洋介の友達で名前は…金子君だったかな」


「あっ、そうです」


「そして君は……」


「おっ、俺?」と、青年。


「そうだ、君以外に誰がいるんだ」


 清二が当たり前のように尋ねて来たので青年は少し困惑したようだった。


「清ちゃんは唐突過ぎるのよ」


「いやー悪かった悪かった」

 青年が口を開く。


「あの………俺は…浦野高志(うらのたかし)です。助けて戴いてありがとうございます」


「高志君か、よろしく」


 矢島を筆頭に全員と握手する高志。



 そうこうしているうちにフェリーは明石海峡大橋に差し掛かった。

 普段なら淡路島と本州を往き来する車でいっぱいのこの橋も、閑散としていた。

 本州との往き来が禁止されている為だ。


「おっと、そろそろ準備をしないと」


 清二と矢島は小さな階段を昇り小さな操舵室へと入っていった。

 堀部が洋介に駆け寄る。


「ねえ、荷物を運ぶから3人とも手伝ってくれる?」


「荷物?」と洋介。


「生きて帰りたかったら手伝う事ね」


「未だなにかあるんですか?」


 堀部は「まあね」と苦笑いし「ほら」と海上を指差した。


 堀部の指の先へと目を向ける洋介達。

 その先に見えたものは灰色の物体であった。

 海に浮かぶ灰色の物体と言えばもうお分かりだろう。

 洋介達にも、その物体が何なのか直ぐに分かった。


「おい……冗談じゃねえぜ」


 高志はポカンと口を開けた。



 軍艦だ。いや海上自衛隊のイージス艦と言った方が正しい。


「死にたくなければ、早く手伝ってよ」


 男3人は慌てるように堀部の後に続いた。


 停めてあった中型トラックの荷台に乗り込む堀部。


 その間、イージス艦はどんどん距離を縮めてきている。


「何を手伝えばいいんですか?」と金子。


 トラックからレールを取りだしスロープを作る堀部。


「いまからドラム缶を転がすから下で受け止めてちょうだい」


 堀部はそう答えると、荷台からドラム缶をレールに沿って転がし始めた。


「これ、何につかうんだ?」と高志。



「ドカンとやるのよっ」


 こんな状況の中でも、堀部は楽しんでいるように洋介達には思えた。


 操舵室の窓から清二が大声で叫んだ。


「合図したら、20秒間隔でドラム缶を落とすんだぞ!」


 すると、フェリーの煙突から黒い煙が揚がった。


 加速を始めたのだ。

そして、舵が目一杯右に切られた。

 デッキ全体に突き上げるような振動が走る。


「ようし、今だ!」


 清二の掛け声を聞き、洋介達はドラム缶を転がした。


「それっ」


 ドラム缶はドポンと海へと落ちていった。


 清二が再び「今だ!」と大声を上げる。


 洋介達はその作業を10回も繰り返した。


「あ~つかれたぁ」


しゃがみこむ金子。


 洋介と高志もつられてしゃがみこむ。


「おい、後でビールでもオゴレよ」と、高志が寝転びながら主張した。


 フェリーは今度は左に舵を切った。元のコースに戻ったのだ。


 イージス艦は先ほどフェリーが通った明石海峡大橋をくぐった。


 清二は双眼鏡でイージス艦とドラム缶の距離を目視した。

 手には携帯電話を持っている。


 清二はドラム缶の近くにイージス艦が近づくと携帯のダイヤルし、通話ボタンを押した。


 その瞬間、イージス艦近くで水柱が上がった。


「くそっ!外したか!」



 清二は再び違う番号をダイヤルし通話ボタンを押した。


 今度は上手くいった。

 イージス艦はドラム缶の爆発により船首が僅かに浮き上がった。


 しかし、巨大な船にとっては致命傷では無かったようだ。

今度はフェリーの直ぐ前方で水柱が上がった。


「やる気か!」



 清二はまだ別の番号をダイヤルした。


 すると今度はイージス艦を取り囲むようにして数本の水柱が上がった。

 清二が双眼鏡で確認するとイージス艦から黒い煙が上がっているのが分かった。

 打撃を与える事が出来たのかは分からないが、とにかく、それ以降イージス艦はフェリーを追っては来なかった。



「やったぜ!」と、喜ぶ高志。


 しかし、堀部には気がかりな点があった。

 あの世界最強と言われるイージス艦があんな子供騙しの攻撃で、果たして効果があったのか?


 離れていくイージス艦に目をやる堀部。


 一方操舵室では清二と矢島が海図を元に話し合っていた。


「清ちゃん。俺はこのまま松山に最短ルートで帰るべきだと思うんだ」


「だけどなぁ、もしもの時の為になるべく陸地の近くを通った方がいいと思うんだ」


「瀬戸内海はそんなに広くないから気にすることないですよ」


 確かに矢島の言う通りだった。

 瀬戸内海は狭い海の為、どこを見ても陸地が見えているのだ。


 おまけに島も多いので海上交通の難所も幾つか存在している。

 それに現在、非常事態宣言は大阪府にしか発令されていない為、神戸港や東南アジアへ向かう船舶で海上は混雑している様子である。

 そう、下手に航路をそれると衝突の危険もある訳だ。


「航路通りに進まないと衝突するかもしれませんよ」

「確かに下手に島に寄るのは危険だな」


 清二はバブル時代の杵柄(きねづか)で4級小型船舶の免許を持っていたので、海上交通の複雑さや危険性は十分に熟知していた。


「小松さんのくれた航路通りに行こう」と、清二。


 小松は清二の知り合いで以前は瀬戸内汽船に勤めていた経緯があった。

 この"ふぇりー瀬戸"も小松の計らいで廃船寸前だった所を借りる事が出来たのであった。


「ほんと、小松さんには感謝ですね」


「ああ。そう言えば食料と道具は集められたのか?」

 清二は事前に大阪で集めてほしいリストを矢島に渡していた。


「大体は揃えましたよ」


「例のアレは手に入ったのか?」


「入りましたよ」


 矢島はニヤニヤと親指を立てた。

 清二も眉を上げニコッと笑った。

 そして、未だ見えぬ松山の方を眺めた。




 航海は穏やかであった。


 行き交う船舶、小島、見ていても飽きない風景だった。


 気持ちのよい風に波の音が重なり、洋介達はのんびりとデッキでくつろいでいた。



 この先、どんな困難が待ち受けているとも知らずに。

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