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第十九話・繰り返しの悲劇

 中居市長が奮闘している間、清二達は道後温泉を満喫していた。



 湯船から上がり、浴衣に着替えた一行は、狭い階段を上り三階個室へと戻っていた。


「この団子、美味しいな」金子が串に刺さった団子をパクリと飲み込んだ。

「これは、坊ちゃん団子って言うんだよ」洋介も金子と同じように食べた。

「三色の団子ってなかなか見ないな。普通は一色だろ?」と高志が呟いた。


 この道後名物の『坊ちゃん団子』は、先から抹茶・芋・小豆の三色に分かれており、漱石の『坊ちゃん』に由来を持つ道後で最もポピュラーな菓子である。

 テーブルの上には、その他にもこしあんをカステラで"の"の字に巻いたタルト、全国的にも有名なポンジュースが並んでいた。



「ようし、風呂の後はやっぱりビールだな」と清二が立ち上がった。

「ビールですか?」清二の方を見る高志。

「すぐそこに旨いビールの店があるんだよ」

「それは楽しみですね」

「よし、善は急げだ」と荷物をまとめ始める清二。



 一通り準備が出来ると清二が壁に備え付けのボタンを押した。

すると、直ぐに着物女性がふすまを開けた。



「お帰りでしょうか?」

「支払いはこれで」とカードを出す清二。

「かしこまりました」



 着物女性は、両手でカード受けとり、ゆっくりと襖を閉じた。

「あの子、結構可愛かったな」

 着物女性が去った後で、金子が他には聞こえないくらいで洋介に囁いた。

「こんなご時世によく女の事なんか考えてられるな」

 高志がため息をついた。


 会計が終わると、着物女性の案内で、一階の出口まで案内される。

「それでは、またお越しくださいませ」出口の前で、お辞儀をする着物女性。




 清二の言う地ビール屋は、道後温泉本館の斜め前にあった。


「さあ、ここだぞ」とのれんを潜る清二。その後に洋介達が続いた。



 店内は木目調で纏められていた。


「いらっしゃいませ」


 料亭の女将を思わせる落ち着いた女性に案内される。


「ご注文は、お決まりでしょうか?」


 清二は、一応全員の顔色を伺った後、地ビールを四杯注文した。

 ビールが来る間、とくに会話が弾むことはなく、聞こえる音と言えば、小さな液晶テレビから漏れるアナウンサーの声くらいである。


 洋介はちらっとテレビ画面を見た。

 流れているのは、大阪最後の夜となんら変わりない映像だった。

 あの時以来、洋介はテレビというものを見ていなかった。


 太山寺の生活は、テレビなど全く必要としないのだ。朝は鳥の囀ずりで目を覚まし、夜は秋虫の奏でるミュージックが子守唄だった。


 大阪があんなことになっているのにテレビときたら全く報道しない。

 洋介は半ばあきれた目で画面を見つめていた。

 洋介を画面から引き離したのは店員の『お待たせいたしました』の一言であった。


 ビールというから金色に光ったジョッキを想像していた。しかし、実際に見てみると、確かにジョッキには入っているし泡もたっている。だが、あの金色の輝きは無く、まるでコーラのような鈍い色をしている。


「これが、道後ビールだぞ」と自慢そうに清二が話した。

「く、黒いんですね」

 いきなり出現した謎の飲み物に清二以外はうろたえすら感じた。

「まるで、コーラかコーヒーみたいだ」高志が頷く。

 清二が、手をあげて店員を呼ぶ。


 メニューを広げ、店員に"じゃこてん"を人数分注文した。

「じゃこてん、て何ですか?」と高志が清二をみる。

 高志の話を聞いていた店員がおっとりとした伊予弁で答えた。


「じゃこてんはねぇ、魚のすりみを板状にしたものをいうんですよう」

「擂り身ですか?」と高志。

「ほうよ、うちのじゃこてんはな。宇和島から直接しいれとるから味も最高なんよ」


 ふーんと頷く高志。


「どうする?」と清二。

「旨そうやから、頼んでもいいですか?」

「もちろん、金子君も気に入ると思うよ」


 店員は景気よく毎度ありと挨拶をして、料理を取りにいった。


「それじゃあ、乾杯といくかな」

 清二がグラスに手をかける。

「それじゃあ、出会いに乾杯!」

 グラスを合わせる音が店内に響き渡った。

 金子はビールを一気に半分も飲んだ。

「ぷはぁ。これは旨い!」

 それもその筈、道後ビールは厳選された水を使い、モルトをふんだんに使用した地ビールだからだ。

「このロースト感もいいですね。大人のビールですよ」


 高志にも好評のようだ。


 店員がじゃこてんを運んできた。


「こちらは、宇和島のじゃこてんです」


 湯気に包まれた焼き魚の香りは金子達の腹を鳴らせた。


「いただきまーす」金子が箸で掴むと"じゅわっ"と脂が染み出した。 金子は、ゆっくりと目線の高さまで摘まみあげ、息を吹き掛け口に頬張った。

 その瞬間、口の中で塩味の効いた擂り身が泡のように溶けた。


「う、うめえ」と唸る金子。


 他の者も、じゃこてんの味に酔いしれていた。


 正に、ジューシーとはこの事だと金子は思った。

 今までに経験した事のない不思議な体験。松山は金子達にとって、とても魅力的だった。


「いやあ、ほんと松山って良いところですね」高志は、ビールを飲みながら清二に言った。



 その時、テレビの音が急にやんだ。


 いやな予感がした。


 画面には、世話しなく準備をするニュースキャスターが映っている。


 アシスタントとおぼしき人物が、三、二、一とカウントをとった。

「番組の途中ですが、ここで緊急ニュースです」 店内にいた全員が、テレビ画面に振り向いた。清二達はもちろんの事、居酒屋の店員ですらお盆を両手で抱えたまま画面を食い入るように見つめた。

「ただいま入ったニュースです。昨夜、大量の感染者が京都に流入したとの情報が入ってきました」


 直ぐに、映像が切り替わった。ヘリコプターからの映像だ。


 前にも見た光景だ。洋介はそう思った。大阪の葬儀場で遺体が生き返ったあの日のニュースにそっくりだった。


 何故、いつも同じ展開なんだろう。


 腑に落ちない点もあった。


 ニュースでは、昨夜と言っていたが、今は何時だ? もう昼過ぎじゃないか。今になって分かった事なのだろうか。

 ニュースキャスターの振る舞いも怪しい。前は相当困惑していた様子だった。しかし、今回はどうだ。 まったく緊張感が感じられない。まるで、予め知っていたように思えた。

「ただいま、京都駅上空です」とアナウンサー。


 空から京都の街を眺めている。


「見てください! 二条城が燃えています! 世界遺産の二条城が、激しく燃え上がっています!」


 画面からは、その他にも三十三間堂や、仁和寺から煙が上がる様子が写っていた。



 一連の流れを、清二は黙って腕組みをして見ている。

 金子も高志も、唖然と画面を見つめていた。

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