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小猿は肉が焼けるのか?

二月。


今日は久しぶりに真帆との飯だった。


ちょっと良い焼肉屋だった。


社会人の真帆は強気の値段設定にもビビっていなかった。


しかもまた奢ってくれた。


大人である。


真帆はいつも焼肉に行きたがる。


いつも俺が肉を焼く。


俺は肉を焼くのが好きなんだ。


肉汁を逃さず、表面をしっかり焼き、その人の好みに合わせて仕上げる。


焦がすことはないが、好みの焼き加減は人によって変わる。


俺も真帆も牛肉ならば、ほとんど焼かずに表面に火が通るくらいがちょうどいい。


真帆は自分で肉を焼くのが下手だ。


他の人と焼肉に行っても、ちゃんと肉を焼けるやつがあまりいないらしい。


ふっ。


チョモランマのキッチンを舐めるなよ。


ん?


おやおや?


あそこにいるのは……。


「小野ちゃん?」


前を歩いていた小柄な女が振り返る。


おお!小野ちゃんだ!


今日もちっちゃくてかわいいな。


なんだかいつもより少しおしゃれをしているみたいだ。


ん?


おお!


この間言っていた彼氏とのデート中だったか。


「やっぱり、小野ちゃんじゃないか」


「サブレじゃないか」


小野ちゃんの彼氏を見る。


「彼氏?」


「うん」


ほう。


噂には聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。


ふむ。


中肉中背。


顔は……小猿だな。


まあいい。挨拶だ。


小野ちゃんの友人代表に相応しい挨拶をせねば。


「おお。お初にお目にかかります。リプトンのサブレです」


「……どうも」


こいつ……。


まともに挨拶もできないのか。


無礼者か?


まぁ、挨拶が苦手な奴もいるさ。


そして、俺は割と初対面の相手にビビられやすい。


仕方のないことだ。


ツラがいいというのも、良いことばかりではないな。


そんなことより、真帆が手持ち無沙汰にしているな。


ちゃんと紹介せねば。


「元カノの真帆。俺のエピソードトークの大半を占めている女の実物だ」


「どんな紹介よ」


「小野朝霞です」


「水野真帆です」


「実在してたんですね」


「えぇ!?」


「フィクションの存在かと思ってました」


「祐介、話盛りがちだもんね」


「はい」


リプトンの奴らは真帆のことをフィクションだと思っているフシがあったが、まさか本気でフィクションの存在だと思っていたとは。


真帆がフィクションとなると、俺もフィクションの存在になってしまうだろう。


まぁ、俺のエピソードトークの中にはフィクションもところどころ混ざっていたりするから、それも仕方あるまい。


「リプトンの小野ちゃんだよね?」


「はい」


「祐介から聞いてる」


「何を?」


「すごく可愛い子がいるって」


「そうなんですか」


小野ちゃんが俺を見る。


なんだその目は。


いつも言っていることだろう。


「それと」


「それと?」


「その可愛い子がアフロにゲロを撒き散らしたって」


「そんな話したの?」


「そりゃするさ!」


「ゲロの話……フィクションじゃなかったんだ……」


「残念ながら……」


真帆が笑う。


小野ちゃんのゲロの話をした時、真帆がめちゃくちゃ笑っていたことを思い出す。


しかし、真帆も小野ちゃんゲロ事件をフィクションだと思っていたのか。


「最近、サークル楽しそうだよね」


「楽しいな」


「今度は合法だしね」


「うむ」


俺も笑った。


真帆も笑っている。


小野ちゃんも笑っていた。


彼氏くんは笑っていない。


……。


なるほど。


俺はやらかしてしまったらしい。


いや、どう考えてもやらかした。


小野ちゃんの彼氏は明らかにモテない側の男だ。


初めてできた可愛い彼女に浮かれているに違いない。


おそらくこいつにとってすでに小野ちゃんは『"俺の"彼女』になっているのだろう。


いや、間違ってはいない。


間違ってはいないんだが……。


あぁ。


目が完全にそういう感じだ。


この男は、怯えている。


モテない男→小野ちゃんを抱いた男


その進化の過程でつけた自信が砕けてしまった顔をしている。


俺が男前すぎるせいで、この雑魚を不愉快にしてしまったようだ。


仮にも小野ちゃんの彼氏だ。


これ以上被害がデカくなる前にバイバイしよう。


「俺ら飯食って帰るところだ。小野ちゃんたちもか?」


「うん」


「そうか」


「さて、デートの邪魔をするのも忍びない。また練習で会おう」


「うん。また」


「じゃあね、小野ちゃん!今度一緒にご飯行こうね」


「はい」


真帆、余計なことを言うな。


……。


よし。


これで小野ちゃんたちも楽しいデートを継続できるはずだ。


変な嫉妬の火種を見かけたら水をぶっかける。


それが大人の男というものだ。


彼氏くんから出ていた負のオーラに真帆は気づかなかったようだな。


ふっ。


社会人になったとはいえ、まだまだ修行が足りんようだな。


ん?


真帆が腕に組みついてきた。


可愛い。


「どうした?」


「今、小野ちゃんのこと考えてたでしょ」


「あぁ。ちょっとやらかしてしまったかなと思ってな」


「何を?」


「見たか?小野ちゃんの彼氏」


「見たよ」


「雑魚だったろ?」


「うん」


「俺の顔は意図せず雑魚を攻撃してしまうことがあるんだ」


「あぁ」


「俺だけならまだしも、真帆まで揃ったら……」


「そろったら?」


「近代兵器を目の前に突きつけられた小猿の気分だろうな」


「小猿!小猿って!」


「似ていたろ」


「ひどい!祐介って友達以外には優しくないよね」


「それが俺だ」


「そうだね」


「小猿からは明らかに不機嫌なオーラが出ていた」


「何色?」


「黒に近い紫だな」


「やばそうだね」


「爆発しそうな劣等感と、それでも隠せないすけべ心がオーラとなって出る時の色だ」


「祐介、オーラ見えるって言ってるもんね」


「見えないのか?」


「見えないな」


「修行が足りんな」


「今度滝に打たれに行く?」


「お!いいな。その時は小野ちゃんとカズヤも誘ってみるか」


「おー!いいね!」


「でも、小野ちゃんの彼氏が嫌がるか」


「自分で気づけたんだ。えらいえらい」


「俺は成長する男だからな」


「そうだね」


……。


真帆が俺の尻を叩いた。


エッチなやつめ。


「おうっ!」


「このやろうめ」


「どうした?」


「デート中に他の女のことを考えるとはな」


「おっと」


「無礼者め」


「すまんすまん」


「今私たちにとって大事なのはなんだかわかるか?」


「いや……教えてくれるか?」


「次の店がまだ決まっていないということだ」


「それは由々しき事態だな」


「でしょ」


「肉でも食うか」


「さっき食ったでしょ!」


「あぁ。うまかったな」


「ねー」


「特にホルモンが良かった」


「祐介が焼くと美味しいよね」


「肉を焼ける男がモテるのも頷けるな」


「他の男は女に焼かせたがるからね」


「ふっ。アピールのチャンスを自ら逃しに行くとはな」


「自分で焼きたがるやつも、焼きたがるだけで下手なんだよ」


「これだから童貞は困るな」


「童貞だけじゃないよ」


「そうなのか」


「他の男はホルモンのぶよぶよの方をいっぱい焼くんだよ」


「それはいただけないな。ゴム質の方をよく焼いたらぶよぶよの方は脂を落とす程度でいいというのに」


「大体はまるこげだよ」


「和牛のサシよりも俺はむしろホルモンの脂のほうがうまいと思っているんだがな」


「ビールに合うよね」


「うむ」


「だから焼肉はなるべく祐介と行きたいの」


「ふふ。感謝しなくてはな」


「何に?」


「世の雑魚どもにだ」


「なんで?」


「雑魚が多ければ多いほど、俺の魅力が勝手に上がっていくからな」


「あぁ」


「肉すら焼けぬ雑魚どものおかげで俺はいい女と焼肉が食えるわけだ。しかも奢りで」


「言い方」


「事実だろ」


「まあね」


「して、二件目はどうする」


「ふむ。ちょっと小洒落たバーでしっぽりカクテルなんてのも乙なのでは?」


「センスがいいな」


「いい店知ってる?」


「この間カズヤと一緒に行った店がなかなか悪くなかったな」


「ではそこにしようじゃないか」


「ふむ。空席があるか聞いてみよう」


『もしもし…お店から10分後くらいの場所にいるのですが、席の空きはありますか?…はい、2名です……あー!はい…サブレです……そうそう、そのサブレ……はい。この後向かうので、よろしくお願いします』


「予約が取れたぞ」


「……頼もしいね」


「だろ?」


「それでは、案内したまえ!」


「かしこまりました」


「……」


「……」


「どうしたの?」


「あの小猿は肉を焼けるのだろうか」


「焼けなそうだね」


ふっ。


挨拶ができようとできまいと、小猿に似ていようと、肉が焼けない雑魚であろうと関係ない。


小野ちゃんの選んだ男だ。


悪いやつではないのだろう。


まあいい。


俺には関係のない話だ。




※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


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