一人目 その視線の先は
「なーんか最近様子がおかしいんスよね。先輩」
「なにー? 仕事の話ー? やめてよね。今日は休みなんだし」
ショッピングモールのフードコートは、昼近くともなるとあちこちから人を呼び寄せる。それが休日ともなればなおさらだ。
ぎりぎりまで詰め込まれたはずのテーブルはほとんど埋まり、二人がけなどの小さなものが飛び飛びにポツリポツリと空いているだけだった。
「あー、ゴメン。そういうつもりじゃないっス」
「まあいいけどさー。愛しの先輩だもんねー?」
「お世話になってるだけっスよ。そういうんじゃない」
壁際の席に座った二人は、ドリンク片手に話に花を咲かせていた。
買い物帰りなのか、足元にはビニール袋がいくつも置かれている。
「そうかな? しーちゃん、いつもその先輩とやらの話してない?」
「そうっスか?」
「そうだよー。耳タコだよ? あたし」
しーちゃん――篠崎はストローから口を離し、キョトンとした顔をした。
意識していなかったのか、とても意外そうな反応だった。
「そんなにっスか?」
「そんなにだよ? オススメした喫茶店を気に入ってもらえた、とか、打ち合わせで助けてもらった、とか」
「割とある話だとも思うんスけど?」
「まあ一つ一つはね? でも、オススメの喫茶店とやら、あたしは行ったことないんだけどー?」
「そうだったっけ?」
篠崎はストローでクルクルとドリンクをかき混ぜながら思索にふける。
どこの喫茶店かと言われれば間違いなく会社近くの喫茶店のことだろう。
だが、その喫茶店はここからはそれなりに遠い。二駅ほど離れた自宅のさら何駅か先なのだから、この友人を連れて行くにはそれなりにハードルが高かった。
「行ってもいいっスけど、ここから片道二、三十分っスよ? ナナの家の方向とは逆だし……」
「えー……それじゃあたし一時間とかかけて帰ることになるじゃん」
「そんなこと言われても……」
一通りショッピングを楽しんでしまった今、荷物はそれなりに多い。そんな荷物を持ちながらさらに遠出するのは現実的とは言えなかった。
「じゃあ今度行こ。今度。また休みが合ったときに」
「いいっスよ。とは言ってもいつになるんスかねー?」
一人で買い物に出るだけならともかく、こうして友人と予定があったのは篠崎にとっても数ヶ月ぶりだった。
ならば次もそのくらい先になると言うのは想像に難くない。
それは間違いなく仕事のせいもあるだろうが、生きていくためには仕方のない話だった。
「やめてよー。明日から仕事だって思い出しちゃったじゃん」
「事実から目をそらしてもどうにもならないっスよ……」
「そうなんだけど、もうちょっとくらいいいじゃん?」
「それはそう」
あと数時間だけでいいから忘れておきたかったのは篠崎も同じだった。
数時間が許されなくても、せめて家に帰るまでは。
「はぁ〜……仕方ない。帰ろっか」
「……そうっスね。このままだと根が生えそうっス」
「? なにそれ? どういう意味?」
「木みたいに動きたくなくなるって意味っスよ……」
「なるほどねー。じゃあそうなる前に帰ろ。あ、コップ返してくるから待ってて」
「ウチのもいいっスか?」
「いいよー。荷物見ておいて」
「了解ー」
篠崎は飲み終わったコップをストローごと渡すと、友人の荷物を引き寄せた。
二人分ともなればそれなりに大荷物だ。早めに出ないと人の波に飲まれることになりかねない。
(明日から仕事かぁ……)
篠崎にとって仕事はそれほど嫌な部類には入らない。生きていくためには必要なことだし、こうやってストレスを発散するための元手にもなる。
(まぁ、それも先輩のおかげかも知れないけど)
秋野の下で働くようになってしばらくたつが、以前に比べると負担に思う頻度は減っているように感じていた。
(なーんか話しやすいんだよね。先輩)
今までの指導役が悪かったという話ではない。ただ、篠崎にとって秋野は波長が合う相手というだけだ。
「ただいまー。どーした? なんかぼんやりしてるけど」
「別になんでもないっスよ。明日は仕事かーって思ってただけで」
「だからやめてよねー。それとも愛しの先輩に会えるのが楽しみーってこと? 乙女だねー」
「あーもう……そういうことでいいっスよ……」
「わぁ! やっぱりそうなんだ!!」
その返答にが満足だったのか、ケラケラと笑う。とても嬉しそうだ。
流石にしつこくないかと思う篠崎だが、話を振ってしまったのは間違いなく自分なので甘んじて受け入れるしかなかった。
「わかったからもう帰るっスよ? 正直、少し買いすぎたし……」
「たまになんだからいいじゃん」
「たまにでもやりすぎたと思うんスよ……」
両手にぶら下がる袋の数は四。午前中だけでこれなのだから、午後まで買い物をしていたらどうなっていたのかわからない。
篠崎は午前だけで良かったと心の底から息をついた。
「さて、それじゃ帰ろっか」
「寄り道はできそうにないっスねー。えーっと駅は……あっちか」
「駅の方はすいてそうだねー」
大きく空いた窓から道を見た二人は胸をなでおろした。
これならわざわざ人混みをさけて道を選ばなくて良さそうだ。
エスカレーターを一つ二つと降り、人をかき分けながら自動ドアをくぐる。ここから駅までは十分程度程度だろうか。
すでに秋も深まっているためか、街路樹の葉は少なくなり、道にはコートを着ている人もちらほら見える。景色だけ見てもどこか寒々しさを思わせた。
「昼なのに結構寒いねー」
「そろそろ冬っスからねー。まぁ、ウチはそこまで寒くないっスけど」
普段来ている作業着からすればどんな服も薄い服になってしまう篠崎だが、今のところは秋だなーと思う程度。寒さに身を震わせることもなく過ごしやすい時期だった。
「それだけ足出しといてよく言えるわね……」
「もともと暑がりっスから」
他愛のない話をしているとすぐに改札についた。ICカードを取り出してゲートをぬける。
「ウチはこっちなんで、ここまでっスね」
「また遊ぼーねー」
帰りの方向が真逆の二人は挨拶を交わしてそれぞれの帰路につく。その姿はすぐに人混みに紛れ、そこに誰がいたのかわからなくなった。
(思ったより散財したっスねぇ……また明日から頑張りますか)
篠崎がギリギリで電車に乗り込むとドアがすぐに閉まった。すぐに電車が静かに滑り出す。
一息ついて中を見渡してみるが電車の席はすべて埋まっていた。
(帰るまで座れなさそうっスね……)
仕方がないと諦めて、篠崎はドアに体重を預けた。
(午前だけで良かった?、かな……)
自宅の最寄りまでおよそ三十分。篠崎はこのまま揺られることを覚悟するのだった。
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