4話 影の魔術師
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
4話 影の魔術師
夜の王宮は静かだった。
昼間は貴族や侍女、騎士たちで賑わう廊下も、今はほとんど人がいない。壁に並ぶランプの灯りが、長い影を床に落としている。
私はそっと部屋の扉を閉めた。
「……よし」
小さく呟く。
五歳の身体で夜の外出は本来なら無理だ。でも王女である私の部屋は、警備が厳しい代わりに侍女も遠慮してあまり入ってこない。
つまり――抜け出すのは意外と簡単だった。
私は廊下を静かに歩く。
目的地は決まっている。
禁書庫。
昼間、あの場所に入った時。
胸の封印がわずかに緩んだ。
もしあの空間に長くいれば――
封印を壊せるかもしれない。
階段を降り、図書館の扉を開ける。
夜の図書館は昼とは別の場所のようだった。
静かすぎる。
本の匂いが濃い。
私は迷わず奥へ進んだ。
禁書庫の扉の前で立ち止まる。
昼間はカイト兄様が鍵を開けた。
でも今は――
「……どうしよう」
当然、鍵はかかっている。
私は扉を触った。
その瞬間。
胸がズキンと痛む。
そして――
扉の魔法陣が光った。
「え?」
私は目を見開いた。
魔法陣がゆっくり回転している。
まるで私に反応しているように。
「王族だから……?」
私は恐る恐る扉を押した。
ギィ……
重い音を立てて、扉が開いた。
「……入れた」
禁書庫の中は、昼より暗かった。
月明かりが窓から差し込んでいるだけだ。
でもその分、魔導書の魔力がはっきり感じられる。
私はゆっくり歩いた。
一歩進むごとに。
胸の封印が震える。
「やっぱり」
この場所の魔力が影響している。
私は昼間見つけた本棚へ向かった。
『王血魔法秘録』。
その本を取り出す。
ページをめくる。
封印魔法の項目。
何度も読み返した文章。
そして。
そのページの端に、小さな文字があることに気付いた。
「……?」
私は顔を近づけた。
古いインクで書かれたメモのようなもの。
『封印は血によって閉じ、血によって開く』
血。
つまり――
王族の血。
「もしかして」
私は小さなナイフを取り出した。
昼間、こっそり持ってきたものだ。
少し怖い。
でも。
ここまで来て止まるわけにはいかない。
私は指先を軽く切った。
小さな赤い血が滲む。
その血を、本の魔法陣の図に落とした。
ポタッ。
次の瞬間。
本が光った。
「!」
魔法陣が輝く。
そして。
胸の奥で。
何かが動いた。
ドクン。
強い鼓動。
魔力が流れ始める。
今まで止まっていた水が、堰を越えるように。
「くっ……!」
私は膝をついた。
痛い。
でも同時に。
体が軽い。
胸の奥の重さが少し消えた。
「成功……?」
その時だった。
「面白いことをしているな」
低い声が聞こえた。
私は凍りついた。
振り向く。
禁書庫の奥。
本棚の影に――
男が立っていた。
黒いローブ。
長い銀髪。
鋭い赤い瞳。
年齢は分からない。
でも。
ただ立っているだけで分かる。
とんでもない魔力。
「誰……?」
私は思わず聞いた。
男はゆっくり近づいてきた。
「質問するのは私の方だ」
声は静かだった。
でも圧力がある。
「なぜ王女が、封印解除を試している?」
心臓が止まりそうになった。
知ってる。
この男。
私の封印を知っている。
「……何のことですか?」
私はとぼけた。
男はふっと笑った。
「無駄だ」
そして。
私の胸を指差した。
「その魔力封印。私が作った」
頭が真っ白になった。
「……え?」
今。
なんて言った?
男はあっさり言った。
「その封印術は、私の魔法だ」
「……」
私は言葉を失った。
つまり。
この人が――
私を殺そうとしている張本人?
男はしゃがみ込み、私の目を覗いた。
「驚いたな」
赤い瞳が細くなる。
「ただの病弱王女のはずだった」
背中に冷たい汗が流れる。
でも私は聞いた。
「……どうして」
男は首をかしげた。
「何がだ?」
「どうして私にこんな魔法を」
男は少し考えた。
それから言った。
「簡単な理由だ」
そして。
あっさり答えた。
「お前が邪魔だからだ」
空気が凍った。
「邪魔……?」
「そうだ」
男は本棚にもたれた。
「この国の未来に、お前は不要だ」
私は歯を食いしばった。
やっぱり。
物語の通り。
私は――
最初から死ぬ予定の存在。
でも。
男は続けた。
「だが」
赤い瞳が光る。
「予定が狂った」
「……?」
「封印は完璧だった」
男は私を見下ろした。
「普通なら十五まで持たない」
つまり。
本来はもっと早く死ぬ?
「なのに」
男は興味深そうに言った。
「なぜ解除方法を知っている?」
私は答えなかった。
答えられない。
前世の記憶があるなんて。
でも男は笑った。
「まあいい」
そして言った。
「気に入った」
私は目を見開いた。
「……え?」
「五歳で封印を破ろうとするとはな」
男は立ち上がった。
「いいだろう」
そして。
信じられないことを言った。
「弟子にしてやる」
「……は?」
頭が追いつかない。
この人。
私を殺そうとした人だよね?
男は当然のように言った。
「その封印、完全には解けていない」
「……」
「私なら解ける」
心臓が大きく鳴った。
「どうする?」
赤い瞳が私を見つめる。
「このまま十五で死ぬか」
それとも――
「私の弟子になるか」
禁書庫の空気が重くなる。
私はゆっくり息を吸った。
そして。
笑った。
「いいですよ」
男の眉が少し上がる。
「弟子になります」
だって。
考えるまでもない。
運命を壊すチャンスだから。
男は満足そうに笑った。
「いい目だ」
そして言った。
「覚えておけ」
その名前を。
「私はゼノ」
赤い瞳が輝く。
「この国で一番危険な魔術師だ」
私は小さく微笑んだ。
「よろしくお願いします」
そして心の中で呟いた。
――これでいい。
運命のヒロイン?
物語の主人公?
関係ない。
私はもう。
物語の脇役じゃない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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