最後の夜に
話が終わり、明日のために休もうということになったので私は用意された個室でアルマと一緒にくつろいでいた。
決戦前夜とは思えないほど静かだった。
「うりうり~」
「くすぐったい」
なぜか私の身体をよじ登ろうとするアルマを捕まえてもみくちゃにする。
アルマはくすぐったそうに笑っていた。最近は表情も出てくるようになったし、もうどこから見ても普通の子供だ。
そんなこんなで二人でじゃれ合っているとコンコンとドアがノックされた。
アルマを降ろして扉を開けるとそこには、ある意味見慣れた人が立っていた。
「もう、たまたまなんて言いませんよね。クロリスさん」
「うん。「こっちの姿」でもお話しておいたほうがいいと思って」
クロリスさんを部屋に招き入れる。
アルマは初めて見るクロリスさんを興味深そうに見ているが、クロリスさんのほうは一切そちらをみない。
私とクロリスさんが向かい合って、アルマは私の後ろに少しだけ隠れるようにしてカーペットの上に座る。
「レーナちゃん、もう…気づいてますよね?」
「うん…女神様だよね」
ゆっくりとクロリスさんは頷いた。
「理由を話してくれるんですか?わざわざそんな姿で私に近づいた理由」
「そうですね…理由と言えばそのまま、あなたに近づくためにこの姿をとっていたって事なんですが…」
「やっぱり聖剣を盗んだからですか?」
「それもありますが正確には違いますね。…私はあなたがこことは違う世界から来たことを知っています、と言えばわかりますか?」
私は少なからず衝撃を受けた。
いやめちゃくちゃびっくりした。それはもうおったまげた。
「それは…」
いやでも考えてみればそんなにおかしい事ではないのかもしれない。
女神はそもそも別の世界があるということを知っている。ならば私が転生してきた事を知っていても何ら不思議ではないのだ。
「もしかして…私みたいなのって結構いるんですか?」
「転生自体はそんなに珍しい事ではありませんね。レーナちゃんみたいに記憶まで引き継いでいるのはかなり珍しいですけどね」
そりゃあそうか。私みたいに記憶までもった転生者がいっぱいいれば何か記録とか噂とか残っていそうだものね。
「じゃあクロリスさん…いや女神様は…」
「クロリスでいいですよ。こっちの姿の時はそっちのほうが落ち着きますから」
「ではクロリスさんは、その…前世の記憶があるから私に接触してきてたってことですか?」
クロリスさんは首を横に振った。
「私があなたに接触した理由は、あなたが私の邪魔をしようとしたからです」
まるで背中に氷を入れられたかのようにヒヤッとしたものを感じた。
クロリスさんの瞳はその時の感情を移しているかのように冷たく光っていた。
「私は、この世界を救うために自分にできる最大限の努力をしたつもりです。そしてそれを実行に移した…なのにあなたが現れたのです。ならあなたというイレギュラーに対処しようとするのは当然でしょう?」
本気の目だった。この人はその気になれば私なんていつでも殺せる。
そしてそれを実行しようともしていたのだ。
でも私は今ここにいる。
「どうして…最初にあった時から今まで、私を好きにさせたんですか?」
「どうしてでしょうね」
それまでとはうって変わって、いつものクロリスさんのように柔和な表情で困り気に笑った。
「私にはこの世界の生き物に対する強制能力があるんです…あなたは前世の魂の要素が強すぎるせいか少し効きが悪いんですけどね。そこで少しだけ夢うつつの状態でいろいろ聞かせてもらいました。」
「え…なにそれ怖い。いや…私がクロリスさんと会った後は記憶が曖昧だったり眠っちゃてたりしたのってまさか…」
「まぁそういうことです」
嫌だ、女神怖い。
手口が普通に犯罪じゃないか。
「まぁそれであなたの話を聞いて、行動を見て…なんなんですかね。手を出す気が失せたと言いますか」
「は、はぁ…」
「だから私はこの後も不都合がない限りはあなたのすることを特に止めようとは思いません。ただし、私の計画も同時に止めることはしません。その意味はわかりますね」
この人は全てわかっているのだ。私が何を求めて行動を起こしたのか。
私のやりたいこと、その目的を。
そしてそのうえで女神は自分の計画をやり通すと言っている。それはつまり…。
「あなたは…何も思わないのですか」
「・・・」
「アルマを見ても、そのあなたの行動に何も疑問を感じないんですか!それでいいと思っているんですか!」
「そうですね。何も感じません」
なにそれ…?なんで、どうして?私の頭の中はそんな言葉でいっぱいだった。
いや私もわかっているのだ。きっと「その犠牲」が一番確率が高いから、選んだのだろうということくらい。
でも納得なんてできるわけない。
奇麗事だけど、私は綺麗なもののほうが好きだ。
誰だってそうでしょう?馬鹿馬鹿しいと切り捨てられてもそれは綺麗なはずなんだから。
「なんでそんなことが言えるんですか…!」
「そうですね。すこし間違えました…何も感じないのではなく、感じる資格なんてないでしょう私には。今まで魔王竜のことでたくさんの人が犠牲になりました。そしてさらに勇者たちには過酷な旅を強いて…なのに私が、この子の事だけ惜しむなんてことができるでしょうか」
クロリスさんが自分の名前が出て不思議そうな顔をしているアルマに手を伸ばす。
でも途中で諦めたかのように引っ込めてしまった。
「…?」
「あなたアルマって名前なんですね。素敵な名前です…誰につけてもらったんですか?」
「…おかあさん」
「そう…よかったですね」
クロリスさんは優しく微笑んでいたが、少し悲しそうだった。
なんだ…全然感情が抑えられてないじゃん。
女神のことなんてどちらかというと嫌いだったけれど…でも。
「え~い!」
私はアルマを抱きかけてクロリスさんに押し付けるようにして抱き着き、アルマを手放して離れる。
むにゅんとその豊満なお胸様がアルマを優しく包む。
そして。
「あ…あぁ…ああ!」
クロリスさんは涙を流しながらアルマを抱きしめた。
「…?どこかいたいの?」
アルマもそんなクロリスさんの首に手を回して抱きしめた。
「ごめん…ごめんなさい…!謝っても許されないけど…でも…これしかなくて…私は…」
「なかないで…いたいのいたいのとんでいけ~とんでいけ~」
それは悲しい光景だった。
クロリスさんにとってアルマはきっと自分の娘のような存在なのだろう。
こんなに、泣くほどに愛してるのに、名乗りだすことさえ出来ない。
生きててほしいと願うことすらできない。
ほら、こんなにも嫌な気持ちになる。
だから私はこの物語が大嫌いなのだ。きっと女神はこれまでいっぱいいっぱい頑張ったのだ。
なのにこんな悲しい結末にしかたどり着けないなんて、そんなの嘘だ。
だから私が変えるんだ、あの結末を。
聖剣の試練で悲しそうな顔をしていたもう一人の私が脳裏をよぎる。
大丈夫、きっと大丈夫。すべてうまくいく。私が望んだハッピーエンドはきっと…。
私たち三人はいつの間にか眠りについていた。
そして翌朝。
ついに魔王竜との決戦の時を迎えた。




