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11-10 綻び

 以前にベルデールが幽閉されていた場所に、今度は帝国の姫が囚われる。両の手を鎖によって縛りつけられ、力なくへたり込むベアトリスのすぐそばに、見張り番としてアビゲイルが腕を組んで立っている。


「…………」

「……全くもって、哀れですねぇ」


 発狂状態を何とか切り抜けたものの、今度は何も喋らぬ廃人と化した姫騎士を見ての一言であった。アビゲイルはこのまま初日を過ぎようとしている事に対し、何ら感じることなど無い。しかしエニグマが望んでいるのは使い物にならない廃人ではなく、反旗を翻す大義名分を持つ姫君である。


「……では、聞かせていただきましょう。貴方の半生を」


 主であるエニグマも、早く洗脳を解くことを望んでいる。ならばそれに応えるのがしもべとしての使命。アビゲイルはそうして話術スキルを用いた洗脳解除を試みるため、彼女の半生からヒントを得ようとしていた。

 ベアトリスはしばらくの間黙りこくっていたが、話術スキルによる交渉が成功したのか、少しずつ小さな声で自分の過去を語り始めた。


「……師匠は、常に戦いに出向く前に私に助言をくださっていました。どんなに困難な状況でも、帝国を未来を背負う身として生き抜かなければならないと」


 その手段は時に残酷でもあった。同じ第二騎士団の仲間を囮にして、犠牲を払っての撤退すらも是とするように助言を受けてきた――



          ◆◆◆



「――今回の戦、大変だったね。生き残ったのは……君と、同期のバシェだけかい」

「ぐっ……」


 どんなに辛く、涙を流した事であろう。仲間は己を逃がすために犠牲となって、今だ戦場で足止めをしている。

 そんな中で戦況不利と判断を下したルークは、内密にベアトリスに対して撤退するように再三の勧告をし続けていた。そして今回、ルークは大勢の仲間に団長は不利な戦況においても最前線で戦っているというウソの情報を流し、味方を鼓舞させた状態で、バシェをしんがりとして撤退を行わせたのである。


「あたしが、もっと強ければ……!」

「冷静にならなきゃ。一国の姫である君と、“鵜の目鷹の目”という実力者をこんなところで失う訳にはいかないんだ」


 その言葉尻は優しくとも、冷静に咎めるその姿勢こそが、ある意味軍師として向いていたのかもしれない。

 こうしてこの戦いは後に再びベアトリスとバシェを含んだ大軍で巻き返したという美談だけが残り、その背後で犠牲となった者の記録は闇に葬られていった。




 ――更に以前の話。ベアトリスが初陣で活躍したときに、ルークはまるで自分のことのように褒めてくれていた。それ以外にも、ベアトリスが生きていく中で重要な物事が起こった時には、常に師として傍にいた。

 そんな師に恋をしてしまったこともあった。花飾りを作り、師であるルークの頭に乗せると、師は微笑みながらも自分よりもいい人が見つかるから、とやんわりフラれた。




 そして更に幼いころに……幼いころに――



          ◆◆◆



「――あれ?」

「どうしました? まだあなたの子どもの頃の話をお聞きしていませんが?」


 話の中でアビゲイルは疑問を抱きながらも、じっと話に耳を傾けていた。そして今回その疑問がベアトリスの中にも生まれようとしていた。


「どうして……師匠は、私が生まれた時から……うぅっ!?」


 またしても発狂状態に戻ろうとしているのか、ベアトリスは突然として体を震わせる。傍にいたアビゲイルはそれを見るなりすぐそばにまで近よって声をかけるが、ベアトリスはその閉じられた記憶を自らこじ開けようとしている。


「師匠、どうして……? 私が、お庭でアルナと喧嘩をして、それで、森に逃げて――あぁっ!! どうして! 師匠!! どうしてそんな冷たい目で! そんな目で私を見ないで!!」

「落ち着きなさい! 無理矢理記憶を呼び覚ましてはなりません!!」


 話術で洗脳を解く手段として、記憶の矛盾を見つけ出す方法がある。しかしその目覚め方は様々であり、最悪その場で自害する可能性すらなくもない。

 もはや目の焦点すら合わなくなったベアトリスの前に膝をついて座り、両肩を握りしめてアビゲイルは目と目を合わせようとしている。


「私の目を見なさい!! 見るのです!! 記憶をたどってはいけません!!」

「師匠! 私の首を絞めないでください!! 私を、私に、魔法を――あぁあああああああああああああああああっ!!」

「くっ――」


 洗脳される瞬間と、ベアトリスが奥底に封印していた最大のトラウマが呼び覚まされる。記憶の中の幼い自分と今の自分とが混濁したのか、記憶の奥底で自分を連れ去ろうとしている恐ろしい呪術師ルークに恐怖し、ベアトリスは舌を噛んで自害しようとした。

 しかし――


「――まったく、貴方という人は……」

「ぇ……?」


 間一髪のところで、ベアトリスが力強く噛んでいたのはアビゲイルの指という結果となった。歯を立てた場所からは止めどなく赤い血が流れるが、それすらも気にかける事無くアビゲイルはベアトリスを強く抱きしめて耳元で優しく囁く。


「……もう大丈夫です。悪夢は全て、去りました」

「――っ! …………わらひは、わらひは……ひひょうに……ひゅれさらわれへ……」

「もう充分です。貴方は我々の庇護下にいます」


 十年を超える長い悪夢。洗脳によって作られた人格が失われれば、そこに残るは時が止まった幼い少女ただ一人。


「ふぇ……ふぇええええん! ひぐっ、えぇーーーーん!!」

「そのまま沢山泣きなさい。全て主が許してくださいます」

「えぇーーん!! わ、わだ、わらじは、わだじはぁぁぁぁぁ!!」


 結局その日丸一日、一人の少女が落ち着くまで、アビゲイルはずっと抱きしめ続け、そして優しく言葉をかけ続けていた。

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