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6-1 シュレーディンガー

 ――その日もいつもと同じ、楽な仕事内容だった。

 いつも通り荷馬車には山ほどの交易品を備え、いつものように夜の闇にまぎれた盗賊を返り討ちにするべく金に物を言わせて屈強な傭兵を五人も雇い、いつものごとく道中飽きが来ないように使い捨ての娼婦も買い取った。

 それなりに名の売れた行商人、ブルトム=ニグルマは自らの身体の膨れ具合でもって好調な売れ行きを表現していた。


「ふふふふーん、明日の朝にはいくら売れるかなぁーん」

「旦那の羽振りの良さには頭が下がりますぜ」

「ほんと、プルーティアに連れて行ってくれる上にお金も暮れるなんてサイコー♪」


 三日月が妖しく笑う夜の空。就寝前のいつも通りの言葉の交わし合い。マンネリではあれど、ブルトムにとってはある意味陽気な鼻歌のようなものであった。


 ――それが、たった一人に壊滅させられるまでは。


「……うん?」

「ゴホ、ゴホ……!」


 整備の整っていない郊外の荒れた道。その端にて両膝をつき、いかにも具合が悪いというアピールでもあるのか体を丸めて道に背を向けて咳き込む姿がそこにある。


「う、ぐぐ……」


 その見た目はこのような郊外には似つかわしくない、上はベストを着て下はすらっとした黒のズボンをはいた――女性であった。


「ふむ……どうしたのかね」

「声をかけてみましょうか?」


 本来ならばこの時代、男性が着るようなものをわざわざ女性が身に着けることへの興味もあってか、ブルトムは馬車を止めて傭兵に様子を伺うように指示を出す。


「このような場所で、一体どうしたってんだ」


 一人の傭兵がその肩に手をかけると、女性は一瞬ビクッとした反応を見せた後に、その顔を男の方へと向けた。


「……おぉう……」

「……? どうしたんですか……?」


 疑問を提示する台詞は、本来であればまず最初に声をかけようとしている傭兵の方から出てくるはずであった。しかし最初に疑問を提示したのは女性の方であった。


「どうか、しましたか?」

「いや、その……へへっ」


 男として顔を緩めるのも無理は無かった。何故なら女性の服装は、体温で暑かったのであろうか胸元をはだけさせてその肌を露わにしており、その顔も熱のせいかほんのりと頬を赤くしてとろけたような表情を浮かべている。


「っへへ……」

「うん……?」

「はぁ……一体どうしたというのかね?」


 ブルトムは様子を見に行っただけがやけに上機嫌にニヤついていることに少しばかり機嫌を損ねながらも、声を荒げずに傭兵の男の方へと何があったのか尋ねる。

 すると男はこれは雇用主も気にいる上玉の女だと思い、そしてあわよくば使用後にでもありつければと浅はかな考えを持ちながらも、返事を返そうとした。


「ああ、いや、こいつ――」

「あー、やっぱこれ以上ご主人以外に露出をみせるのは嫌ニャねぇ」


 ――背後から一撃。心臓を抜き手で引き抜かれ、どくどくと脈打つ臓腑ぞうふが雇用主へと見せつけられる。


「い、いい……」

「これ以上面倒ニャことにニャるまえに、さっさと荷馬車をひきわたすといいと思うのににぇー」


 心臓を握り潰すと同時に傭兵はこと切れ、その場に倒れ落ちる。

 その背後に立っていたのは、小馬鹿にした笑顔がチャーミングな、男装したの獣人の女であった。


「な、なんだ貴様は!?」

「おっとぉ、ご主人からはちゃんと後始末が綺麗にできりゅように言われたんニャッけ」


 それまで猫を被っていたかのように女性は平然とした表情で尖った爪にこびりついた肉片を振るい落とし、ネコ科特有の眼で獲物に狙いをつけ始める。


「出来る限り荷馬車には襲撃の後を残さニャい……となると――」


 降りてきた傭兵をできる限り馬車から引き離し、かつ残った商人に逃げられないように素早く始末して荷馬車を奪う。これが最善だと考えることができる。


「これを一人でやれニャんて、ご主人もめちゃくちゃいうよニャァ」


 しかし裏を返せばそれだけ彼女に信頼を寄せている事への示しでもある。女性は少しばかり猫背気味の腰から音を鳴らして背筋を伸ばし、そして傭兵に向けて挑発するかのように指を曲げてこう言った。


「オトモダチが死んじゃって悔しいかニャーン?」

「くっ、てめぇえええええええええッ!!」


 思惑通りに馬車から離れた四人の傭兵を見て女性はにやりと笑い、背を向けて背の高い草むらへと身を隠す。それに続くかのように四人の傭兵は茂みの中へと姿を消したが――


「ぎゃあ!!」

「グハァッ!?」


 ――次に茂みを揺らして現れたのは、返り血を増やした一人の女性だけであった。


「さぁて、手荷物検査をするニャァン♪」

「う、うわあぁあああああああ!!」


 普段は傭兵に握らせ自分では決して触れることすらなかった馬車の手綱を、藁をもすがるかのように自ら握りしめる。そしてたまたま一歩降りてしまっていた娼婦の悲鳴すら耳に入れてはいけないとばかりに何度も何度も馬を急かす。冷めない悪夢から逃れるように、ブルトムは一人その場を立ち去ろうとした。

 しかし――


「――ちょっと遅すぎやしないかニャあ?」


 声のする方へと首を傾ければ、そこには馬車にしがみつく悪鬼の姿があった。

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