天狗
一行が真っ先に向かったのが、天狗の国ヒタである。
キビトは薦められないと言っていたが、カツラギがホウオウ党霊であるので、何とかなると踏んだのだ。いや、スクナの事だから、ホウオウの事を知ったからには向かったであろう。そのホウオウを聖獣として借りにいくのだ。コシを出て大体半月が立っていた。その遅い旅程の訳は、行く先々で神楽を披露し、民を慰撫して回っているのである。その度に両面スクナが評判となった。そして、金目の巫女ククリが。しかし、一番の評判は二人ではなかった。一角の白馬オコナである。オコナの角が何処に行っても目立つのだ。そんなオコナの角を掴み、スクナが話しかける。
「この角はなんとかならないのか?」
「この角は美しくはありませんか?」イカルガが逆に問いかける。
「いいや、そう云う意味ではない」
「そう云う事でしたら、私くしが出て行くしかありません」尊大な態度だ。
「いや、それは困る。このままでいい。今の話は無かった事にしてくれ」
軽くあしらわれたスクナの目には、その角がさらに長くなったように見えていた。
そうこうしている内に、周りの山々がより険しくなってきた。天狗の縄張りに近づいてきたのだ。天狗は人の寄り付けない深い山奥に住んでいる。空を飛べるので移動は容易である。そして、天狗の郷を見た者はいない。間違って迷い込んだら、たちまち、たぶらかされてしまうのだ。言い伝えでは、天狗は創造の神の失敗作であると云われる。その失敗が何であるのかは判らない。しかし、等の天狗は人より優れた生き物だと思っている。彼らは人の事を羽無しと呼ぶ。その傲慢さ故、他との和を築けないのである。そう考えると、キビトは大した国宰である。
一行がコシとヒタの国境まで来た。そこには石像があった。これが国境を表している。
その前を通った時である。
「ここから先は天狗の縄張り。用の無い者は通るべからず」石像の賽の神が言う。
一行はそんな事は承知である。
「用はある」スクナが言う。
「それでは気をつけて行く事だ。天狗に拐かされないように」
「解かっている」そのまま素通りした。
その先を進むと、木の生えていない見晴らしのよい場所に出た。周りが空木で囲まれている。空木には白い花が咲いていた。誰かが切り開いて手入れをしているようだ。その真ん中に石の柱が立っている。物見櫓のようだ。
柱の上に何か居ますとククリがスクナに耳打ちした。スクナには見えない。スクナがそこを一回りした。人が昇れる場所が無い。上にいるのは天狗に違いない。それに天狗は隠れ蓑を持っている。だからククリにしか見えないのである。
「そこの羽無し! 何の用だ」予想通り声がした。
普通ならここで驚く処なのだろう。スクナは平気な態度で上を睨んだ。
「ここはアハシマ様の縄張りだぞ」声が上ずって、天狗の方が逆に驚いている。その上、自分たちの神の名まで出してしまった。天狗の神はアハシマと言うのだろう。
「ホウオウ党霊の長、ナゴミ殿に会わせて頂きたい」キビトに訊いた長の名を出した。その時に、天狗に対しては低姿勢で当たれと教わっている。
「私はキリン党霊の長キビトの息子スクナ」
「キビトの手の者か」と言って蓑を脱ぎ、姿を現した。
「解かった、待っていろ」と言うと、腰に下げていた笛を吹いた。しかし、笛の音が聴こえない。人には聴き取れない音域なのだ。
その内、向こうの山からたくさんの鳥の影が現われた。みるみる内に間近に迫り天狗達に取り囲まれた。
その中の一羽がスクナの前へ一飛びで迫る。
「スクナだな。何用だ!」
今、スクナを知っているのは、見張りの天狗と披露の場に顔を出したナゴミだけである。
「長のナゴミ殿とお見受けする」
「そうだ! 長のナゴミである」
「ナゴミ殿にお願いがございます。故有って、聖なる獣を探しております。そこで、御先のホウオウのお力をお借りしたく罷り越しました」慣れない敬語を使っている。
「羽無しの願いを聞く謂れはないな」一考もなく撥ねつけた。
スクナは絶句した。
「しかし! スクナは次の国宰。無下に断る訳にもいかないか」
スクナはなめられている事に気づいた。
「よし! それでは我らの掟に従ってもらおう。願いを聞き入れて貰う時には、相撲で勝たなければならない。見事勝てた暁には、ホウオウを連れて来てやろう」
周りの天狗達が一斉に高笑いする。
羽無しが勝てる訳が無い、そう云う嘲笑だ。
「受けて立つ!」スクナが吼える。
その気迫に一同が静まり返る。
そんな中から、一羽の屈強な天狗が、一飛び前へ出る。
「ホウオウ党霊がアギバ、お相手致そう」若いので少し謙虚だ。
しかしその目には、スクナに対する並々ならぬ敵対心が写っている。
そしてまた一羽、一飛び前へ出る。年老いた小さな天狗だ。顔が鷲そのものだ。
スクナとアギバの横に位置を取る。行事役を買って出たようだ。
とっとと終らせようと云うつもりか、すぐに行事が構えた。
「それでは、投げられて地に着いた方が負け」
また、一同の高笑いが響く。
「ちょっと待った! そっちは羽を使ってもいいのか?」スクナが訊く。
「もちろん。お主も羽を使ってよいぞ」行事が嘲笑する。
一同の高笑いが響く。
「それでは構えて」
「ちょっと待った!」また、スクナが止める。
一同の高笑いが最高潮に達した。度重なる待ったに怖気づいたと思っている。
スクナが天狗面を取り出し被った。
(カツラギ、まだ出るな。合図をしたら羽だけ出せ)(解かりました)
「それは負けた時の言い訳かな。それだと、見えなくなるぞ」アギバが言う。
「望む処だ!」スクナがまた吼える。
「それでは待った無し。ハッケヨイ! ノコッタ!」
(今だ! カツラギ)
スクナの背から大きな羽が生える。アギバよりも大きな。
アギバがその羽に虚を突かれた。
スクナが一飛びでアギバに組み付く。
アギバは何もできなかった。突然、羽が生えた上、あっという間に間合いを詰められたからだ。
そのまま背を着いた。受身も取れずに。
ククリ達が歓声を揚げる。
天狗達は静まり返る。
ナゴミが物言いをした。
「スクナ! それは何の真似だ!」
「天狗の真似だ」
「そう云う事ではない。何故、羽を持ってる」
スクナが面を取ると羽が消えた。
「この面にはカツラギが封じてある」
「カツラギだと!」ナゴミが血相を変える。
「やはり知っていたか」
「何を言うか! カツラギ様は先の長だ」
今度はスクナが驚いた。慌てて面の鼻を擦る。
煙が立ち昇り、カツラギが姿を現した。
その姿に、天狗達が一斉にひれ伏した。
「皆の者、久しぶりだな」口を強く閉じ一瞥する。
「私は故あって、スクナ様の式となった」
「何と! 羽無しの式になどと」ナゴミが嘆く。
「スクナ様には神が宿っておられる。無礼な振る舞いは許さぬぞ!」
スクナが注目の的になった。そして、しずしずとスクナにもひれ伏した。
カツラギが言い放つ。
「それでは、負けを認めてホウオウを連れて来い」
アギバが立ち上がり、私くしが行って来ますと飛び立った。
スクナは待つ事になったので一群の天狗達を観察していた。
こうして、彼らを見ていると面白い事に気づく。
天狗と云うのは、年を重ねる毎に顔が鳥になって行くようだ。アギバは若そうで顔が人に近いが、行事の翁は顔が鷲そのものだ。もしかしたら、赤ん坊の時は、全く人と変わらないのではないか。そう云えば、この中に女はいるのか? 全く区別がつかない。そんな事を考えていると辺りが急に騒がしくなった。
天狗達が一斉に山を見ている。アギバが戻って来たようだ。
スクナにも天狗の鳥影が見えた。
隣に何かを引き連れている。ホウオウであろう。近づくに連れ、その何かが判った。羽衣を纏った女だ。ホウオウとは天女の事か?
何故か天狗達からどよめきが起こる。
その天女が舞い降りると……
カツラギに向かって走って行った。そして胸に飛び込むと、カツラギ様と呼んだ。
カツラギは天女を抱きとめると、我がカタワレ(片割)よと応える。
「夫婦なのか?」 思わずスクナの口から漏れる。
天狗の女は天女であるらしい。
天狗達が一斉にアギバを睨む。
「アギバ! お前は破門だ!」ナゴミが言い放つ。
「仕方ありません」アギバは覚悟の上であるらしい。
「善くも掟を破ってくれたな! 人に天狗のカタワレを晒しおって。しかも、カタワレは決して外に出してはならぬものを」
その場の一同が沈黙している。
「……アギバはどうなる?」スクナが訊く。
「今後一切、我らの前に現れるな!」ナゴミが命じた。
アギバが口を食い縛る。
「それなら、俺達と一緒に来るか?」スクナの口からぽろりと出た。
とっさの事でアギバは困惑している。すぐには返答しかねた。
「それより、ホウオウはどうした?」
「それが、少し揉めていますので、しばしお待ち下さい。決まり次第やって参ります」
スクナには訳が判らない。何を揉める事があるのだろう。
その時、スクナばかりに意識を取られていたアギバが、スクナ一行の一人が子供である事に気づいた。
唐突に……突然頼み事をしてきた。
「カツラギ様のカタワレにその子をお貸し下さい」ショウキを指している。
ショウキは突然示され驚いた。
「それはどう云う事です?」ククリが訊く。
「カツラギ様のカタワレには子がありません。せめてその気分を味あわせてあげたいと思います。その願いを聞き入れて下されば、私くしは喜んでスクナ様のお供を致します。幸い、子供の時分は人と天狗は余り変わりません。それも、数日の間で構いませんので」
ククリがショウキを窺う。
「いいよ。おいら母上を知らないから」ショウキは嫌でもないらしい。
普通の子供なら天狗を怖がるだろう。しかし、ショウキと云う子供は全く怖がらない。危険かもしれない旅にも躊躇しなかった。御容が大きいからなのか、止めないククリに全信頼を寄せてるからなのか……
そう洞察するククリの金目が頷いた。
「母上に、もてあそんで貰いなさい」からかい半分にククリが言った。
スクナは危ない事は何もないと診た。ククリが認めたのであるから。
それより、大きな疑問がある。アギバに向かって投げかけた。
「一つ腑に落ちないのだが、アギバは何故カツラギの妻にそこまで肩入れするのだ? 破門覚悟で掟まで破ったのだ」
「それは……」アギバが戸惑う。
カツラギとそのカタワレも気になるようだ。
そして……アギバが身の上を話し始めた――
「我々天狗は、生まれた時から既にカタワレが決まっているのです。それは必ず、同じ日の同じ時に産まれるのです。そして、年頃に成ると、フミツキの七日に互いの手の小指に炎の糸が現れるのです。それが合図となり、二人が糸を手繰り寄せ結ばれるのです。その時、男が自分の抜けた羽を束ねた団扇を渡します。女がそれを羽衣に織ります。それを羽織るとカタワレとなるのです。そして……最後の死も必ず一緒なのです」
アギバがそこまで話すとまた戸惑った。
ククリがその間合いで口を挟む。
「それで謎が解けました。カツラギと妻を見て判ったのですが、天狗の魂は夫婦で一つなのです。男が三つで女が一つです。元々四つの魂が分かれて生まれたのですね」
「ククリには何故か見えるんだよ」スクナが付け加えた。
「それで、何故なんだ?」肝心の理由が見えない。
アギバが話を続ける。
「そのカタワレが私にはいないのです! 私だけ……私だけが一人で産まれて来たのです。しかし……私のカタワレは必ず何処かにいる筈なのです。何故かと言えば、私は生きているからです。ですから……カタワレも生きています。何処かで……必ず……」
アギバの声が詰まる。
そして、気を取り直して続けた。
「私は寂しいのです。皆の番になった姿を見ていると……。ですから、忍ぶも耐えられずに……カツラギ様のカタワレを見ていると、会わせて上げたくて、居ても立ってもいられなくなるのです。……そんな訳です」
そして、スクナにすがる。
「私のカタワレは……私の妻は、何処にいるのでしょう?
妻が愛しい…………
スクナ様! 私の妻を捜して下さい!
お願いします……」
アギバが泣いた。
…………
「アギバ! 必ず捜してやるぞ!」スクナの目が熱くなった。
山の向こうで奇声がする。
炎の鳥が現れ、みるみると間近に迫る。
その速さは、朝日が射すようだ。
気づくが早いか、もう目の前に来ていた。
炎が消えて孔雀のような五色の羽を持った綺麗な鳥になった。
「お待たせ~!」女の話し方だが男の声だ。
「雄が行くか雌が行くかで揉めちゃって、なかなか決まらなかったの。だから、間の私が来る事になったのよ。申し遅れましたが、ホウオウのランです」
こいつがホウオウのようだ。
スクナがククリの顔を見る。
ククリが頷く。
聖獣で違いないと云う事だ。
「それでは、ラン。お前の力を借りるぞ」
「ランちゃんと呼んでもいいわよ」
「解かった、ラン! それでは式を執る。依代を決めろ」
「それはお断りするわ。私、依代なんて窮屈な所でじっとしているのは御免だわ。だからオナリにしてちょうだい。ランちゃんと呼べば一瞬で飛んで来るから」
そう言うと、自分の五色の羽の内、何色をオナリにするか悩んでいる。
オナリとは、自分の体の一部を預ける式の一形式だ。これは、一瞬で飛んで来れるホウオウにしか出来ない芸当である。
ランは白い羽を選んだ。むしり取った羽をくわえている。スクナに渡すのかと思われたが、それが突然、何かに気づいたような仕草をすると、ククリの前に行き首を突き出した。
ククリが受け取った。
「あなたにするわ。いい青桐の香り」ククリを選んだ理由だった。
ククリには、和琴の青桐の移り香が着いていたのだろう。ホウオウは青桐が大好きだ。
その白い羽は、先のほうが二つに分かれている。それが左右対称になった二枚の羽のようで見事な物だった。
ククリは羽飾りに丁度いいと、後ろ髪を一結びし、その結び目に羽を刺した。まるで蝶が止まっているようになった。
「その羽をオナリにしてちょうだい。呼ぶ時はランちゃんよ」ランは炎の鳥になり飛び去った。そしてあっと言う間に見えなくなった。
帰り道での事である。
馬上のククリがアギバに訊いた。
「天狗の女には名も無いようね。皆カタワレとしか呼ばなかったから。多分、女は男の持ち物じゃないの」
「はい。その通りです」
「私は、女が男の持ち物に創った事が、主の神の失敗だと思うのだけど」
「それは、人の勝手な言い分です。我々は男と女で一つですから」
「ごめんなさい。あなたに言っても仕方ない事でした」
「我々は失敗などではありません」
「そうですね。人と天狗は別の種でした。カタワレが人と同じでしたのでその事を忘れていました。それともう一つ言っておきたいのですが、天狗のカタワレの一つ魂は幸魂でした。愛しみの黄色です。そして男には愛しみの心がありません。しかし、あなたには愛しみの心があるのです。それは、もしかしたら……現世にいないと云う事かもしれません」
「私くしもそう考えています。実は、ホウオウに頼んで捜してもらった事があるのです。辺都鏡の術で捜してもらったのですが、見つかりませんでした。それは現世にいないと云う事を示しています」
「やはりそうですか……ねえ! その術を今度教えて下さらない?」
「解かりました。やり方しか解りませんが」
「それから、ショウキなのですが、ただ可愛がってくれるだけではないのでしょう?」
「もちろん、立派な天狗に育てて頂けると思います。何と言っても、カツラギ様のカタワレですから。修行が終れば送り届けてくれる筈です」
「たったの数日で?」これはスクナだ。
「はい、たったの数日で。天狗の世とは星の運びが違いますが」アギバが答える。
スクナには信じられなかった。
ククリはこの時、-星の運び-で閃いた。
「スクナ! いい事を思いついたわ! テコナ様は星読みが得意でした。テコナ様にマニ(占)をお願いしましょう」
次の目的地が決まった。テコナはサシの国に居る。シナからカヒを抜けサシへの旅程だ。そして、その先のタチへと向かう。




