6. 街道にて
初戦闘です。
だいたいこういう時、相手はゴブリンではなく熊です。
異論は認めます。
熊の恐ろしさを知っているだろうか。
よく、街に現れた熊を殺処分したら、
「殺すべきではなかった」
「森の奥に逃がせばよい」
などと好き勝手なことを言う人がいるが、
それは野生の熊と一度も相対したことのない人間なのだろう。
――荷馬車と同じくらいの大きさの熊を見ながら、
僕はそんなことを考えていた。
正しい対応としては、
踵を返して森へ逃げ帰ることなのだろう。
だが、このままでは悲鳴の主も殺されてしまう。
よく見れば、
荷馬車から離れた場所に人が倒れている。
生きているのか死んでいるのかは分からないが、
このままでは食われるだろう。
何より――
僕にはこの剣がある。
気づかれず後ろから攻撃できれば、
確実に仕留められるはずだ。
僕は慎重に、だが急いで荷馬車へと走った。
残り二十メートル。
熊はまだこちらに気づかない。
どうやら、
叫び声を上げている人間に執着しているらしい。
先ほどから荷馬車に乗りかかっているが、
幌はまだ壊れていない。
ずいぶん丈夫な荷馬車だ。
十メートル。
まだ気づかれない。
五メートル。
二メートル。
一メートル――
熊の真後ろまで来ても、
まるで玩具に夢中な子どものようにこちらに気づかない。
僕は静かに剣を構え、
荷馬車を傷つけないよう熊の胴を狙って一気に振り下ろした。
すっと刃が通り抜ける。
一拍遅れて、
熊の身体が真っ二つに裂けた。
次の瞬間。
真っ赤な血が、
盛大にこちらへ降りかかってきた。
「うわっ……!」
馬車に火が移らないよう燃やさずに切ったのは、
失敗だったかもしれない。
「うわぁぁぁあぁ!
ぁぁぁああ!
ぁぁぁ……」
血にまみれて辟易としていると、
荷馬車の主らしき叫び声が徐々に小さくなっていく。
状況が変わったことに気づいたのだろう。
そう思って荷馬車を見ると、
中から一人のおじさんがゆっくり顔を出した。
「ひっ……わっ……」
血だらけの僕を見て驚いたらしい。
「もう出て大丈夫ですよ」
安心させるように声をかける。
だが、
おじさんは固まったまま動かない。
……言葉が分からないのか?
そう思って視線を追うと、
彼の目線は僕の下半身へ向いていた。
――あ。
葉っぱ一枚を腰からぶら下げて、
これだけ動き回ればどうなるか。
うん。
モロ出しですね。
僕は素早く半身になった。
「こ、これは色々ありまして……!」
しどろもどろに弁解すると、
相手もさすが商人なのだろう。
咳払いして居住まいを正した。
「この度は命を救っていただき、ありがとうござい――ぶふっ」
ダメだった。
再び吹き出した。
おじさんはひとしきり腹を抱えて笑ったあと、
横倒しになった荷馬車へ戻り、
「これで身体を拭いてください。
それから、私の物なのでサイズは合わないと思いますが」
そう言って、
布、水、
そして服を一式差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます」
何よりありがたい。
身体にまとわりつくぬるい血液を拭き取り、
服という文明を身にまとう。
……服って、いいなぁ。
そんな感動に浸っている間に、
おじさんは倒れていた人たちの介抱を始めていた。
倒れていたのは、
ごつい体格の護衛らしき男だった。
商人のおじさん――タインさんというらしい――の指示に従い、
鎧を脱がせたり、
馬車から水や薬を持ってきたりして手伝う。
やはりファンタジー世界だからだろうか。
薬を飲んだあとの回復が著しい。
護衛のおっさん――ライルさんというらしい――は、
どうやら骨折していたらしく、
そこまでは治らなかったが、
かなり楽になったようだった。
荷馬車も魔法で強化されているらしく、
あれだけ熊に襲われていたにもかかわらず、
目立った損傷は見当たらなかった。
普段なら問題なく対処できる相手だったらしいが、
あの熊――ラージグレイズラーベアーというらしい――は特殊な大型種で、
馬車ごとひっくり返されたらどうしようもなかったらしい。
その後、タインさんと協力して荷馬車を起こしたのだが――
これまた驚くほど簡単に持ち上がった。
剣の補正だろう。
信じられないほどの怪力に、
タインさんとライルさんは目を丸くしていた。
……いや、
一番驚いたのは多分僕なんだけども。
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