63. 西辻英美里
エミリーの過去編です。
私の名前は、西辻英美里。
どこにでもいる普通の女子高生だった。
――だった、というのは。
気がつくと、
私は知らない世界にいたからだ。
見たこともない森。
見たこともない空。
日本じゃない。
そんなことだけは、
すぐに分かった。
「え……?」
混乱していた。
スマホは圏外。
当然、
人もいない。
意味が分からない。
夢?
誘拐?
パニックになりながら歩いていたその時だった。
背後の茂みが揺れた。
次の瞬間。
巨大な狼みたいな化け物が飛び出してくる。
「っ――!?」
悲鳴すら出なかった。
自分がここで死ぬことを悟り、
思わず目をつぶる。
だが、
その瞬間は一向に訪れなかった。
恐る恐る目を開ける。
目の前には、
さっきの狼が地に伏せていた。
「なんでこんなところに人が?
おい、君、大丈夫か!?」
声をかけられた方を見る。
そこにいたのは、
一人の男だった。
金髪。
蒼い瞳。
長身。
鎧姿が異様に似合っていて、
正直、映画の俳優みたいだった。
「あ……」
助かった。
そう理解した瞬間、
腰が抜けた。
慌てて駆け寄る男。
「だ、大丈夫です……」
声が震える。
「よかった」
そう言って、
クシャっと整った顔を崩して笑う。
その笑顔に、
思わず見惚れてしまった。
「……は?」
「えっ?」
「君、名前は?」
「私、
英美里、です……」
「エミリーか」
男は自然に頷いた。
「俺はアルフレッド。
よろしくな、エミリー」
そうして私は、
エミリーになった。
――――――
水都アクアリス。
それが、
私を保護してくれた街の名前だった。
巨大な湖の上へ築かれた、
美しい水上都市。
街中を透き通った水路が流れ、
白い建物が並んでいる。
最初は不安だった。
言葉はなぜか通じるものの、
文化も違う。
常識も違う。
電気も家電もない。
だけど。
この街の人たちは、
みんな優しかった。
「エミリーちゃん!
今日は魚安かったよ!」
「ほんと!?」
「朝イチだからねぇ!」
市場には活気が溢れている。
最初は怖かった異世界も、
いつの間にか居心地の良い場所になっていた。
そして。
そんな生活の中で、
アルフレッドはよく私を気にかけてくれていた。
「ちゃんと食べてるか?」
「子供じゃないんだから大丈夫!」
「ならいいけどな」
そう言いながら、
彼はどこか安心したように笑う。
その顔を見るたび、
胸が少し苦しくなった。
恋なんて、
したことなかったのに。
――――――
転移の影響なのか、
私は魔力適性が異常に高かった。
特に、
水魔法。
「また成功したのか!?」
訓練場で、
騎士団副団長のハルヴァードが目を丸くする。
「すげぇな嬢ちゃん」
「えへへ……」
褒められるのは、
やっぱり嬉しい。
「今のは誰が倒した?」
魔物の死骸を見ながら、
ハルヴァードが笑う。
「私!」
「ははっ!
もう騎士団入りできるんじゃねぇか?」
「私だってやればできるんだから!」
胸を張ると、
周囲から笑い声が上がった。
強くなりたかった。
この街を守りたかった。
アルフレッドの隣へ並びたかった。
守られるだけじゃなくて。
私も。
みんなを守りたかった。
――――――
だけど、
この世界は平和じゃない。
魔物は常に現れる。
スタンピードだって起こる。
その日もそうだった。
街の外で、
大量の魔物が確認された。
「私も行く!」
叫んだ。
だけど。
「駄目だ」
アルフレッドは首を横に振った。
「まだ危険すぎる」
「でも!」
「エミリー」
真剣な声だった。
「俺は、
お前を守りたい」
結局。
私は街へ残された。
帰還した騎士団は、
大歓声で迎えられていた。
傷付きながら。
泥だらけになりながら。
それでも、
みんな誇らしそうに笑っていた。
悔しかった。
羨ましかった。
私も。
あそこへ立ちたいと思った。
――――――
数日後。
アルフレッドに呼び出された。
夕暮れの水路。
やけに緊張した顔で、
彼は立っていた。
「……エミリー」
「う、うん」
「俺は、
この街が好きだ」
真っ直ぐな声だった。
「だから守りたい」
そして。
「お前のことも」
心臓が止まりそうになった。
「一緒に生きていきたい」
そう言って、
小さな首飾りを差し出してくる。
淡い蒼石あしらわれた銀細工の綺麗な首飾りだった。
だけど。
私は首を横に振った。
「……駄目」
「え?」
「私、まだ守られてばっかりだから」
アルフレッドが目を丸くする。
「私も、あなたの愛するこの街を守れるようになりたい!」
首飾りを受け取る。
「ちゃんと隣に立てるようになったら」
顔が熱かった。
「その時、
もう一回言って」
数秒沈黙したあと。
アルフレッドが吹き出した。
「……敵わないな、エミリーには」
その笑顔が。
本当に好きだった。
――――――
そして私は、
水剣の試練へ挑むことになる。
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エミリーが日本人であることはみんなわかってたと思いますが、英美里のもじりだったことがわかってたとひとってどれくらいいますか?
ちなみに最初はエリスで書いていたところ、日本人ちゃうやんって自分でツッコミを入れ、エ繋がりの英美里になりました。
過去編はもう少し続きます。
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