31 己の能力を信じて
マルコは床に倒れたまま、身体を動かせなかった。
雷撃によって全身が痺れている。
「ヤコブさん!!」
ユダが駆け寄り、ヤコブの傷口を押さえる。
「……大丈夫です」
ヤコブは脇腹から流れる血を見下ろしながら、静かに息を吐いた。
そして――
マルコを見る。
「……マルコ殿下」
「?」
「『なぜ、ユダさんの気配に気づけなかった?』」
ヤコブは淡々と続ける。
「そんな顔をされていますね」
「……ぐっ」
マルコが歯を食いしばる。
「当然でしょう」
「殿下の霊獣――コウモリ」
「その聴覚であれば、第三者が近づけばすぐに気づく」
「ましてや、審判が倒れ私と殿下の二人きりでした」
ヤコブは一歩、マルコへ近づく。
「……ですが」
「あなたには、一つだけ弱点がある」
「弱点……?」
「銃を撃つ瞬間です」
マルコの目が細くなる。
「銃声から耳を守るため――」
「あなたは、発砲する瞬間だけ聴覚を切る」
「……!」
マルコの表情が変わった。
「まさか……」
「ユダが攻撃できるように――」
ヤコブは静かに頷く。
「えぇ」
「あなたに撃たせたのです」
「……!」
「あなたが銃を撃つ、その一瞬だけ」
「ユダさんが近づくことができるように」
マルコが睨みつける。
「だが……!」
「俺は必ず急所を狙う!」
「一歩間違えれば、お前は死んでいた!!」
「えぇ」
ヤコブは脇腹の傷を押さえながら答えた。
「ですから――」
「外しました」
「……何?」
「私の霊獣は、伝書鳩です」
ヤコブの目が鋭くなる。
「伝書鳩の動体視力を、あなたはご存じないのですか?」
「目線」
「銃口」
「指の動き」
「引き金を引く直前の、ほんの僅かな予備動作」
「それだけ分かれば――」
ヤコブはゆっくりと立ち上がる。
「急所を外すことくらい、簡単です」
「…………」
マルコは何も言えない。
ヤコブは落ちていた剣を拾い上げる。
「……しかし」
剣を握ったまま、マルコを見る。
「私は一つだけ、あなたが理解できません」
「なぜ――銃など持つようになったのですか?」
「……」
「あなたが自分の能力を信じていたのなら」
「銃など必要なかったはずです」
ヤコブは剣をゆっくりと構える。
「あなたのコウモリの聴覚は――」
「この暗闇の中で、誰よりも敵の位置を知ることができる」
「姿が見えなくても」
「壁の向こうにいても」
「ほんの僅かな音さえ聞き取れる」
「それは――」
一歩。
ヤコブが近づく。
「あなたにしかない力です」
マルコの顔が歪む。
「なのに……」
ヤコブは剣先をマルコの顎へ向けた。
「あなたは、その力を否定した」
「……!」
「コウモリだから、と」
「銃の方が優れている、と」
「自分の能力を信じることを……やめた」
ヤコブの声は静かだった。
「私は違います」
「私には伝書鳩しかいない」
「だから私は――」
「この力で何ができるのかを、ずっと考えてきた」
「どうすれば、この力を最大限に活かせるのか」
「それだけを考えてきました」
ヤコブの目が真っ直ぐマルコを射抜く。
「能力の強さではありません」
「最後まで、その力を信じられるかどうかです」
「…………」
マルコは何も言い返せなかった。
自分の耳に手を当てる。
幼い頃。
誰よりも小さな音を聞き取れた自分。
暗闇の中でも、仲間の足音を見つけられた自分。
それを――
(くだらない能力だと……)
(コウモリの力など、役に立たないと……)
そう言って、何度も否定してきた。
そして今。
その能力を最後まで信じた男に――
自分は敗れた。
(この男は……)
(自分に与えられた力を、一度も否定しなかった)
(どうすれば、この力を使えるのか)
(どうすれば、この力で誰かを守れるのか)
(ずっと、それだけを考えていた……)
マルコはゆっくりと目を伏せる。
(俺は……)
(自分の能力を否定し続けた)
(自分自身を否定している人間に――)
(国を守れるわけがない)
ヤコブの剣先が、顎に触れる。
「チェックエイトです」
マルコはしばらく黙っていた。
やがて――
「……分かった」
ゆっくりと顔を上げる。
「俺の負けだ」
その声に、もう悔しさはなかった。
「……完敗だ」
マルコは目を閉じる。
(俺は――)
(自分自身に負けたんだ)
続く




