13 チェス盤の静かな戦い
王城の一室。
高い窓から柔らかな昼の光が差し込み、静かな空気が部屋を満たしている。
向かい合う二人の男。
盤上に黒と白の駒が整然と並ぶ。
「マルコ殿下、始めましょうか」
ヤコブの落ち着いた誘いに、マルコは薄く笑い、椅子に腰を下ろした。
駒が進む。
カチリ――と静かな音が広間に響いた。
しばらく駒を動かしたあと、マルコがぽつりと切り出す。
「そういえば、農業村リリン襲撃の報告書を読んだぞ。首謀者のユダはその場で拘束……今も拘束中、だったな?」
マルコは肩を竦め、駒を押し出した。
「素早い判断だな、ヤコブ……」
カチ、と駒を置いてヤコブが微笑む。
「いえ、事実は違います。霊獣使いリク=サクラを刺した危険な人物でしたので尋問し、本部で再度尋問しました」
マルコの手がピクリと止まり、持っていた駒をそっと置く。
「……そうかぁ。何か吐いたのか?」
「えぇ。フードをかぶった男に指示されたと」
ヤコブは淡々と駒を進めながら続ける。
「常に顔を隠し、偉そうに指示し、決行の日は目隠しされ、男達に何日も運ばれ、農業村リリンに運ばれ……」
「『ただ言われた通り動いただけ』、その一点張りでした」
マルコは黙って駒を指で弾く。
「……何も知らないと……」
「……拷問したのか?」
「拷問の内容は伏せましょう。高貴な方が聞く事ではありませんから……」
ヤコブは顎に手を当て、クスッと笑った。
「ただ、ユダは何回もその男についてにこう語りました」
「なんだ?」
「態度だけでかく、常に慎重で小心者だった……とね」
マルコの表情が、一瞬だけ揺らぐ。
ヤコブは、その細微な変化を見逃さなかった。
「……そうか」
マルコは話題をずらすように新たな駒を進めた。
「そういえば、霊獣使いの一人が行方不明らしいな……霊獣[犬神]使いだったか……」
ヤコブの手が止まりかける。
「えぇ……」
「お前の部下らしいな。心配ではないか?」
「えぇ……心配ですよ。私が指示した案件でしたので……」
「……無事だといいな」
カチリ、とマルコが駒を滑らせる。
「えぇ……」
ヤコブも静かに駒を置く。
しばらく沈黙。
窓から差し込む光が、盤上を白く照らしている。
ヤコブがふっと笑みを消し、低く呟いた。
「まったく……ユダに指示をだしたその小心者の顔が見たいですよ……」
「私も普段怒る事はありませんが……仲間が傷つけられるのは耐えれませんから」
駒を、強く叩くように置いた。
「そうだな……早く捕まえてこい」
ヤコブも駒を動かす。
「えぇ……証拠を突きつけ、拘束し……」
ヤコブの唇がゆっくりと持ち上がる。
「ユダと同じように尋問して見せますよ」
マルコの手が一瞬止まる。
その瞬間――
「──チェックメイトです」
ヤコブの声は冷え切っていた。
その瞳は氷の刃のようにマルコを真っ直ぐ射抜く。
「……ふっ」
マルコは両手を上げ、わざとらしく負けを認めてみせた。
「さすがヤコブだな……チェスでは勝てない……だが、次は負けない」
にやり、と挑発気味に笑う。
ヤコブは柔らかな表情に戻り、深く会釈した。
「ふふ、マルコ殿下もなかなかの腕前ですね……またお願いします」
しかし、その内心では――
(やはり挑発に乗りましたね……)
(黒幕はマルコ殿下。間違いない)
(後は証拠だ……)
───
マルコ私室。
静かな部屋に、夕暮れの光が差し込み始めていた。
マルコは独り、窓の外を眺めながら呟く。
「……やはりヤコブは危険だな……」
その微笑みは、静かに歪んでいた。
続く




