35 生きた人質
ゴォォォォ……
夕焼けの空が、ゆがんだ。
大きな影が、王都の上をゆっくり横切っていく。
赤い鱗が、夕日を受けて光った。
「……ドラコ!?」
ドラコが、中庭へふわりと降りてきた。
噴水の水が風で大きく波打った。
その背中から、ひとりの女の子が降りたった。
金色の髪。
青い瞳。
「……ハンナ」
声が、かすれた。
ずっと会いたかった姿が目の前に現れた。
「ハンナ!」
駆けだしかけて——足が止まった。
ハンナは、こっちを見ていなかった。
目はあいている。
でもその青い瞳には何も映っていなかった。
町の人たちと、同じ顔だった。
「……ハンナに、何をした」
自分でもおどろくくらい、低い声が出た。
ダビデが、少しだけ眉を下げた。
「ノルディアはねいい港町だよね。魚もおいしいし、井戸の水もきれいだ」
「……井戸」
「あそこにも、少しだけね」
「でも、まさか王妃エステルがハンナちゃんの代わりにいるとは思わなかったな」
ふふと軽く笑みをこぼす。
「強引になっちゃったけど霊獣烏の予知夢の能力の記憶は一部無理やり変更させたんだ」
「だからこの王都の乗っ取りも容易かった」
「誤解がないように言っておくけど、僕は女性には基本優しい──」
「黙れ!!」
奥歯がぎりっと鳴った。
「ドラコ!」
龍を見上げて、叫んだ。
「聞こえるだろ!? ハンナを連れて逃げてくれ!」
ドラコの大きな瞳が、ゆっくりとリクを見た。
その目はちゃんと見ていた。
操られてはいなかった。
なのに。
ドラコは動かなかった。
「……ごめんなさいね、リク」
低くしぼりだすような声だった。
「アタシはねハンナの霊獣なの。ハンナがここにいる限り、アタシはここを離れられない」
大きな爪が、石だたみをつかんでいた。
ふるえていた。
「賢いね。さすが聖書に書かれている霊獣ミカエルと言われるだけあるね」
ダビデが、静かに言った。
「僕が命令すれば、ハンナちゃんは自分でその噴水に顔をつけるかもしれない。……彼はそれをよくわかってる」
「……っ!」
弓を、引いた。
矢じりをまっすぐ、ダビデの胸に向けた。
(撃てば……)
(撃てば、終わる)
「リク君」
ダビデはまっすぐリクを見つめ逃げなかった。
「僕に何かあったら、この王都の人達がどうなるか……考えたことある?」
「……」
「もちろんハンナちゃんも君の仲間も……」
腕から、力がぬけていった。
カラン。
矢が石畳に落ちた。
「……リク」
胸ポケットの中で、ダンさんが、俺の服をつかんだ。
「だから、君は」
ダビデは、にっこり笑った。
「僕の言うことを、聞くしかないんだよ」
続く




