【12話】街へ出かける
湖で月を眺めた日から一週間が経った。
あの日からずっと、レティスはティオールのことを意識していた。
彼のことを考えるとなんだか胸が熱くなってしまう。
こんな経験は初めてだった。
今こうして夕食を食べている最中も、対面のティオールにドキドキしている。
「レティス」
「ひゃいっ!」
ドキドキしている原因に声をかけられたものだから、ついびっくり。
裏返った声を上げてしまった。
「ずいぶんとかわいらしい声を上げたけど、どうしたの?」
「なんでもないわよ。……あと、かわいらしいとか言わないで」
「ごめんごめん」
ティオールが楽しそうに笑った。
(その笑顔もまた、チャーミングで素敵ね……ってなにを考えているのよ私! 恥ずかしい!)
レティスはぶんぶんと首を横に振る。
「明日、バテランに出かけないか?」
レティスの顔に満面の笑みが浮かぶ。
ティオールと出かけられる。
そう思うと嬉しくて仕方なかった。
しかしその表情は、一瞬にして曇ってしまう。
「でも、人が多いところにいくのはマズいわよ。私、お尋ねものだし」
「大丈夫。それについての対策はもう考えてあるんだ」
ティオールが得意気な顔になる。
懐からメガネを取り出した。
「なによそれ?」
「これはマジックアイテム。認識改変のメガネだ。これを着けると周囲の人間は、君を正しく認識できなくなる。つまり、別人に見えるわけだ」
「へぇ、便利なアイテムを持っているのね」
メガネを受け取ったレティスは、それをかけたみた。
「ティオールにも効果はあるの?」
「いいや。それは俺が作った魔道具だからね。俺には効果がないように作ってある」
「なんだ。残念だわ。別人になった私が、どんな風に見えるか教えてほしかったのに」
「それは申し訳ないことをした。俺の瞳に映っているのは、いつものかわいい君の姿だよ」
レティスは顔をバッと逸らした。
頬が真っ赤になっている。
「……だから、かわいいって言わないでよ」
(いきなりそんなことを言われたら、びっくりしてしちゃうじゃない!)
そういうことを言うなといったばかりなのに、さっそく破られてしまった。
約束を守ってくれないなんて、ティオールはひどい男だ。
翌日。
レティスとティオールはバテランにやってきた。
「ここがバテランか」
ティオールの言っていた通り、小さな田舎町といった風だ。
ベルドゥム帝国の帝都と比べると、すごく小規模に感じる。
でも、たくさんの活気に溢れていた。
街を歩く人々の顔はみんな明るく、声も弾んでいる。
「行くところは決めてあるの?」
「あぁ。行きたいところがあるんだ」
ティオールと横並びになって歩いていく。
案内された場所は、アクセサリーショップだった。
店内には、イヤリングやネックレスが売っていた。
「あなた、アクセサリーが欲しいかったの?」
「いや、俺はいらない」
じゃあいったいなんのために、ここへきたのだろうか。
意味がわからない。
「レティスへプレゼントをしたくてきたんだ」
「プレゼント? どうして?」
レティスは怪訝な顔をした。
プレゼントをしてもらう理由がない。
「あげたいからあげるんだ。プレゼントをするのに、特別な理由なんていらないよ」
しかしティオールは、楽し気に笑ってみせた。
そういうものなんだろうか。
よくわからない。
「ほしいものはある?」
「わからないわ。こういうお店にきたのは初めてだし、そもそもおしゃれをしようと思ったことがないもの」
漆黒の影にいた頃は仕事漬けの毎日だった。
考えていたのは、常に仕事のことだけ。
おしゃれをしたところで、仕事には無関係。
考えたこともなかった。
「ティオールはどれがいいと思う?」
「そうだな……あれとかいいんじゃないか」
ティオールがしめしたのは、サファイアのネックレスだった。
サファイアの青色の輝きが美しい。
チェーン部分は装飾のない銀細工できていて、宝石の存在感を引き立てていた。
素敵なネックレスだ。
ひとめ見た瞬間、レティスは魅入られてしまった。
「君の瞳によく似ている。美しい色合いだ」
「……はぅ」
なんという甘い言葉だろうか。
糖度が高すぎる。
頭から湯気が上がってしまう。
「どうした? 気に入らなかったのなら言ってくれ」
レティスは小さく首を横に振った。
「これにする……これがいい」
このネックレス自体が美しいということもあるが、一番の理由は違う。
これはレティスのために、ティオールが選んでくれたものだ。
レティスにとっては、なによりもそれが一番大事なこと。正直に言うと、ものはなんでもよかった。
「気に入ってくれたようだね。会計を済ませてくる」
ティオールはネックレスを持って、カウンターへ向かった。
少しして、戻ってくる。
「せっかくだし、つけてみる?」
「……うん。つけて」
ティオールがネックレスをつけてくれる。
レティスの胸の中に温かい気持ちが生まれる。
それはあっという間に、体中に広がっていった。
誰かにプレゼントを貰ったのはこれが初めてだ。
それがこんなにも嬉しいことだなんて、知らなかった。
優しい気持ちに包まれる。なんとも心地いい。
ずっとこの温かさを感じていたい。
「宝物にするわ。ありがとう」
心からの感謝を伝える。
口元は優しく笑っていた。
「そ、そうか」
ティオールが顔を逸らした。
急に焦ったようだが、どうしたんだろうか。
(変なティオールね)
このときレティスは、気づいていなかった。
ティオールの顔が赤くなっていることに。